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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
ケトノレーベ編
28/30

子供

「マリニカさん……ありがとう……」

 ユメノがゆっくりと目を覚ました。


「やっぱり奴も親子の縁は断ち切れなかったってわけか。普通なら即死していただろうに」

 マリニカは考えながら呼吸を整える。

「ナオ、ミロカ、ユメノ、イズミとシュージ。ナツキ、クレハ、晴樹、ジユンに分かれな。ペックは私と来なさい。女子が使えない男を守ってやるように。それじゃ解散」


「ちょっと待ってくれ…!」

 イズミが前のめりになりながら遮る。

「この新種の魔物には核があるんだ!ハァ…一番身体が光ってる部分。そこを攻撃したら停止する。それ以外の攻撃は意味がない…!」


「なるほどね。それを私が皆に伝えてこよう」

 マリニカは深く息を吐く。

「お前達、ボロボロだろうが、もう一苦労頼むよ」


 男子の顔を見渡し戦場の中に歩いていった。ペックは一度振り返り、マリニカの後を追った。


「ペック……ごめんね………」と晴樹は弱く呟いた。


 枝の触手が何本も生え、地面を這うように伸び上がる。身体は青い光が脈動し、頭部は引き裂けたような歪な形をしていた。


「あの一番光っているところだ」


 イズミが魔物の胸付近を指さす。


「分かった」


 するとミロカは歩きだし、ゆっくりと近づく。その不動な様子はただならぬ気配を放つ。


 触手はミロカを見つけ、体を肥大化させる。不気味に伸びる音が耳に絡みつく。


 魔物は抱きつくように素早く喰らいついた。

 呼吸を一息つき、ミロカは剣を握る。


 瞬間──


 音もなく銀光が走り触手の動きが停止。触手は斬り刻まれた。


「今!」


 ミロカの合図でナオが駆ける。ユメノの魔法が魔物の足を奪う。


「ハア!」


 叫び声と共にナオの刃が核を射抜く。何かが割れるような軽い手ごたえを感じ取った。


「あ………あ…あ」


 魔物は最後に弱い呻き声をあげ、霧散していった。


「ふふん、弱点が分かってればよゆーな相手だね」

「よし次いこう」

「すげえ……俺らいらねえじゃん…」


 ──一方ナツキのチームは苦戦を強いられていた。魔物の後を追うように、地下の檻へと導かれた。


「キャハハッっはっハははハっは」


 不気味な笑い声を上げながら、魔物は縦横無尽に駆け回る。以前戦った木の魔物よりも小柄な個体であった。黒い光を放ちながら枝の触手を跳ねさせ、笑いながら動くその姿は幼い子供そのもの。


