調査
6/12 一部修正
その後訓練は裏庭以外でも行われるようになっていった。新しく魔物の駆除や盗賊の退治、輸送の護衛なども開始。これらは本来、上の騎士の仕事で、晴樹ら新人はあまり行ってこなかったのであるが、シュージの文句もあってか、徐々にそれらに参加する頻度が増えていった。
そんなある日のこと、晴樹達五班は近くの村へ魔物駆除に出されていた。山には沢山の魔物が生息しており、複雑な食物網が形成されているため、魔物が人里に現れることはあまりない。ただ今回は付近の里山に降りてくる魔物が異常に増えているということであるから、その調査及び遭遇した場合は駆除を行う。
中でもセンキーという魔物が今回の目標で、最近その群れが頻出するそうだ。村で大人数名が襲われ怪我をしたとの報告もされている。
センキーは全身は毛に覆われ、四足歩行で移動する、手先が器用で、人間が落とした武器を使う知能の高さも特徴的。凶暴性が非常に高く、その顔は怒り狂ったように鋭い牙を剥き出している。
「ここがその村だな」
家はまばらで、とても閑散としている。小さな畑がいくつもあるが、特に働いている人間は見えない。農具はその辺に放り投げられ、生活感は感じる。
「すみませーん!誰かいますか?」
イズミが大声を出すが、周りの木々に吸収されて消えていくだけであった。
「探してみようよ」
「そうだな」
一向は村の奥へ歩き始めた。雲ひとつない晴天で、太陽はのびのびとその力を発散させている。山の緑は深く鮮やかに、自然の豊かさを感じさせる。そよ風が吹き、全員の髪を撫でるように揺らす。平和だった。
突然イズミが指を指し、住民を見つけた。その指先には人だかりがあり、四人はすかさず駆け寄る。
「どうしました!?」
その人だかりの中心では女の子が大声で泣いていた。
「ああ騎士さん…さっきセンキーの群れがやってきて、この子が襲われたんです」
その子供の足には擦り傷、顔は引っ掻かれ血がゆっくりと流れ出ていた。
「大丈夫だよ、今傷を治してあげる、キユア」
晴樹は優しく声をかけ、治癒魔法をかけてあげる。少女は淡い光に照らされると、血は時間が逆行したかの如く体内に戻っていき、傷口はみるみる塞がっていく。そして傷跡は残っていなかった。
「おお…!ありがとうございます!」
「いえいえ…」と言いながら晴樹は頭をかいた。
「それで、そのセンキーはどこへ?」
ジユンは冷静に尋ねる。
「分かりません。ただ毎日やってくるので、待っていればいずれ現れるかと…」
「センキーは何を?」
「村の食糧を持っていくのです。そして渡さなければ攻撃してきます。おかげで皆痩せ細り、センキーに対抗することもできないのです」
「それは深刻ですね。ところでそのセンキーはいつ頃から現れ始めたのですか?」
「二週間ほど前からと記憶しております」
「なるほど、じゃあちょっと山に行ってみようか」
ジユンの言葉に三人は目を合わせ頷く。それをみた住人達はどよめいた。
「いやしかし、危険ではないですか?」
住人の男は不安な表情を浮かべる。
「なんのための騎士だと思ってるんすか」
「そうそう、こういう時に無茶できるのが俺らですよ」
シュージとイズミは胸を張った。
「…分かりました、ですが決してご無理はなさらないように」
「もちろんです。それでは、皆さんもどうか気をつけて」
四人は会釈し奥の山へ足を向けた。
山は生き物の気配を感じさせないほど静かであった。静寂の中、落ち葉を踏む心地よい音だけが耳に届く。木の背は高く太陽を遮り涼しい。
「みんなこれ見て」
ジユンは指の先には大きな爪痕があった。
「クマ?」
晴樹がその爪痕を見て呟いた。
「多分ベクアだ」
「しかも地面を見てほしい、血が垂れてる」
彼らの進行方向には血が点在していた。血は比較的新しくまだ液体を保ち、意識した瞬間から辺りの血生臭さに気がつき始めた。彼らは剣を抜き、慎重にその跡を追う。
道を進むにつれて血は新しくなっていく。この血の持ち主は近くなっている。しばらくその跡を追っていると、それは一つの洞穴に繋がっていた。
「入ってみるか…?」
イズミが声を震わせながら聞く。
「うん、何かあるかもしれない」
ジユンの言葉に、晴樹とシュージは震えた。
四人は狭い入り口から中へ入っていく。中はジメジメとして暗く、自然の冷たさを直に感じる。さらに奥へ進むと天井は人二人分程度と高めで、道も広く、入り口からの印象とはかけ離れていた。
少し歩いて開けた場所に出た。
「なんだこの大量の木の実は…!」先頭を歩いていたイズミの声が反響する。「それに魔物の死体も…」
