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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
ケトノレーベ編
27/30

洗脳

「おーい、ペックー!」


 彼らは施設内を歩き回ったが、どこにもペックの姿はなかった。


「ゴッホゴホッ…どこ行っちゃったんだ?昨日きついこと言っちゃったからなぁ…」と晴樹は弱々しく呟いた。


「そっちはどうだ?」


「いや、ダメだ…どこにもいねえ」

 息をあげながらシュージは答える。


「なあ…あの階段の先まだ行ってないよな?」


 イズミの指さす先には地下に繋がる階段がある。位置のせいなのか特に陰影が濃く、深い闇に潜んでいた。


「でもあんなとこ行くか?」


「とりあえず行ってみよう」


 階段の先には格子の鉄扉があり、隙間から空気が彼らを誘うように中へ入り込む。


「うっ……」

 シュージが階段の前で立ち止まり、眉間を押さえる。


「また頭痛か?」

 ジユンが苦笑しながら肩を貸すが、その肩も震えていた。 

「大丈夫……ペックを探すんだ、早く…」


「よし、行くぞ…!」


 イズミによって扉は重々しく開かれ、大きく息を呑む。冷たい空気が吹き抜けて、彼らの背中を後押した。壁の松明は揺れ動き小さく彼らを導く。


「ゲホッ…なんだこれ?」


 晴樹の咳と困惑した声がこだまする。通路を抜けた先にはいくつもの檻があり、その中には木が生えていた。


「なぜ檻の中に木?」


 動物性の植物はうめき声のような音を発しながら、身体をしならせる。


「分からん……まだ先があるっぽいけど」


「いや、この先も同じだ」


 ジユンの見た先にも牢獄が続いていた。ところどころ壁に傷ができていた。


「これって…」


「──あらー?こんなところで何してるのかな?」


 優しく冷たい声と共に黒衣の女がヒールを響かせ現れる。


「ゲホッ、ケトノレーベさん…!聞いてください!ペックがいなくなったんです。今それを探してて」


「え、ペックがいなくなった?どういうこと?」


 常に笑顔であった彼女が不意に真顔を見せた。


「分かりません。とにかくここにいないんです!」


「何それ…逃げたってこと……?」


 ケトノレーベの笑顔が引きつる。たじろぎながら手を口元に引き寄せ、その手入れされた爪を小さく噛む。爪が割れると同時に意識を取り戻し、

「分かりました、とにかく私も他の人間に探させます。だからここから一旦出ましょ?」と冷静に提案した。


 戻り際に晴樹はケトノレーベに気になっていたことを尋ねた。


「あの植物って…」


「ん?ああ…あまり大声では言えないんだけど、ちょっと栽培が禁止されてる植物でね…どうしても霊薬の素材が欲しくって……あ、これ内緒だよ?」


 顔を近づけウインクしてお茶目っぽく言うが、その目は晴樹を捉えてはいなかった。


 ケトノレーベに連れられ、檻から出た後、彼らはまた工事の手伝いに従事した。工事は最終段階に入り、撤去の作業や荷物の移動を行った。


「っ……う……」


 強烈なめまいに襲われ、視界が暗黒に包まれ始め、晴樹はそのまま地面に伏した。


「おい……!大丈夫か…!」


 イズミは、ほっそりとした身体を持ち上げ、晴樹の意識を待つ。目を閉じた彼の顔は、死神の面影を思い出させる。


「……へへ……ごめん、ごめん…ちょっとだけ疲れたみたい……」


 晴樹は微笑とともに意識を戻す。彼の周りの三人はほっとした表情を浮かべながらも、次は自分が倒れるのではないかという不安を抱えた。


「大丈…夫…!早く終わらせよう」


 震えた手つきで荷物を拾い上げ、不安定な足取りで奴隷のように運ぶ。


──カラン!カラン!カラン!


 彼らの背後で金属が転がるような乾いた音が響き渡った。

「なんだ?」


「誰かがものを落としたらしい。行くぞ」


 金属の残響は彼らを呼び止めるように、しつこく空気を震わせていたが、やがて空気にもみ消されていった。



 翌朝、食堂で気持ちの悪い朝食を取っているところにケトノレーベが走ってやってきた。


「みんな大変!!!ここに敵が攻めてくる!武器を取って用意を!」


「何…!?」


「クソ…ゲッホ……こんな時に……」


「ケトノレーベさんの敵は俺らの敵だ……!行くしかねえ…!」


 彼らは胃を握られたような吐き気に襲われながらも、汚れた装備を身につけていく。心臓と胃が同時に鼓動し身体は準備ができていた。それはストレスなのか、食事のせいなのかは、もはや自分でも分からなかった。


 入り口付近にはこちらの兵と敵の軍が集まり、睨み合っていた。敵は白い制服に身を包み、剣を構えて彼らを見た。動揺の中一瞬空気がざわめいた。


「──みんなやっちゃって!私も援護するから!」


 ケトノレーベの一声で兵は動き始める。同時に敵も攻撃を開始し場は混沌へと顔を変える。


 爆発音や金属がぶつかる鋭い音が空間に反響。


 熱気と硝煙の匂いが押し寄せる中、敵の雄叫びに圧倒されながらも、彼らは剣を構えた。


「よし、俺らもいくぞ…!」


 彼らの目の前に四人の敵が現れた。敵は剣を構えて晴樹らを見据えた。


 赤髪の敵が静かに何かを呟くと、一目散にイズミへ飛びかかる。それを合図に続々と動き始め、彼らは一対一に持ち込まれた。


 晴樹は金髪の敵に勝負を仕掛けられた。

 両者互いに睨み合う。


 敵の剣は躊躇いながら向けられ、晴樹はその様子に床を蹴り上げ加速する。


 右上から胴体を大きく斬りかかる。

 敵は晴樹の剣を受け止めた。衝撃波が周囲に伝う。

 ジリジリと晴樹が押し込む。しかし敵はびくともせず真っ直ぐに見つめていた。


「この!」


 痺れを切らした晴樹は、そのまま剣を滑らせ素早く体を捻る。

 空気が裂ける音がした。

 視界の端で、敵の目が大きく見開かれる。

 刃は嗤い、獣のように吠えながら、勢いよく右側から襲いかかる。


──ギイィィィィィイン!


