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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
22/30

怒声

7/9 一部表記の変更

 崩壊の波はすぐ後ろまで押し寄せてくる。彼らは振り返りもせず、必死に走った。怒号と共に空間が振動し足元が不安定になりながらも彼らは走った。外の白い光が見えてきた。それに気を緩めず彼らは走り、飛び込んだ。


──ガッシャアアアアアアン!!


 土埃が舞い地が大きく揺れたのを最後に崩壊は止まった。


「クハッ…!」


「ハア…ハア……」


 三人は肩で息をする、シュージは脱出の際ジユンに投げ飛ばされ地面に伏した。


「……救癒愛(キユア)


 膝に片手をついたまま晴樹は魔法をかけてやる。


「ありがとう…」


「…あんがと…」


「自分にも……使えよー」


「ああ…そうだった…」


 全員の傷は元通りに治っていった。ただシュージの怪我は深く、治るのに時間を要した。


「それで……本当にこれで大丈夫なのか?」


 イズミは息を整えながら言った。


「分からない。ただあいつが独占していたのは事実だ。数日したら改善されるはず」


()()、ね」


「これはあくまで原因の一つに過ぎない。今回の件で改善されなければ、また他の原因を探すまでだ」


 ジユンは少し改まって続ける。


「俺たちの欠点も見つかった。まず周りへの被害が大きすぎる。市街地でこんな戦闘をしたら元も子もない」


 ジユンの言葉に誰も何も言えず、ただ俯くだけだった。


「それに、連携もまだまだだ。シュージとイズミは前に行き過ぎだし、俺と晴樹は待ち過ぎだ」


「そうだね…でも役割分担は合ってると思うから、きっとどうにかなるよ」


 晴樹が励ますように言う。それに三人は微笑んで答えた。


「ああ。とりあえず、一回戻ろうぜ」


「シュージ、歩けるか?」


「おめえは投げ飛ばすから嫌だよ。晴樹おんぶしてくれ」


「ええー…いいよ」


「いいんかい」


 四人は穴のあった方に向き直って、手を合わせて祈った。そして村へ歩を進めた。日は少し傾き始めていたが、相変わらずの熱量で彼らの背中を見下ろしていた。


 村へ戻ると住人が汗を垂らして駆け寄ってくる。


「どうでした!?」


「一応、原因らしい魔物は退治しました。ただすぐに改善されるとは限りませんので、数日はやって来るかもしれません」


「そうですか……」


「我々も改善されるまで様子を伺いに参りますのでご安心ください。食糧の支援もいたします」


 シュージがジユンを掴んで連れて行き、小声で話す。


「おい、いいのかよ、そんな勝手なこと言って」


「仕方ないだろ。これは訓練でもあるが、彼らからしたら仕事なんだ。中途半端なことはできない」


「……ったく」


 シュージはジユンの腕を振り離す、ただそれ以上反論はしなかった。


「──という事なので、支援の準備のため我々は一度戻ります。そして夕方再度参ります」


「何から何までありがとうございます」


 住人は頭を深々と下げた。


「当然のことですよ!皆さんが安心して暮らせるのが一番!」


 イズミは歯を見せて親指を立てた。


「──五班、調査の方はどうだ」


「はい、我々五班はセンキーの出現の原因となったであろうベクアを駆逐しました。これから魔物の行動を引き続き観察していきます」


「よし」


「そこで村の食糧が不足しているとのことなので一時的に支援を行いたいのですが、可能でしょうか?」


「ふむ…事態はそれほど深刻か…」


 ユータスは顎に手を添えながら、目を伏せた。


「いいだろう。ただやはりお前の言うように措置は一時的なものとする。長期的には自立を促すように」


「もちろんです」


「では荷車を用意するから、お前らは村まで運べ。それで今日は終了だ──」


 それはユータスの命令によって職員が荷物を積んでいる数分の間の出来事であった。


「いいな〜イズミ達は楽な仕事でさ」とナオがぼやいた。


「はあ?」


「いやーウチ達は盗賊狩りに朝からずーっと出ててさ、もう脚パンパンよ」


 ナオはしきりに脚を叩いてみせる。


「いや俺たちだってベクア倒したり、山とか調査してきたし」


「でも実際ベクア倒しただけでしょ?ウチらは次っから次に倒してさ、もうどんだけ治安悪いのって感じ」


「いやこっちのベクアはクソ強かったんだぞ?しかも山の食糧を独占してたりさ、これも充分な仕事だろうが」


 イズミは眉間に皺を寄せながら反論するが、ナオは「ふーん」と興味なさげに漏らす。その態度に彼の何かが切れた。


「住民の生活は大事じゃねえって言いてえのか!!」


 イズミの鋭い叫びに、その場にいた全員の注目が集まる。


「えっ?いや、は?そんな事言ってないでしょ?」


 ナオは虚をつかれたように目を見開いた。


