子供
「マリニカさん……ありがとう……」
ユメノがゆっくりと目を覚ました。
「やっぱり奴も親子の縁は断ち切れなかったってわけか。普通なら即死していただろうに」
マリニカは考えながら呼吸を整える。
「ナオ、ミロカ、ユメノ、イズミとシュージ。ナツキ、クレハ、晴樹、ジユンに分かれな。ペックは私と来なさい。女子が使えない男を守ってやるように。それじゃ解散」
「ちょっと待ってくれ…!」
イズミが前のめりになりながら遮る。
「この新種の魔物には核があるんだ!ハァ…一番身体が光ってる部分。そこを攻撃したら停止する。それ以外の攻撃は意味がない…!」
「なるほどね。それを私が皆に伝えてこよう」
マリニカは深く息を吐く。
「お前達、ボロボロだろうが、もう一苦労頼むよ」
男子の顔を見渡し戦場の中に歩いていった。ペックは一度振り返り、マリニカの後を追った。
「ペック……ごめんね………」と晴樹は弱く呟いた。
枝の触手が何本も生え、地面を這うように伸び上がる。身体は青い光が脈動し、頭部は引き裂けたような歪な形をしていた。
「あの一番光っているところだ」
イズミが魔物の胸付近を指さす。
「分かった」
するとミロカは歩きだし、ゆっくりと近づく。その不動な様子はただならぬ気配を放つ。
触手はミロカを見つけ、体を肥大化させる。不気味に伸びる音が耳に絡みつく。
魔物は抱きつくように素早く喰らいついた。
呼吸を一息つき、ミロカは剣を握る。
瞬間──
音もなく銀光が走り触手の動きが停止。触手は斬り刻まれた。
「今!」
ミロカの合図でナオが駆ける。ユメノの魔法が魔物の足を奪う。
「ハア!」
叫び声と共にナオの刃が核を射抜く。何かが割れるような軽い手ごたえを感じ取った。
「あ………あ…あ」
魔物は最後に弱い呻き声をあげ、霧散していった。
「ふふん、弱点が分かってればよゆーな相手だね」
「よし次いこう」
「すげえ……俺らいらねえじゃん…」
──一方ナツキのチームは苦戦を強いられていた。魔物の後を追うように、地下の檻へと導かれた。
「キャハハッっはっハははハっは」
不気味な笑い声を上げながら、魔物は縦横無尽に駆け回る。以前戦った木の魔物よりも小柄な個体であった。黒い光を放ちながら枝の触手を跳ねさせ、笑いながら動くその姿は幼い子供そのもの。
「──こいつ…!!前のやつよりも強い…!」
「キャハハ」
突然晴樹の目の前に現れ蹴り飛ばす。
「グハッッ!!」
触手は深くめり込み腹と背中が顔を合わせる。
小柄な体躯から放たれる強力な一撃に世界がぐらつく。衝突と同時に腕を一本奪ったが、魔物は瞬時に再生した。
魔物の足はトグロを巻き、バネのように弛み、四方の壁を飛び回る。
「キャハはッっはは」
笑い声が乱れ、魔物の残像が数を増す。
魔物は枝を狂ったように振り回し暴れ始める。突風にさらされ、目を開けるのも難しい。
突如方向を転換させナツキを襲う。
ナツキは焦らず正面から剣を振る。それは魔物が自ら刃を通り抜けたような、流れる太刀筋であった。
ぼちゃりと魔物の破片は床に落ちた。
「これ、死んだの?」とクレハが覗き込んだ。
「いや…核を潰さなければ意味がない……ただこれ…破壊されていないか?」
魔物は再生しようと断面がブクブクとうごめいていた。
「大丈夫?晴樹くん」
クレハは悠長に晴樹へハンカチを貸す。
「あ……ありがとうございます…」
クレハは晴樹の前で剣を握る。
その時だった。
断面が沸騰したようにブクブクと激しく動き始め、痙攣を始める。
二つの肉片から新しい触手が生え、それが血管のように張り巡り、一つのまとまりとなって徐々に形を作り上げていく。
「キャハッははッハッッハは!」
二つの笑い声がこだまする。その声は彼らを嘲笑するように響いた。
「なるほど……切断面が綺麗すぎた結果、核が傷付かず分裂したんだ………それを意図して飛び込んだか……」
