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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
18/30

才能

7/9 一部表記の変更

 次の日はマリニカの魔法の訓練があった。ペックもこの訓練には参加することになっている。


 ユータスやグゼルの時はというと、ペックは基本的に本部内を自由に徘徊していて、職員に触れられたりおやつを貰ったり、本部のマスコットのようになっている。ただその姿が見慣れないという理由で勝手に外出することは許されていない。ペックもそれを理解してかどうか分からないが、特に外出することはなくせいぜい裏庭でひなたぼっこをする程度。


 さて、この日は皆裏庭に集まっていた。


「──あ!ペック!?待って、近くで見るとちょーかわいいんだけど!」


 ナオの昂った声が響く。ペックはお座りをし耳はぺたりと倒し尻尾をブンブン振っている。


「大人しいし、この目綺麗すぎる!」


 ナオは見るだけで、触れようとはしない。そんな様子に晴樹が、


「触っても大丈夫だよ」


 と声をかけるや否やナオはすぐに手を伸ばす。


「キャーーーーかわいいーー!モフモフー!」


 ナオはペックの背中から頭、首周り、特に耳元の柔らかい毛を執拗に触っている。ペックは嬉しそうに触らせていて、そのペックの姿にどこか晴樹も誇らしげ。


「ちょっとユメノ!こっちきて!」


 ナオが階段に座っていたユメノに手招きする。


「ユメノ、知ってる?」


「まあ顔と名前くらいは」


「そ。あの子なっちゃんが話した時すごい興味津々だったから、触らせてあげてもいい?」


「うん、もちろん」


 するとユメノがゆっくりとやってた。


「なに…?」


「見てよ!これがなっちゃんが言ってたペックって子!ほんとちょー可愛いんだから」


 ペックは息をハアハアさせながら、また嬉しそうに尻尾を振っている。ユメノは湧き上がる感情を抑えきれず声が漏れる。


「わぁ……!」


 その目はまるで子供がプレゼントを貰ったときのような輝きを放っている。


「大きい…!」


「どうぞ、撫でてあげて」


 晴樹は優しく声をかけた。ユメノは屈んで、病的に白いその手をペックに伸ばす、するとペックは受け入れるように立ち上がった。


「……乗れる…!?」


 ユメノがキラキラした眼差しで晴樹を見て、ぽつりと呟く。


「いや〜それは流石に無理かな〜」


 晴樹はユメノの言動に自然と子供と対峙するときのような口調へと変わっていた。


「…そう……ありがとう……わたし…ユメノ……よろしく」


 彼女はペックの頭を撫でながら小さく頭を下げた。


「うん!よろしく、僕は晴樹、そしてこれがペック」


「ユメノはね、魔法が得意なの。これが本当に強くってさー!ウチらじゃ全然敵わないの」


 ナオは鼻を高くする。


「へー!…あ!じゃあペックも魔法が得意だからさ、是非仲良くしてあげてよ」


「…うん…!」


 そうして雑談を交わしていると、マリニカが杖をついてゆっくりとやってきた。


「──全員集まりな。今日は精神干渉──例えば洗脳、読心術等から身を守る方法を教えていくよ。今日は特に洗脳だ」


 一瞬ざわめいたが、マリニカは気にせず続ける。


「いいかい、精神干渉はいつものように魔力で打ち消すことはできない。お前達は騎士なんだから、時には精神攻撃を受ける時もあるはず。そんな時に自分を保つ方法、洗脳から解放する方法を知っておくべきだ」


「そんな危険な訓練をするんですか?」


 一人が声をあげた。


「バカだねえ、危険だからこそ訓練するんだろう。それに洗脳をかけるのはこの私で、お前達は解放することだけを考えればいい。それに──」


 マリニカは少々小声になって、


「…これを私が教えるのは、偶然ではないと思ったほうがいい」


 マリニカの目つきが鋭くなった。その様子に晴樹は喉をごくりと鳴らし、ユメノの表情は曇った。


 洗脳にかけられると、術者の命令通りに行動させられる。ただし当の本人はそれに気づかず、あたかも自分の意思で行動しているという錯覚に陥る。つまり心を支配されながらも、意識は平常を保っている──ここが最も厄介な点である。


 ただ、その行われることは、あくまで対象者が可能とする範囲内でのみ実行される。例えば非力な子供に「絞殺せよ」と命じたとしても、その子供が命令を成し遂げられるとは限らない。


 洗脳状態を解く方法は二つ。一つは自力で抜けだすこと、そしてもう一つは他者に洗脳を解いてもらうこと。ただし自力で抜け出すことは相手の力量に左右されるため、誰かに解いてもらう事が基本である。


