避難
村は至って普通の日常生活が行われていた。
「おや、騎士さん。こんにちは。今日も暑いですねー」
と村の老人が呑気に話しかけてきた。
「こんにちは。この辺に魔王軍が現れたという情報を得ているのですが?」
ジユンは混乱を招かないように至って冷静に聞いた。
「魔王軍?ハハ、そんなもん来てないですよ。この村は今日も昨日も一昨日もずーっと平和そのものです」
「おかしいな…」
「あの女の間違いなんじゃねえの?」とシュージは眉を顰める。
「本当に変わったことはないんですか?」
晴樹が一歩前に出て聞く。
「ええないね。最近体が弱くなって女の子と遊べないくらいかな。ガハハ!」
「はは…」
そうして老人は歩いていった。
「──どうしようか」
「とても嘘をついているようには見えないな」
「やっぱり間違いなんじゃねえの?」
「とりあえず近くを探索してみようぜ」
イズミの提案で彼らは村の近くを調査し始めた。付近は平坦な畑続きで静か、老人の言葉通りのようであった。
「──確かにこれほど見晴らしがいいなら異常はすぐ見つけられるか…」
「ほんと何もないね。異常も物も」
「畑が荒れてるとかもねえし、変な足跡とかもねえ、これやっぱりなんもねえだろ」
「反対側も行くぞ。森があるらしいから」
村から少し離れた所には広大な森があった。その森の木々の背は高く、遠くから見ると山のように映る。密な木々は空を覆い隠し微かな光が土に落ちている。薄暗い森の中ではその小さな光でさえも眩しく見えた。
「──おい、あれ…!」
イズミが立ち止まり声を潜める。
「間違いない…魔王軍の奴らだ」
視線の先には、武器を携えながら列をなし行進する者がいた。
彼らは黒い毛皮のようなものを纏い、牙を剥き出した動物のようなお面を身に付けている。不揃いな剣や槍を携えるものや、素手のものまでいる。少し前傾姿勢でふらふらと歩く姿はまさに異様なモノの群れという感じであった。
「あれが…魔王軍…」
晴樹は息をごくりと呑む、どこか胸の奥にザワザワとした何かを感じた。
「間違いねえな…!どうする?戦うか…?」
シュージは鞘に手をかけた。
「いや、待て。俺らの仕事は村人の避難だ。ここは戻って知らせるべきだ」
「ッチ、そうだったな…」
ジユンの言葉に少し落胆しつつも鞘から手を離した。
そして素早く音を立てないように森から脱出し、急いで村へ走った。
「──おや騎士さんら。魔王軍なんていなかったでしょう?」
「大変です!森で魔王軍を見ました!」
「何!?」
「急いで知らせましょう!我々が避難場所まで案内いたしますから!」
「ああ、分かった!そうだ私も準備してこなければ!」
「晴樹は入口に村人を集めろ、イズミとシュージと俺が村人に知らせる」
「分かった!ペックいくよ!」
四人はそれぞれの方向に走り出した。
情報が広まり始めると、人々は次々に走り出し、村は大きく揺れ動いた。少しすると男が鐘を鳴らしながら、「森に魔王軍が現れた!!!避難指示が出ている!!森に魔王軍が現れた!!避難指示が出ている!」としきりに叫び、騒々しさはいっそう増していく。村の平穏は一つの情報によって脆くも崩れ去った。
「落ち着いてください!我々が案内しますから!」
入口付近には大勢の人間が押し寄せ、それを晴樹が制止する。
「これで全員かと思います」と村の青年がジユンに伝える。
「分かりました。晴樹!!移動を開始しろ!」
ジユンの合図と共に一群はゾロゾロと動き始める。お年寄りから赤子までいるため素早く移動はできずにいた。それはまるで逃げ出すことをためらっているかのように。
「──すごいわ!!こんなに多くの人数を!よく避難を行えました。頑張ったね、お疲れ様!それでは皆さん、ここからは私が中へ案内いたしますね。うふふ」
ケトノレーベは避難民を受けとり、そのまま中へ引き込んでいった。
「『頑張ったね、お疲れ様』だって…僕言われたことないよ」
「ああ……頑張ってよかった…」
ジユンは噛み締めるように呟いた。
「魔王軍は本当だったな…何回も疑っちまったけど」
「そーだぞ。お前の昔からの悪い癖だ。それにあんな美人が嘘つくわけないだろ!」
イズミは水を得たように口を尖らせた。
「へへわりいわりい」
笑いながら軽く詫びると、晴樹の足元にいたペックが「ワン」っと吠えた。
「お、ペックもお疲れ様!」と晴樹は頭を撫でた。
「結構役に立ってたよな。乱れた列を吠えて整えたり、誘導したり」
シュージがペックに手を伸ばしたが、拒否するように避けた。
「ふっ、お前の手は嫌だってさ」とイズミとジユンが見せつけるように撫でまわす。
「おおい、悪かったって!最初ひでえこと言ったの!」
再びペックに手を伸ばすが、ペックは立ち上がり逃げ出す。「あ、まてッ!」
ペックは逃げ回るが、その表情は笑っているように見えた。
「──これからどうしようか、時間は全然あるよね」
「飯にしよう」
「お、いいねー行こう行こう」
食堂はいつものようにがらんとしていた。食事を受け取り彼らは座って食べ始めた。
ステーキは甘い匂いを立てながら、美味しそうな音を奏でている。
「相変わらずうめえな!」
「このお肉超美味しい!」
「味付け最高だな」
「ペック!お詫びの印だ!この肉やるよ!」
シュージは肉の三分の一を切り出し、ペックの前に置いた。
「少な」
ペックはクンクンと匂いを嗅ぐが、食べようとはしなかった。
「なんでだよおお!」
「でもシュージのことは存外嫌いじゃないっぽいよ」と晴樹はフォローするが、
「じゃあなんで食わねえんだよ」
「それは……」
「──あれ〜?みんな楽しそうだね、私もいっしょしていいかな?」
ケトノレーベがヒールを響かせながらやってきた。
「あ!お肉食べてる!どう美味しい?」
プレートを机に置くと同時に彼女の胸が揺れる。男子の視線は瞬間的にそこへ集まり、またすぐに離れた。
「…!はい!めっちゃ美味しいっす!」
イズミが隠すようにフォークを突き立て頬張る。それをケトノレーベは目を細めて微笑んだ。
「うふふ、よかった…このお肉ね…」
そう言いかけてジユンに隣に座る。
「お、お肉?」
晴樹は続きが気になり促す。
「結構いいお値段するの…騎士団が奮発してくれたんだよ」
「へえー通りで美味いわけだ!」
ペックは再び肉の匂いを嗅ぐが食べようとはしなかった。
「シュージの肉いらないって」ジユンは意地悪そうにからかう。
「意外と犬って繊細なんだよね。食べ物が変わると食べないんだよ」
「そういえば珍しい生き物だよね」
ケトノレーベはペックを見つめる、すると尻尾をまっすぐ立てながらペックも見返す。
「この子はすごい人に慣れてるみたいだね」
「昔から人懐っこくって、と言うか魔物が攻撃的すぎるって言うか」
「俺には慣れてないけど…」
「うふふ」
「まあいいや」とシュージが目を離した隙に、
「──もらい!」とイズミがペックの前の肉を掴んだ。
「おい!!俺の肉!」
「もう口に入っちゃったもんねー!」
「ふざけんなよ!」
食堂に楽しげな笑い声が響いた。
「うふふふふふ、みんな面白〜い!」
ケトノレーベは肉を小さく切り分け、上品に噛みしめた。
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