ジユンは重い体を動かして剣を構える。
二体に分裂した魔物が立ち上がり、触手を伸ばして再び襲いかかろうとしていた。
魔物はまるで鏡のように同調し左右へ散開。残像の数は倍に増え、実体を捉えることはより困難となる。
「クッ…!」
触手は螺旋を描き、ジユンの腹部へ素早く襲いかかる。
ジユンは一太刀入れ、後方へ避けた。すぐさま再生しようと触手をうねらす。
「キャハハッ!」
魔物は笑いながら残像を散らし、もう一体が背後からジユンを襲いかかる。
「ジユンさん!」
ナツキが咄嗟に魔物の頭を跳ね飛ばす。魔物は首から触手を伸ばして繋ぎ止めた。
その一瞬だけ魔物の動きが鈍る。ジユンは目を見開いた。
「──晴樹くん!」
クレハの叫びと同時に魔物が晴樹の目の前にいた。
「二度は通用しない!」
晴樹は蹴られる前に魔物を蹴り飛ばした。
「キャハハはは!」
魔物の黒い光は漆黒を極めた。床と壁を交互に蹴り、空気を切り裂く音を立てながら四方を飛び回る。
「また分裂する気か!?」
晴樹が一歩踏み込んだが、クレハが引き止める。
「待って、よく見て」
魔物の動きは速度こそ高かったが、軌道が単純であった。更に何度も見ていたおかげで目が慣れてきていた。
「見える…!こいつらの動きが!」
「……クレハと俺が首をはねる。晴樹とナツキさんが中央の核を狙う。いいか?」
ジユンは短く言い放ち剣を構える。
「一瞬で決めるぞ」
全員が息を呑んだ。
魔物の笑い声が反響する中、緊張が張り詰める。
──その瞬間、魔物が一直線に飛び込んできた。
「見えた──!」
「今だ…!」
ジユンとクレハの動きが重なり、二人の剣が同時に魔物の首を捉えた。
魔物の頭が宙を舞う。繋ぎ止めようと断面から触手を伸ばし動きが鈍る。
しかし魔物は核を守るように触手が伸びる。
「邪魔」
クレハの刃が吠える。
閃光のような斬撃が触手をまとめて切り裂き、核が露出する。
「ナツキちゃん!晴樹くん!今!」
晴樹とナツキは駆け出す。
二人の剣が同時に閃く。
「はあああああああっ!!」
一瞬の静寂に心臓が大きく揺れ動く。
二人の手には確かな感触があった。
「き、ゃ……きゃ…」
魔物は最後まで笑い、干からびていき消えていった。
ジユンと晴樹はその場に座り込んだ。
「──ナオ!危ない!」
イズミがナオを押し倒す。するとナオの居た場所を触手が通過。
「ハッ!」
ミロカが魔物の核を一突き、軽い音と共に塵へと変わっていく。
「ああ……ごめん…ありがと……」
ナオは紅潮し動けなかった。
「今ので最後か…」
広場から魔物が消え、騎士団員の話し声に満ちていた。
「──五班!この施設を案内してくれ!」
クインクの声が響き渡った。余韻に浸ることも許さず、彼らはまた働きに繰り出された。
クインクとその部下たちに施設の説明をし、巡回していく。そしてケトノレーベの部屋へ到着した。
「ここがケトノレーベさんの部屋です…」
部屋は以前と変わらず薬品の匂いにまみれていた。棚の黒い瓶に浮かぶ目玉が彼らをジロリと見た。
「どうして今まで気がつかなかったんだ……」
「それが洗脳だ。ただ、みんなが無事でよかった」
クインクやその他の団員が部屋を物色していく。
「これ…」
晴樹は机の上に置かれた黒いノートを拾い上げる。表紙は何かの革でできていており、光沢と妙な重みがあった。
「これは、やつの手記か?」
クインクがノートをめくっていく。
ページには村人の個人情報、日記のような独白、更には実験の観察日記などが記されていた。
読み進めるごとに部屋の空気が重々しく変わっていく。
「許せない……!」
晴樹の手にはやり場のない怒りが握られていた。
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