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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
ケトノレーベ編
25/30

新種

 その数日晴樹たちはケトノレーベの手伝いをしていた。

 村人たちの世話や、健康管理、荷物を運ぶ簡単な仕事が主であった。


「騎士さん、いつもありがとうね」と村人に言われ、彼らは俄然やる気になった。


「──ペックは入らないのか?」とイズミがケトノレーベの部屋で言った。


「あーちょっとこの部屋薬品の香りが強いから苦手なんだと思う」


「なるほどね」


「ありがとう、君たちがいてくれて本当に助かるの」

 ケトノレーベは何かを書きながら、

「それそっちの棚に置いといてくれる?」

 と指示する。棚には黒いガラス瓶がずらっと並び、中には球状の何かの影が揺らいでいた。


 そんなある日、ケトノレーベが走ってやってきた。

「ちょっとみんな大変!新種の魔物が一体現れたって情報が入ったの!今人手が全然なくって君たちしかいないから、お願いできる?」


「もちろんです!僕らが責任持って退治してきます」


「ほんと!?ありがとう。でも気をつけてね!無理しちゃだめだよ!新種だから情報が欲しいの、だから絶対帰ってきてね」

 ケトノレーベは地図を渡す。


「はい!ケトノレーベさんのためにも!」

 イズミは仰々しく敬礼をする。そして彼らは走り出した。


「──ありがとう」

 その後ろ姿を穏やかな笑みを浮かべながら、どこか遠くを見るように見守っていた。


 地図の村はすでに崩壊の様子を呈していた。まず至る所に何かが貫通したような穴を見つけた。地面は不自然に盛り返り、柔らかな内部を露出している。ある家の屋根は一部が崩壊し、家の中身を外へ晒す。


「なんだよこれ…」


「まだ近くにいるかもしれない。注意しろ」


 彼らは足音を立てないよう慎重に歩いた。酷い家は全てが破壊されて、瓦礫の山から黒い煙がスルスルと天に昇る。壁面には血が跳ね飛び、逃げ遅れた老人の遺体が無惨にも転がっていた。焦げ臭さと血の匂いが辺りには満ちていた。


「なんの音だ?」


 突如地面が揺れ動き、崩壊しかけていた建物はさらに崩れて落ちた。地面が膨れはじめ地を泳ぐ何かが迫り来る。


「なんだ!?」


 イズミは何かに足を掴まれ引き込まれそうになる。


「この!!」


 剣を振るうと刃は真っ直ぐに通り過ぎ、何かは切り離された。


「木?」


「この断面の繊維、間違いない」

 ジユンは破片を拾い上げた。


「敵は木を操る、もしくは木そのものか」


「ふん、俺が全部燃やしてやるよ」

 シュージはジユンの持っていた木を燃やした。


「その勢だ。この土に沿って行くぞ」


 彼らは物陰に隠れながら慎重に敵の位置を探った。村の奥へ進むにつれて枝の触手の攻撃は増していく。晴樹が崩れた柱の影から覗き込む。


「みんな…あれ…!」


 指先には、黒いひび割れた何かがそこに佇んでいた。その形はどこか人間の姿を思わせた。ひびの隙間から赤い光が脈動する。木ような皮膚に、枝のような黒い触手をうねらせる。


「確かにあれは見たことないな…」


「どうする?」


 ジユンが口を開けたが、遮るようにイズミが声を上げる。

「俺とシュージがあの触手を斬り刻んで、無防備なところを二人が刺す」


「お、珍しいな、イズミが指示するなんて。頼むよ、班長」


「え、そうだったの?」


「おい、どうでもいい話は後だ」

 シュージの剣を握り直す手には汗が滲んだ。


「いくぜ…!」


 イズミと同時に地面を蹴り上げた。足音が重なり、一つに響く。魔物は触手を素早く伸ばし正面から襲う。二人は斬り上げ、怯むことなく走り続ける。二人の呼吸が重なり合う。触手の根本を断ち切った。


灼火(シャッカ)!」


 シュージは魔物の顔に手をかざし、炎が視界を燃やす。魔物は怯み一瞬動きが鈍くなる。


「──今だ!」


 晴樹とジユンは剣を振り上げる。刃は真っ直ぐに樹木の身体を通り過ぎる。


「や……て……」


 刃が抜けた瞬間、魔物は時が止まったように静止。身体は赤い光を放ちながら斬り裂けた。黒い破片が空に舞う。木片の落ちる軽い音が耳に届く。


「よっしゃ!」


「んだよ、新種だって言うからどんなに強敵かと思ったら大したことねえな」


「本当にこれだけか?」

 そのあっけなさにジユンは魔物を見た。魔物の切れ端は二つだけ残っていた。


「ねえ、なんか最後言ってなかった?」

 晴樹がみんなに聞くが、気のせいだと答えた。


「ワンワンワン!」

 ペックがしきりに吠え続ける。


「どうしたー?」


 それを見たジユンが叫ぶ。

「いや、まだ終わっていない!」


「どう言うことだ?」


「奴の破片が一つ足りない」


「え?」


「俺と晴樹は三つに斬った。今ここに残っているのは二つのみ!」


 地面の破片は動き始め、一つの場所に向かっていく。くっついてはうねり、くっついてはうねりを繰り返して徐々に身体を作り上げていった。すると彼らの目を影が覆う。


「なんか、デカくなってない…?」

 晴樹は震えた声を上げた。赤い光は怒りを露わにしたように激しく燃え盛る。


「やばい!」


 魔物は腕を出鱈目に伸ばし肥大化させる。刹那瓦礫を飛ばしながら四人を薙ぎ払う。


 イズミは身を翻し避ける。


 晴樹は迫り来る触手を一太刀。しかし瞬間再生を遂げる。


「何!?」


 復活した勢いままに晴樹を吹っ飛ばした。地面を転がり砂が舞う。


「晴樹!!」


 触手は晴樹を追いかける。槍のように鋭く形を変え、腹部へまっすぐ突き進む。


「まっ!」


──バキィィィィ!!


