計画
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「まったく…今日は変に疲れたわ……」
ナオはソファーに深くもたれかけ、目を閉じる。
「そうですね……」
ナツキは頭を抑えながら、顔を顰めた。そこへミロカが氷嚢を頭に当てながらやって来た。
「しかしユメノさん、今日いらっしゃってましたね」
「いやいやなっちゃん、この子魔法の訓練は出るのよ」
「そ、出ないのは肉体訓練の方」
ミロカは目線をユメノにやる。ナツキは苦笑しながらも続ける。
「それにしてもユメノさん、すごかったですね。まさかあのように魔法を使いこなすとは」
何の気も無しに呟いたが、ユメノの表情は少し曇っていた。
「……えっと……昔…ママに………」
そういうと口をつぐんでしまった。ナツキはその様子に息を詰まらせる。
「あ……ご、ごめんなさい…私っ、部屋戻りますねっ」
そうして逃げるように階段を上がっていった。すると入れ替わるようにクレハが戻って来た。
「おつー、あんた遅かったじゃん?」
ナオはだらっとしながら目だけをクレハに向けた。
「うん、ちょっとマリニカさんに聞きたいことがあって」
クレハは目で空間を追い、
「ナツキちゃんは?」
「部屋に戻ってった」
「あ、そう」
「それにしても、マリニカさんのあの発言、どういう意味なんだろう?」
「あの発言?」
ナオが身体を少し起こして、ミロカを見る。
「ほら、『これを教えるのは、偶然ではないと思った方がいい』ってやつ。何か知ってるようだけど」
「さあ?年寄りってそんなこと言いたがるじゃん?」
「こーらナオ!そんなこと言わないの」
「そうなのかな?本当に老人の気まぐれなのか?何か知っていて、私たちにまた危機が迫ってるとか?」
ミロカは考えを巡らせどこか浮かない顔。
「んー、だとしてもちゃんと訓練してるんだからいいんじゃない?そんな気にせんで」
「そうかな…」
「そうそう、ナオの言う通り。気にしすぎても意味ないよ」
「ったく二人は楽観的すぎなんだよ」
そうしてミロカも自室へ戻って行った。その間ユメノはやはりどこか不安げな様子で、俯いてじっとしていた。
翌日は午前が講義で午後が訓練であった。訓練は生憎の天気だったが、構わず始まった。雨粒は小さくしかし確かな形を感じる。足元はぬかるんでいつものように強く踏ん張れない。さらに視界も悪く、雨粒の立てる軽快な音が聴覚を鈍らせる。いつもとはまた違う緊張感が漂っていた。
ただ訓練内容はおおよそ前回と同じであり特別なことはなかった。
もちろんユメノは来ていなかった。
ナオがユメノの部屋の扉を勢いよく開く。床には衣類が散乱し足の踏み場もない、テーブルの上はメイク道具や魔導書などが積まれ、新たに物を置くスペースはすでに存在しない。その部屋の中央のベッドにはユメノがすやすやと眠っていた。
「ダメね。今もすっかり眠っちゃってて」
ナオは髪の毛をタオルで乱暴に拭きながらため息をついた。
「まあ、今日は雨だったし」
「いや分からなくもないけどさ、講義は来てたじゃん」
「どうして訓練は参加しないのでしょうか?」
ナツキは濡れた上着を肩からずらして脱ぐ。
「単純に好きじゃないらしい」
「ええ…好き嫌いですか…」
「魔法が優秀すぎるから許されてるけどね」
ミロカが髪をかきあげて、タオルを渡した。
「しかし魔法の使用も体力は消費しますし、なおさら参加した方がいいのでは?」
「うん、それはそうなんだけどねー…」
クレハは視線をユメノの部屋の方へ向けた。
「てか早くお風呂入ろ。服が張り付いて気持ち悪い」
ミロカは濡れた袖を引っ張って見せた。
「そうですね…」
ナツキは身体を震わせる。外の雨は少し弱まっていたが、それでも音を立てながら降り注いでいた。