「──こいつ…!!前のやつよりも強い…!」


「キャハハ」


 突然晴樹の目の前に現れ蹴り飛ばす。


「グハッッ!!」


 触手は深くめり込み腹と背中が顔を合わせる。


 小柄な体躯から放たれる強力な一撃に世界がぐらつく。衝突と同時に腕を一本奪ったが、魔物は瞬時に再生した。


 魔物の足はトグロを巻き、バネのように弛み、四方の壁を飛び回る。


「キャハはッっはは」

 笑い声が乱れ、魔物の残像が数を増す。


 魔物は枝を狂ったように振り回し暴れ始める。突風にさらされ、目を開けるのも難しい。

 突如方向を転換させナツキを襲う。


 ナツキは焦らず正面から剣を振る。それは魔物が自ら刃を通り抜けたような、流れる太刀筋であった。

 ぼちゃりと魔物の破片は床に落ちた。


「これ、死んだの?」とクレハが覗き込んだ。


「いや…核を潰さなければ意味がない……ただこれ…破壊されていないか?」


 魔物は再生しようと断面がブクブクとうごめいていた。


「大丈夫?晴樹くん」

 クレハは悠長に晴樹へハンカチを貸す。


「あ……ありがとうございます…」


 クレハは晴樹の前で剣を握る。


 その時だった。


 断面が沸騰したようにブクブクと激しく動き始め、痙攣を始める。


 二つの肉片から新しい触手が生え、それが血管のように張り巡り、一つのまとまりとなって徐々に形を作り上げていく。


「キャハッははッハッッハは!」

 二つの笑い声がこだまする。その声は彼らを嘲笑するように響いた。


「なるほど……切断面が綺麗すぎた結果、核が傷付かず分裂したんだ………それを意図して飛び込んだか……」

 ジユンは重い体を動かして剣を構える。


 二体に分裂した魔物が立ち上がり、触手を伸ばして再び襲いかかろうとしていた。


 魔物はまるで鏡のように同調し左右へ散開。残像の数は倍に増え、実体を捉えることはより困難となる。


「クッ…!」


 触手は螺旋を描き、ジユンの腹部へ素早く襲いかかる。


 ジユンは一太刀入れ、後方へ避けた。すぐさま再生しようと触手をうねらす。


「キャハハッ!」

 魔物は笑いながら残像を散らし、もう一体が背後からジユンを襲いかかる。


「ジユンさん!」

 ナツキが咄嗟に魔物の頭を跳ね飛ばす。魔物は首から触手を伸ばして繋ぎ止めた。


 その一瞬だけ魔物の動きが鈍る。ジユンは目を見開いた。


「──晴樹くん!」

 クレハの叫びと同時に魔物が晴樹の目の前にいた。


「二度は通用しない!」

 晴樹は蹴られる前に魔物を蹴り飛ばした。


「キャハハはは!」

 魔物の黒い光は漆黒を極めた。床と壁を交互に蹴り、空気を切り裂く音を立てながら四方を飛び回る。


「また分裂する気か!?」

 晴樹が一歩踏み込んだが、クレハが引き止める。


「待って、よく見て」


 魔物の動きは速度こそ高かったが、軌道が単純であった。更に何度も見ていたおかげで目が慣れてきていた。


「見える…!こいつらの動きが!」


「……クレハと俺が首をはねる。晴樹とナツキさんが中央の核を狙う。いいか?」

 ジユンは短く言い放ち剣を構える。


「一瞬で決めるぞ」

 全員が息を呑んだ。


 魔物の笑い声が反響する中、緊張が張り詰める。


──その瞬間、魔物が一直線に飛び込んできた。


「見えた──!」

「今だ…!」


 ジユンとクレハの動きが重なり、二人の剣が同時に魔物の首を捉えた。


 魔物の頭が宙を舞う。繋ぎ止めようと断面から触手を伸ばし動きが鈍る。

 しかし魔物は核を守るように触手が伸びる。


「邪魔」

 クレハの刃が吠える。


 閃光のような斬撃が触手をまとめて切り裂き、核が露出する。

「ナツキちゃん!晴樹くん!今!」


 晴樹とナツキは駆け出す。

 二人の剣が同時に閃く。

「はあああああああっ!!」


 一瞬の静寂に心臓が大きく揺れ動く。

 二人の手には確かな感触があった。


「き、ゃ……きゃ…」

 魔物は最後まで笑い、干からびていき消えていった。

 ジユンと晴樹はその場に座り込んだ。


「──ナオ!危ない!」


 イズミがナオを押し倒す。するとナオの居た場所を触手が通過。


「ハッ!」

 ミロカが魔物の核を一突き、軽い音と共に塵へと変わっていく。


「ああ……ごめん…ありがと……」

 ナオは紅潮し動けなかった。


「今ので最後か…」


 広場から魔物が消え、騎士団員の話し声に満ちていた。


「──五班!この施設を案内してくれ!」


 クインクの声が響き渡った。余韻に浸ることも許さず、彼らはまた働きに繰り出された。


 クインクとその部下たちに施設の説明をし、巡回していく。そしてケトノレーベの部屋へ到着した。


「ここがケトノレーベさんの部屋です…」


 部屋は以前と変わらず薬品の匂いにまみれていた。棚の黒い瓶に浮かぶ目玉が彼らをジロリと見た。


「どうして今まで気がつかなかったんだ……」


「それが洗脳だ。ただ、みんなが無事でよかった」


 クインクやその他の団員が部屋を物色していく。


「これ…」


 晴樹は机の上に置かれた黒いノートを拾い上げる。表紙は何かの革でできていており、光沢と妙な重みがあった。


「これは、やつの手記か?」


 クインクがノートをめくっていく。


 ページには村人の個人情報、日記のような独白、更には実験の観察日記などが記されていた。

 読み進めるごとに部屋の空気が重々しく変わっていく。


「許せない……!」

 晴樹の手にはやり場のない怒りが握られていた。

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