「じゃあなんだよ今の態度は!調査だってな、大事な仕事なんだよ!原因を駆除しましたって報告で、住民はどれだけ安心できるか」


「ちょっと、あんた熱くなりすぎ。いつからそんな熱血になったの?」


 ナオがいつものテンションで、焦りを隠すように笑いながら手をヒラヒラさせる。


「お前…!」


 イズミは力強く一歩を踏み出した。


「おい!落ち着けよ!」


 シュージがイズミの体を掴み、間に晴樹とジユンが割って入る。


「なんでそんな怒ってんのよ!ウチはただ…」


「ナオ待って!」


 晴樹の呼び止めも聞かずにナオは走り出した。地面には悲しみが染み込んでいた。


「お前どうしたんだよ」


 シュージの言葉にイズミは正気を取り戻し、自分の過ちを理解した。


「最近あいつのふざけた態度を見ると心配になるんだよ…いつかヘマしそうな感じで……だからついカッとなって…」


 と歯切れ悪く吐露する。


「今度謝るんだね」


 晴樹はそんなイズミの様子を見て、肩に触れた。


「ああ、そうだな…お前らにも、悪かった……」


 イズミは軽く頭を下げた。


 少しして荷車が用意され、正門の近くにある倉庫の前に彼らは集められた。その荷台には食糧や医薬品、魔除けの結界具が積まれている。


「──おい、これクソ重いぞ」


 シュージが荷車を顔を真っ赤にしながら引くが、びくともしなかった。


「一緒に引くぞ」


 イズミも内側に入り、晴樹とジユンは後ろから押す。


「せーの!」


 全員で声を合わせ全力で力を込めると、車輪が軋み荷台は揺れ動くが前には進まない。


「あーむり!今からこれ運んでたら日が暮れるわ」


「おいジユン、魔法かけてくれよ」


 シュージが振り返るが、


「さっきの戦いで消耗してる、途中で切れるよ」


「テレポーションは?」


「できる訳ない」


「うそだろーどうしろってんだ」


 彼らはどうしようもなく天を仰いだ。


「こういうのって普通ホーマーとかに引かせるんじゃないの?」


「何ホーマーって?」


「顔が細長くて四本脚の魔物だよ。耳とかツノみたいな余計なものがない速さを求めた生物なんだ。足は速いし力はあるし知性は高いしで、こういうのの牽引を手伝ってくれるんだ」とイズミは得意げに解説をした。


「ただ失礼な態度とったり、お礼に食べ物とか渡さなかったらブチギレて攻撃するらしいけど…」と身を震わせた。


 すると晴樹にあることが思いついた。


「へー…あ、そうだ!ペックに引かせればいいんだ!」


「いや無理だろ」


「いやいや、犬の引っ張る力はすごいんだよ?それに魔力で身体も強化されてるし、楽に運搬ができるはず。連れてくる!」


 そう言い残し晴樹は走っていった。


「あ、おい!」


 数分して晴樹はペックを抱えてやってきた。手には革帯と太い綱を携えていた。ペックは何も知らないように、舌を出しながら、ただ揺れ動く風景を眺めた。


「──お待たせー」


 晴樹はペックを荷車の前に下ろした。


「本当に大丈夫なのか?」


「平気平気無理だったらやめればいいし。それに最近太ってきたから運動しないと、毎日の訓練だけじゃ運動不足だったんだよ」


 晴樹は着実に荷車とペックを繋げていく。


「最近かなり知能も発達してきたし、これはもう手伝ってもらうしかないでしょ」


「なんで繋げ方を知ってるんだよ」


「まあ犬の胴輪と同じよ。おっけーい!これで多分大丈夫」


 他の三人が不安な表情を浮かべるが、晴樹だけは何かを確信していた。


「明らかに体が小さいだろ!」


 イズミがペックを指さしたが、晴樹は無視して少しだけ離れていく。


「よし、ペック!おいで!」


 晴樹が手をパチパチと叩くとペックは進みだす、繋がれた綱がピンと張り詰める。


──ギリ…ギリ…ギリギリギリ


 車輪が回り荷車は動き始める。


「嘘ぉ!?」


「マジで!?」


「何っ…!」


 三人は頓狂な声をあげる中、晴樹はドヤ顔。


 晴樹はペックの運んだ荷車ゆっくりと止めながら、肉を食わせる。


「まさか本当に引けちゃうとは」


「どこにそんな力があるんだ?」


「正直僕もよく分からないんだ。この世界に来てからなんか色々発達してるんだよね」


 晴樹はペックを見たが、舌を出して呼吸するだけだった。


「だがこれで一応解決か。頼むよペック」


 ジユンがそっと頭を撫でた。


 五人は歩き始めた。晴樹が先頭に立ちペックを導き、他の三人は車を支え後ろから軽く押す。カタカタと音を奏でながら荷車は進み、夕日の黄色い光は温かく、彼らを優しく抱いた。


──カラン…カラン…カラン…


 遠くの方から鐘の音色が風に乗って運ばれてきた。


「なんの音?」


「五時の合図とかじゃない?」


「そっか、いい音だなー」


 ペックはふと立ち止まって、耳をピクリと動かした。


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