中央には木の実がどさっと積まれ、横を見ると魔物の死体が種族ごとに仕分けされていた。
「なんだこれ……ウッ…くっせ…」
シュージは鼻を摘んで、まじまじとその死体を見た。肉の山の中には新鮮なものから腐敗が進んだものまであった。
「なるほど、こいつが食糧を独占した結果、村に魔物が出現するようになったのかもしれない」
「──ちょっと!この爪痕!」
晴樹が声をあげた。「これ、さっきのやつと同じやつじゃない?」
ジユンはそっと爪痕に触れる。
「まずいな、早く出よう」
「いや、もう遅いらしい…」
イズミの目の前には、来た道を塞ぐほどの巨大な魔物がやってきた。
魔物は赤い目をぎらりとさせ、まるで品定めをするように彼らをじっとりと眺めた。野生的な臭気を放ち、よだれをだらりと垂らしている。筋肉質な肉体に一部硬化した棘の鎧を纏う、刃物のような爪と巨大な牙が鈍く光る。魔物の気配が変わり、暗い空気が歪み始めた。
「こいつが諸悪の根源か!よしやるぞ!」
「ああ、だが気をつけろ、通常のベクアより何倍もでかい」
「ギュアアアアアアアア!」
ベクアの咆哮は地面を震動させた。四人は低く体勢を取り、吹き飛ばされないように脚に力を入れる。
咆哮が止むとシュージとイズミは駆け出す。
「ハア!」
二つの刃はベクアの顔面を斬り裂く。
魔物は悲鳴をあげ、爪の斬撃を無尽に飛ばす。壁が轟音をたてながら破壊され砂埃が舞い、木の実や周りの肉は乱雑に切り裂かれる。四人は剣で弾きながら、斬撃の雨が止むのを待つ。
ベクアは腕を大きく広げ、渾身の一撃を最後に放った。
「シャッカ!」
シュージの両手から真紅の炎が生まれ、空気が熱に染まる。爆音と共に噴き出し、眩い光を放ちながらベクア襲いかかる。
ベクアは立ち上がり、硬化した腕で身を守る。
「──あいつの胸!傷跡があるぞ!」
晴樹はベクアの胸の一部に皮膚が露出した部分が見えた。
「本当だ、だけどどうやってあそこを狙う?」
「分からない。けどあの体勢はチャンスだ」
すると炎が消え去った。ベクアは燃えているが、振り払いもせず地面を揺らしながらシュージに突進。鈍い音と共にシュージは後方へ飛んでいく。
「クハッ!」シュージの身体は壁と衝突し破片が飛び散る。
そしてベクアは再び爪の斬撃を乱雑に飛ばす。その斬撃は炎を纏っていた。
「──まずい!」
ジユンと晴樹はシュージの前に走り斬撃から身を守る。激しい金属音が鳴り響く。そしてベクアは身を小さくし、勢いよく腕を広げ力を解放させる。空気が切れるような鋭い音と共に飛来。
(ここか…!?)
無数の斬撃が空間を埋め尽くす。
「クッ……」
晴樹とジユンの腹部や脚には血が滲み、顔は少し焼け爛れた。
「次の斬撃で仕留めにいく。最後のタメの後だ、そこで決める」
ジユンは気にせず指示し、二人は頷く。
「二人とも、やつの斬撃を誘えるか?」
「よし、晴樹行くぞ」
「ああ!」
二人は地面を強く蹴り飛び上がる。ベクアの目に向けて刃を振るう。
「キュガアアアアアアア!!!」
ベクアは目を押さえる。奇声を上げながら怒りのままに斬撃を四方に放つ、すると空間が揺れ壁や天井は崩れ始めた。
「おいおいおいやばくねえか!」
イズミの不安を無視しながらジユンはベクアを見据える。
ベクアは身を小さくし、力を一気に解放、積もった瓦礫を切り裂きながら巨大な一撃が飛ぶ。
「──今だ!!」
ベクアの突き出された胸、そこに晴樹とイズミの剣が突き刺さり、古傷をえぐる。
その痛みに反応しベクアは空を殴り、斬撃を放つ。
「…シャッ…カ!!」
シュージが最後の力を振り絞る。叫びと共に両手から紅蓮がほとばしる。その炎は二人の剣にまっすぐ進み、傷をこじ開け内側に流れ込む。
「ホッ!!!ホギュアアアアアアア!」
ベクアは絶叫を上げ空間が震える。内側が焼かれる痛みから逃れようと暴れ回り、壁、床、天井に激突。
内臓が焼かれ、筋肉は力を失い、黒い煙が漂い始める。
やがてベクアはドシンっと音を立てながら倒れた。最後に呻き声をあげたが、そのまま動かなくなった。
焼けこげた匂いと死の匂いに辺りは満ちた。緊張から解放され心臓の鼓動が妙にうるさい。
そんな中、天井はミシミシと嫌な音を立て始める。砂が降り始め、石が転がり、天井にヒビが走った。
「脱出するぞ!」
ジユンはシュージを抱え出口へ走る、それに続いて晴樹とイズミも駆け出した。
後ろから崩落する音が追いかけてきた。
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