「行こ行こー、ほんと冷えてきたわ」
ナオが身体を小さくして大浴場へ向かっていき、クレハとミロカが続いた。ナツキは一瞬階段の方に目をやった。
「なっちゃん!はやくー!」
「あ、はーい!」
──そうして数週間が過ぎた。
相変わらず曇り空が続いて、自ずと気が滅入ってしまう。吹く風は程よく冷え湿り気を帯び、もうすぐやってくる夏の暑さを想像すると、今の静けさはまるでその喧騒を準備しているかのよう。
そんなある日、いつものように裏庭で訓練があった。
「──今日は一対一の練習だ。二人一組を作って木剣で戦え」
ユータスは依然として力が抜けたように命令を下した。そうして階段の方へ肩を落として歩いて行く。
「チッ…またかよ……おいイズミやるぞ」
シュージが睨むようにユータスに視線を送った。
「おう」
「それじゃあ今日も俺とやろうか?晴樹」
「うん…」
晴樹は一瞬だけユータスの背中を見た。そうして裏庭に木剣のぶつかり合う音が響き始めた。
ユータスはスカルクラッシャーの一件から裏庭以外で訓練を行うことを避けていた。それは新人たちも薄々感じ取っており、連日の同じような訓練内容に不満が溜まり始めていた。
「──なあイズミ、アレ本当にやらねえか?」
「アレ?」
「あいつをぶん殴るってやつ」
シュージは剣を勢いよく振り下ろす。
「ああ…そうだな。あの二人も誘おうぜ」
イズミはシュージの剣を受け止め、視線を晴樹とジユンの方に向けた。
訓練が終わり、道具を片付けながら、シュージは晴樹に声をかけた。
「なあ晴樹、ちょっといいか?話があるんだ」
晴樹はそのシュージの改まった様子に少し困惑しながらも頷いた。
裏庭の一角、背の高い木が影を落とし薄暗くなっている所、連日の雨によって土は湿り気を帯び、蒸発とともに土の匂いを運ぶ、周囲に人影は見えない。四人は密かに集まって顔を見合わせていた。
「それで、話ってのは?」
ジユンが尋ねる。
「ああ、最近のユータスの言動についてどう思う?」
「どうって…うーん、なんか迷ってる感じがあるよね」
「以前の厳しさはないな」
「俺らも同じ意見だ」
シュージは一歩前に出て口にする。
「だから──俺らでユータスをボコボコしないか?」
その言葉に一瞬空気が固まる。
「俺らであいつの折れた心を叩き直すってわけ」
イズミがシュージの言葉を補う。
「理由を聞かせて」
ジユンは腕を組みシュージを見る。
「俺らは騎士だろ?いつまでもこんな一対一の練習だけしてたってだめなんだよ。どこかで実戦をしなきゃだめだ」
「それに、ユータスの今の様子、どう考えたって俺らの士気にも関わる」
「一理あるな」
「でも僕らを思ってるからこそ、今の訓練にしているんじゃないかな?スカルクラッシャーに三人も殺されて……今、すごく苦しいと思うんだ」
晴樹の声は優しかった。
「ならやるべきは俺らを保護することじゃなくって、俺らが襲われてもやり返せるように育てることだろ」
シュージは反論する。
「だから今俺らがあいつをぶっ飛ばしてやった方が、俺らにもあいつのためにもいいんだよ」
「四人で奇襲するってわけね…」
ジユンは微笑を浮かべ、小さく頷く。
「うん、俺も参加するよ」
「お前はどうする?晴樹」
「もちろん無理強いはしないよ」
「僕は…」
晴樹はユータスの言葉を思い出していた。命を奪うことの重さと責任、それによって得られる平和と罪、その意味を教えてくれたのは紛れもなくユータスであった。
「あんな教官の姿見たくない。僕もやるよ」
「よし、決定だな。決行は明後日だ、ちゃんと準備しとけよ」
シュージはぐるっと全員を見渡す。
曇り空の元、四人の熱い決意が密かに燃え上がっていた。
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ちょっと遅くなっちゃった