 触手は砕け散った。


「ペックっ!?」

 ペックは咥えている触手を投げ捨てた。


「ありがとう!」


「──木なんだろ?燃えろ!灼火(シャッカ)!」


 シュージの手から炎が生まれる。炎は魔物の触手に巻き付く。しかし魔物は構わず炎の触手を振りかざす。シュージを触手は捕まえた。


「ぐ!」


 イズミが即座に触手を断ち解放した。


 魔物は燃えたぎる触手を振り回し始める。炎を周囲に散らしキラキラと空から地表を焼く。呼吸をすれば肺が焦げるよう。


瑩輝(ヨーテル)!」


 晴樹が何度も一閃を飛ばす。木片が弾け風穴が生まれた。しかし瞬時に塞がっていく。


「クソ!こいつ無敵か!?」


 炎で焼いても、光で貫通しても瞬時に再生されてしまう。斬撃に手応えはあれど、無限に生えて襲いかかる。


「こんなんどうやって倒すんだよ!」


 次第に焦燥が募り始める。


「無限のエネルギーなどありえない!何か…!」


 ジユンが言い切る前に触手が地面から襲いかかった。上空へ大きく吹き飛ばされる。鈍い音と共に地面に引き戻された。


「グハっ!」


 唾液に赤が混じり、上下を見失いそうになる。


「こういう無限に再生する敵は、大抵どこかに核があるはず!」

 晴樹はジユンの言葉を頼りに思い浮かんだ。昔見ていたアニメや漫画、そのいずれも無限に思われる敵には供給源があった。


「核…?」


 ジユンは一歩引き魔物を見据える。魔物の光は脈打つように一定で、一箇所から全身に向かっている。そしてその部分が極端に色濃いことに心づいた。


「奴の中心!人間で言う鳩尾付近、そこから光が出ている!」


「でもどうやって狙う?」


「──俺が動きを止める!」

 イズミは固く拳を握り呟く。後ろへ下がり、魔力を集中させる。


「蒼ク冷タキ悲嘆ノ(ひょう)ヨ、我ガ心ニ宿リ給フ。地獄ノ煉獄モ、氷ノ牢ニ沈ムベシ──」


 辺りの空気が一瞬にして白く凍えた。周囲の炎は消えさり、地面の土も雑草にも霜が生まれ、次第に氷へ変わっていく。氷が世界を飲み込んでいくようであった。


「──息吹ヨ()テヨ!世界ヨ凍テヨ!時ヨ凍テヨ!氷霓(ギョウゲイ)!!!」


 氷が地面を這い魔物に喰らい付く。氷は魔物の足から全身に一瞬で広がる。魔物の動きは、氷の中で封じられた。


 その隙に三人は地面を蹴り上げ斬りかかる。冷たい刃が凍った頭部をはね飛ばす、同時に身体は交差する斬撃に引き裂かれた。赤い光は乱反射し、悲鳴のような鋭い音が響き渡った。


 魔物は再生することなく、氷は溶けて消えていった。赤い光は空気に混ざり、世界は再び静寂に満ちた。


「よっしゃあ!」


 イズミは親指を突き立てた。答えるように皆親指を立てる。


「それにしても大変だったな」


 ペックは地面の匂いを嗅ぎながらある家の跡まで歩いた。


「早くケトノレーベさんに伝えないと」


「──ワンワンワン!」


「なんだ!?まだいるのか!?」


 四人は剣を強く握り駆けつける。


「ワンワンワン!」


 ペックはしきりに地面に向かって吠え続ける。


「違う!人だ!逃げ遅れた人だ!」


 瓦礫の隙間からうめき声と目が動いた。瓦礫を丁寧にどかすと男が一人現れた。傷は深く出血も多くすぐに治癒魔法をかける。


「もう大丈夫です!」


「ありがとう…!本当にありがとう…!もう死ぬものだとばかり思っていた……」と涙をこぼした。


「あの魔物はいつ現れたのですか?」


「魔物がいたのか!そうか……昨日の深夜、眠っていたところ急に屋根が崩れて……そこから悲鳴や崩壊するような音を何度も耳にしてた……まさか、こんなになっていたとは」と男は辺りを見渡す。


「じゃあ他の住民の方の行方は…」


「ああ、すまない。分からない……ただ逃げた人はいるらしい」


 それを聞いたペックが他の家に走り、服の匂いをクンクンと嗅ぎ、家具の破片にも鼻を近づける。


「どうした?」


 ペックは一度振り向いて吠えて駆け出した。


「そうか!避難した人の匂いを追ってるんだ!」


「本当か!?」


「ついていくぞ!」

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