洗脳
「おーい、ペックー!」
彼らは施設内を歩き回ったが、どこにもペックの姿はなかった。
「ゴッホゴホッ…どこ行っちゃったんだ?昨日きついこと言っちゃったからなぁ…」と晴樹は弱々しく呟いた。
「そっちはどうだ?」
「いや、ダメだ…どこにもいねえ」
息をあげながらシュージは答える。
「なあ…あの階段の先まだ行ってないよな?」
イズミの指さす先には地下に繋がる階段がある。位置のせいなのか特に陰影が濃く、深い闇に潜んでいた。
「でもあんなとこ行くか?」
「とりあえず行ってみよう」
階段の先には格子の鉄扉があり、隙間から空気が彼らを誘うように中へ入り込む。
「うっ……」
シュージが階段の前で立ち止まり、眉間を押さえる。
「また頭痛か?」
ジユンが苦笑しながら肩を貸すが、その肩も震えていた。
「大丈夫……ペックを探すんだ、早く…」
「よし、行くぞ…!」
イズミによって扉は重々しく開かれ、大きく息を呑む。冷たい空気が吹き抜けて、彼らの背中を後押した。壁の松明は揺れ動き小さく彼らを導く。
「ゲホッ…なんだこれ?」
晴樹の咳と困惑した声がこだまする。通路を抜けた先にはいくつもの檻があり、その中には木が生えていた。
「なぜ檻の中に木?」
動物性の植物はうめき声のような音を発しながら、身体をしならせる。
「分からん……まだ先があるっぽいけど」
「いや、この先も同じだ」
ジユンの見た先にも牢獄が続いていた。ところどころ壁に傷ができていた。
「これって…」
「──あらー?こんなところで何してるのかな?」
優しく冷たい声と共に黒衣の女がヒールを響かせ現れる。
「ゲホッ、ケトノレーベさん…!聞いてください!ペックがいなくなったんです。今それを探してて」
「え、ペックがいなくなった?どういうこと?」
常に笑顔であった彼女が不意に真顔を見せた。
「分かりません。とにかくここにいないんです!」
「何それ…逃げたってこと……?」
ケトノレーベの笑顔が引きつる。たじろぎながら手を口元に引き寄せ、その手入れされた爪を小さく噛む。爪が割れると同時に意識を取り戻し、
「分かりました、とにかく私も他の人間に探させます。だからここから一旦出ましょ?」と冷静に提案した。
戻り際に晴樹はケトノレーベに気になっていたことを尋ねた。
「あの植物って…」
「ん?ああ…あまり大声では言えないんだけど、ちょっと栽培が禁止されてる植物でね…どうしても霊薬の素材が欲しくって……あ、これ内緒だよ?」
顔を近づけウインクしてお茶目っぽく言うが、その目は晴樹を捉えてはいなかった。
ケトノレーベに連れられ、檻から出た後、彼らはまた工事の手伝いに従事した。工事は最終段階に入り、撤去の作業や荷物の移動を行った。
「っ……う……」
強烈なめまいに襲われ、視界が暗黒に包まれ始め、晴樹はそのまま地面に伏した。
「おい……!大丈夫か…!」
イズミは、ほっそりとした身体を持ち上げ、晴樹の意識を待つ。目を閉じた彼の顔は、死神の面影を思い出させる。
「……へへ……ごめん、ごめん…ちょっとだけ疲れたみたい……」
晴樹は微笑とともに意識を戻す。彼の周りの三人はほっとした表情を浮かべながらも、次は自分が倒れるのではないかという不安を抱えた。
「大丈…夫…!早く終わらせよう」
震えた手つきで荷物を拾い上げ、不安定な足取りで奴隷のように運ぶ。
──カラン!カラン!カラン!
彼らの背後で金属が転がるような乾いた音が響き渡った。
「なんだ?」
「誰かがものを落としたらしい。行くぞ」
金属の残響は彼らを呼び止めるように、しつこく空気を震わせていたが、やがて空気にもみ消されていった。
翌朝、食堂で気持ちの悪い朝食を取っているところにケトノレーベが走ってやってきた。
「みんな大変!!!ここに敵が攻めてくる!武器を取って用意を!」
「何…!?」
「クソ…ゲッホ……こんな時に……」
「ケトノレーベさんの敵は俺らの敵だ……!行くしかねえ…!」
彼らは胃を握られたような吐き気に襲われながらも、汚れた装備を身につけていく。心臓と胃が同時に鼓動し身体は準備ができていた。それはストレスなのか、食事のせいなのかは、もはや自分でも分からなかった。
入り口付近にはこちらの兵と敵の軍が集まり、睨み合っていた。敵は白い制服に身を包み、剣を構えて彼らを見た。動揺の中一瞬空気がざわめいた。
「──みんなやっちゃって!私も援護するから!」
ケトノレーベの一声で兵は動き始める。同時に敵も攻撃を開始し場は混沌へと顔を変える。
爆発音や金属がぶつかる鋭い音が空間に反響。
熱気と硝煙の匂いが押し寄せる中、敵の雄叫びに圧倒されながらも、彼らは剣を構えた。
「よし、俺らもいくぞ…!」
彼らの目の前に四人の敵が現れた。敵は剣を構えて晴樹らを見据えた。
赤髪の敵が静かに何かを呟くと、一目散にイズミへ飛びかかる。それを合図に続々と動き始め、彼らは一対一に持ち込まれた。
晴樹は金髪の敵に勝負を仕掛けられた。
両者互いに睨み合う。
敵の剣は躊躇いながら向けられ、晴樹はその様子に床を蹴り上げ加速する。
右上から胴体を大きく斬りかかる。
敵は晴樹の剣を受け止めた。衝撃波が周囲に伝う。
ジリジリと晴樹が押し込む。しかし敵はびくともせず真っ直ぐに見つめていた。
「この!」
痺れを切らした晴樹は、そのまま剣を滑らせ素早く体を捻る。
空気が裂ける音がした。
視界の端で、敵の目が大きく見開かれる。
刃は嗤い、獣のように吠えながら、勢いよく右側から襲いかかる。
──ギイィィィィィイン!