 激しい金属音は二人の鼓膜を突き刺す。敵は晴樹の力に怯み、身を翻す。


(チャンス…!)


 晴樹は敵を追った。しかし走りだし足がもつれ大きく体勢を崩してしまう。


「うっ……」


 その隙に今度は敵の攻撃が差し込む。

 剣が水のように滑らかに迫ってきた。剣先は首元を一ミリ逃して通過する。


 しかし晴樹は一瞬体が凍ったように動かなくなった。

 咄嗟に剣を振り上げる。

 刃が重なり小さく火花を散らす。

 軽い打撃の連続は、腕を確実に麻痺させ始めた。


(クソッ…強い…!ただこの剣術どこかで……!)


 どこであったか思い出せない。

 ただこの相手はどこかで戦ったことがある。

 剣がぶつかるたびに、熱い気持ちが伝わってくる。


(どこだ…?どこで出会った……?)


 晴樹は敵を見た。

 敵の顔は静かであった。しかしその瞳の奥にどこかに悲しみを含んでいた。

 晴樹の手が止まる。

 ほんの一瞬だけ、視線が重なる。


「……!」


 その時だった。



「──呪失解(ジュシッカイ)!」



 視界が真っ白に染まり、その場で塞ぎ込んでしまった。


「え……ナツキ………?」


 目を開けるとそこには、ナツキが立っていた。

 今にも泣きそうな、それでいて健気に笑いかける彼女の姿がそこにはあった。


「なんで…?………なんで、ナツキと戦ってるの…?ここ……騎士団本部じゃない…?まさか………」


「──あーあ、バレちゃったかー。ふふふ、まさか魔物一匹がこんなに人を連れてきちゃったなんて」

 ケトノレーベは不敵な笑みを浮かべながら、階段を降りてやってくる。


「ケトノレーベさん…?」


「晴樹さん、奴は魔王軍幹部の魔女、ケトノレーベです」

 ナツキは剣を握りしめて睨みつける。


「そう、私実は魔王軍の幹部なんです。うふふふふ、驚いた?今まで働いてくれてありがとうね」


「うそ……でしょ……そんな………!?」


 晴樹は何かに気づき、顔を真っ青に染め上げた。


「じゃあ……今まで僕らが連れてきた村人って……!」


「いい……!いいわ!その表情……!!うふふふふ!ご明察の通り。あなたたちは私の手下を集めてたの!今は──」

「──冥牙(メイガ)!」

 突如したから現れた黒い牙に、ケトノレーベは飲み込まれた。


「きゃッ!」


「この魔力…ユメノね。もう、びっくりしちゃった!でもダメ、そんな雑に魔法を使っても、誰にも効かない」


 ケトノレーベは埃を払いのけ、


「ユメノ、こっちへいらっしゃい。またママと一緒に暮らそ?魔法の練習見てあげるよ?」

「ことわる……!」


「随分と反抗的ね、ママはそんな子に育てた覚えはないわ」

 ケトノレーベはわざとらしく泣き、ユメノを見る。


「お前に……育てられてことなんか…ない…!」


「うふふ、それもそうだったわね。そっかぁ…じゃあ──」

 ケトノレーベの纏う空気が揺らぐ。


「──死んで」


 冷たく放たれた言葉の直後。ユメノは巨大な漆黒の牙に飲み込まれた。


「グハッッ!!」


 バリバリという音と共に地面に血が飛び散る。ユメノはぐちゃぐちゃに噛み砕かれ、床に赤黒い池が生まれた。


「メイガはこうやるの。あなたの牙じゃ何も食べられないわ」


「そんなことない…!ユメノは……ユメノはいつだってウチ達のピンチを救ってくれた!」

 ナオは涙目になりながら剣を握りしめて構えた。ナツキにクレハにミロカも同時に前に出る。


「いいお仲間に出会えたようね。もっと仲良くしてあげて。天国で」


 空気が振動し、ケトノレーベに漆黒の魔力が集まり始める。


「──救癒愛(キユア)

 しゃがれた声が小さく弾む。ユメノの身体は光に満ちて、負傷箇所が再生していく。


「ユメノの傷が治ってる…?」


 白髪の老人が杖の音を響かせながら歩いてきた。


「マリニカ…!?どうしてお前が…!ジュシッカイもお前の入れ知恵か」


「まだくだらない魔法で遊んでいるみたいだね、ケトノレーベ。私と本気でやり合うか?」

 マリニカの髪の毛は逆立ち、目を光らせる。


「ふふ、降〜参!クインクにマリニカ…ちょっと部が悪いわ。うふふあなた達命拾いしたわね」


 ケトノレーベの身体は淡い光に包まれ始める。


「また会いましょう。じゃあね。みんな〜!頑張って全員殺してねー!」


 その一声に木の魔物は攻撃を激しくさせる。


「待て!」


 そしてケトノレーベの身体は空気と一体になるように溶けて消えてく。彼女の笑い声だけが、いつまでも残っているようであった。

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