「──相手より強かったら洗脳にはかからないってわけだね。まあ見てもらったほうが早い。イズミ、前へ」


「え、俺!?…はい」


「命令内容は『右腕を挙げ続ける』にしようか」


 するとマリニカは小声で魔法を呟く。


「ん?別になんともないけど?」


 イズミはそう言いながらも、ピンっと右腕を挙げた。イズミはそれになんの疑問を持っていない様子。周囲には笑い声が響いた、わざとだと思っているらしい。


 それを見たマリニカがイズミの右腕を下げようとすると、


「ちょっと、触らないでください、やめてくださいよ!」


 とイズミはその手を振り払う。その真剣な姿に一同立ち上がり、どよめきに満ちた。


「ああごめんなさいね。でもなんでそんなことしてるんだい?」


「え、だって!!……いや、なんでだろう?えーっと…」


 イズミは自分の腕を眺めて、悩むように顔を顰めている。


「そう、洗脳を解くにはまずこの違和感を作ることが大事。ここで解除呪文──呪失解(ジュシッカイ)をかけると…」


 イズミの髪が軽く靡く。


「ん、ああ……」


 するとイズミは腕を下ろす。


「もう腕は挙げなくてもいいのかい?」


「はい。でも…命令されたなんて思ってなかったのに」


「とこのように洗脳をかけられた人間は、かけられた事実すら忘れてしまう。ただ心に“やらなくてはならない”という強い義務感が生じるのみ。さ、次はもう少し弱くかけて、抵抗する様子も見せよう──ハルキ、前へ」


「え…あ、はい」


「同じ人に何度もかけるのはよくないからねえ。一瞬記憶を失うけど、自分の中に何か違和感を感じるから、それに気が付けるかどうかが見ものだよ」


 そうしてまた小声で魔法を呟く。



──皆が僕を見つめている。


 えーっと、前に出てきたけど、何をするんだっけ?ああ右腕を挙げるのか、イズミもやってたし。んで?みんな僕の様子を見るだけで、何もしてないな。


 …え?これなんの時間?なんでみんな何もしないの?僕が右腕を挙げてその後……その後は………あれ、なんだっけ?確かこの右腕を挙げることに意味があった気がするんだけど……みんな何も言わないな、僕なんか変なことしてるのか?すごい険しい顔だけど。


「あの、これなんの時間でしたっけ?」


「いやいいんだよ。続けておくれ」


 続けてくれったって、これが本当にあっているのか?


 そもそもなんの訓練なんだ?魔法の訓練だけど、なんの魔法?えーっとイズミがやってたのは…確か……洗脳…?洗脳!?あ!これ洗脳の訓練か!イズミは右腕を挙げることを命令されてたのか!ということはこれは自分の意思ではない…?腕を下ろすことが僕の訓練か?──


 そして晴樹は腕をゆっくり下ろした。疑いながら晴樹は言う。


「これは洗脳の訓練…だから、腕を下ろしました…?」


「ふん、まあ悪くないね」


 晴樹は拍手と歓声に包まれた。


「一応かけておこう、呪失解(ジュシッカイ)。それでどんな感じだったかい?」


「なんて言うか、記憶の一部が曖昧になって…すると漠然と目的意識が湧いてきてそれをやらなくてはならない感覚……ですかね。忘れていたものはそれだったと錯覚する感じ…」


 晴樹はその状態を思い出すと、突然額から汗が吹き出した。


「ふん、的確だ。このように術者の力が弱いと気づかれてしまうこともある。まあこの魔法を使えるものは間違いなく強者(つわもの)だが…とにかく、今日からこのジュシッカイを練習して習得してもらうよ。難易度が高いから、心するように」


 そして訓練は始まった。二人一組になりマリニカが片方に洗脳魔法をかける、相方は違和感を感じさせジュシッカイを使い洗脳を解く。これを繰り返す。


 初日、誰もマリニカの洗脳を解くことはできなかった。ただ一人を除いて。


「──じゃ今日はこれで終わろうか。お疲れさん」


 すでに夕日は沈み、空は紫色に染まっていた。


「ありがとうございました」



「──あーなんか今日はクッソ疲れたわ」


 シュージが頭を抑えながら愚痴をこぼす。


「ほんとに、今日は別格だわ」


 イズミもだらんとし、どこか気だるけ。


「なんか時間も長かったしな」


「やっぱりそれだけ脳に負担がかかるのかな?」


 晴樹も猫背になりながら歩いていた。


「そーじゃね?でもやっぱユメノはすげえな」


「な。普通あんな一瞬で治せるかね」


「彼女はどこか特別だよね」


 ジユンがボソッと呟いた。


「ナオがさっき全く敵わないって言ってたけど、本当にそうみたいだね」


「ナオだけじゃねーな、俺らも魔法じゃ絶対無理」


「ほんと、とんでもないのが同期にいるよ」


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