激しい金属音は二人の鼓膜を突き刺す。敵は晴樹の力に怯み、身を翻す。
(チャンス…!)
晴樹は敵を追った。しかし走りだし足がもつれ大きく体勢を崩してしまう。
「うっ……」
その隙に今度は敵の攻撃が差し込む。
剣が水のように滑らかに迫ってきた。剣先は首元を一ミリ逃して通過する。
しかし晴樹は一瞬体が凍ったように動かなくなった。
咄嗟に剣を振り上げる。
刃が重なり小さく火花を散らす。
軽い打撃の連続は、腕を確実に麻痺させ始めた。
(クソッ…強い…!ただこの剣術どこかで……!)
どこであったか思い出せない。
ただこの相手はどこかで戦ったことがある。
剣がぶつかるたびに、熱い気持ちが伝わってくる。
(どこだ…?どこで出会った……?)
晴樹は敵を見た。
敵の顔は静かであった。しかしその瞳の奥にどこかに悲しみを含んでいた。
晴樹の手が止まる。
ほんの一瞬だけ、視線が重なる。
「……!」
その時だった。
「──呪失解!」
視界が真っ白に染まり、その場で塞ぎ込んでしまった。
「え……ナツキ………?」
目を開けるとそこには、ナツキが立っていた。
今にも泣きそうな、それでいて健気に笑いかける彼女の姿がそこにはあった。
「なんで…?………なんで、ナツキと戦ってるの…?ここ……騎士団本部じゃない…?まさか………」
「──あーあ、バレちゃったかー。ふふふ、まさか魔物一匹がこんなに人を連れてきちゃったなんて」
ケトノレーベは不敵な笑みを浮かべながら、階段を降りてやってくる。
「ケトノレーベさん…?」
「晴樹さん、奴は魔王軍幹部の魔女、ケトノレーベです」
ナツキは剣を握りしめて睨みつける。
「そう、私実は魔王軍の幹部なんです。うふふふふ、驚いた?今まで働いてくれてありがとうね」
「うそ……でしょ……そんな………!?」
晴樹は何かに気づき、顔を真っ青に染め上げた。
「じゃあ……今まで僕らが連れてきた村人って……!」
「いい……!いいわ!その表情……!!うふふふふ!ご明察の通り。あなたたちは私の手下を集めてたの!今は──」
「──冥牙!」
突如したから現れた黒い牙に、ケトノレーベは飲み込まれた。
「きゃッ!」
「この魔力…ユメノね。もう、びっくりしちゃった!でもダメ、そんな雑に魔法を使っても、誰にも効かない」
ケトノレーベは埃を払いのけ、
「ユメノ、こっちへいらっしゃい。またママと一緒に暮らそ?魔法の練習見てあげるよ?」
「ことわる……!」
「随分と反抗的ね、ママはそんな子に育てた覚えはないわ」
ケトノレーベはわざとらしく泣き、ユメノを見る。
「お前に……育てられてことなんか…ない…!」
「うふふ、それもそうだったわね。そっかぁ…じゃあ──」
ケトノレーベの纏う空気が揺らぐ。
「──死んで」
冷たく放たれた言葉の直後。ユメノは巨大な漆黒の牙に飲み込まれた。
「グハッッ!!」
バリバリという音と共に地面に血が飛び散る。ユメノはぐちゃぐちゃに噛み砕かれ、床に赤黒い池が生まれた。
「メイガはこうやるの。あなたの牙じゃ何も食べられないわ」
「そんなことない…!ユメノは……ユメノはいつだってウチ達のピンチを救ってくれた!」
ナオは涙目になりながら剣を握りしめて構えた。ナツキにクレハにミロカも同時に前に出る。
「いいお仲間に出会えたようね。もっと仲良くしてあげて。天国で」
空気が振動し、ケトノレーベに漆黒の魔力が集まり始める。
「──救癒愛」
しゃがれた声が小さく弾む。ユメノの身体は光に満ちて、負傷箇所が再生していく。
「ユメノの傷が治ってる…?」
白髪の老人が杖の音を響かせながら歩いてきた。
「マリニカ…!?どうしてお前が…!ジュシッカイもお前の入れ知恵か」
「まだくだらない魔法で遊んでいるみたいだね、ケトノレーベ。私と本気でやり合うか?」
マリニカの髪の毛は逆立ち、目を光らせる。
「ふふ、降〜参!クインクにマリニカ…ちょっと部が悪いわ。うふふあなた達命拾いしたわね」
ケトノレーベの身体は淡い光に包まれ始める。
「また会いましょう。じゃあね。みんな〜!頑張って全員殺してねー!」
その一声に木の魔物は攻撃を激しくさせる。
「待て!」
そしてケトノレーベの身体は空気と一体になるように溶けて消えてく。彼女の笑い声だけが、いつまでも残っているようであった。
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