男子
「もー泣かないの」
その夜女子寮の一室でナオの大声とクレハの慰める声が交互に響いていた。
ナオは枕に顔を押し当てながら叫ぶ。
「いづのまにが……真面目になっでで………」
上半身がヒクヒクと小刻みに振動するのを、クレハは背中をさする。
「たしかに、昔はよくふざけてたのにね。なんか置いていかれちゃった感じだよね」
「ウチはただ……大変だったねって……いって、ほしかった…だけなのに…!」
ナオは嗚咽しながら、過呼吸になっていく。
「うんうん…ほんとそうよね…本当に大変だったもんね」
「…ウヂ……ぎらわれじゃった……」
「そんなわけないじゃん。イズミがちょっと不器用なだけだって」
ナオの発作は激しく、呼吸がどんどん乱れていく。彼女の手は痺れを感じ始めていた。
「ちょっと一回息止めよう。……はい、吸って……ゆっくり吐いて…………もう一回。吸って……吐いて…………」
クレハの指示通りに呼吸し、ナオは少しずつ落ち着きを取り戻し始めていく。ただ鼻水は止まらず、今にも崩れそうな予感を充分残している。
「ちょっと落ち着いた?ほら、顔も拭いて」
クレハはタオルを渡し、ナオを抱きながら、優しく語りかける。
「今度さ一緒に話に行こ?分かってくれるはずだよ。何年も前から一緒だったんだから」
ナオの頭がコクリと揺れたのをクレハは感じ取った。
その日は新月で空に明かりは灯らず静かに夜は過ぎていった。
──ある朝、いつものように集まっていると、
「は〜いみんな集まって〜」
艶やかな声と妖しげな色気を纏った女が、ヒールの音を響かせてやってきた。
「え、誰?」
「今日からみなさんのお世話係になりますケトノレーベです。よろしくね」
ケトノレーベは黒いワンピースを身にまとい、その豊満な胸と引き締められた腰のくびれが、女の色香を醸し出す。上に黒いレースのカーディガンを羽織り、蜘蛛の巣のような模様は肩から腕まで伸び、風に優しく揺れながら魔性を振り撒く。覗く素肌はなお白く、服の闇との対比によってより美しく輝いていた。
「何それ、聞いてないけど?」
「あのユータス教官は休みですか?」
「うふふ、そうよね、びっくりだよね。教官は休み。そうよ、風邪ひいちゃったみたいで。だから今日から私の指示に従ってもらうわね」
「あいつ風邪とか引くのかよ…」とシュージはボソッとツッコむ。
「大丈夫、クインク団長の命よ」
ケトノレーベは次々に指示を出していく。そして五班の前にやってきて、地図を取り出した。
「──君たちにはとある村に行ってもらいます。この村の付近にあの魔王軍が現れたという情報が入っててね。危険だからまず村人を全員ここへ連れて来てちょうだい」
「分かりました!」
「はい、これ地図。ちょっと遠いけど、頑張ってね」
ウィンクをしながら地図を手渡す。シュージは声を裏返しながら受け取った。
「えっ、はイ!!」
受け取ると同時に触れたその彼女の手は冷たかった。
それから五班は地図を睨みながら村へと向かった。空は晴れ渡っていたが、雲が点在し空の邪魔をする。
「──いや胸でっけ〜な!クソ美人だし!身長もでけえし…なんだあれ」
「流石にあれはエロすぎるわ!服装もすごいよかったな。あのくびれが強調されてさ」とイズミは興奮して自然と口がよく回る。
「チラリと見えた脚…綺麗だったな…」
「俺はあの目元のほくろが…」
「ジユンは相変わらずむっつりだな」
男子の話題は白熱し尽きることがなかった。
「おいお前何屈んでんだよ!」
シュージはニヤケながら晴樹の背中をバシッと叩いた。
「いって!はあ!?ちがうわ!そんなんじゃないから!」
「まあまあ分かるぞ、その気持ち!しょうがないよな、男だもんな!」とイズミが肩を叩く。
「はー……ったく…違うのに」と小声で漏らす晴樹。
「でもシュージは地図受け取った時声裏返ってたよね!」
「はあ?」
「はイって!普段威勢はいいけど異性はダメなんだね〜」
晴樹は見下すように顔をあげ半笑いで言った。
「上手くねえよこの野郎!」
楽しげな怒声と共に晴樹に飛びつくが、「ははは!捕まえてみな!」とするりと避ける。
「ワン!ワン!ワン!」
ペックもその様子を見てしきりに囃し立てる。賑やかな声が辺りの草原に響き渡っていた。
「おい、村の前ではやめろよ」
「わーってるよ。むっつり」
ジユンはシュージの頭をぶん殴った。
一瞬地面の泥濘に足を掴まれた気がしたが、振り返りもせず先に進んだ。
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