服屋
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ジユンは先頭に立って案内をする。
店の前には看板が立っていた。すでに煙が上がって、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。『肉の大嵐』は豊富な種類の肉と、好みの量で注文できる肉の専門店だ。店内は小さな暖色の照明が吊るされ薄暗く、テーブルには赤みがかった木材が使用され高級感を演出する。床は油がしみついたのか、少し滑りやすい。幸い混雑はなくすぐに案内された。
「メニュー。決まったら呼んでください」
無愛想な女の店員はメニューを投げておきスタスタと奥にいってしまった。
「ちょっと感じ悪いね」
日本での店員の対応の良さを思い出した晴樹は苦笑した。
「まあまあ味はいいらしいから。だろ?」
「うん、でも前は店員さんもいい人だったんだけどね」
「ふーん。てかメニュー決めようぜ」
メニューを開くとずらっと肉の名前が並んでいる。聞いたことのない肉の種類ばかりで晴樹は困惑した。
「何が一番有名かな?」
「やっぱウシャウじゃない?」
「ウシャウ?」
「草原によくいて草ばっか食べてる温厚な魔物だよ。癖は少ないし赤身と脂身はちょうどいいバランスだからおすすめかも」
ジユンが簡単に説明をする。
「じゃあ僕はそれにしようかな」
「俺もウシャウ」
ジユンは慣れたように、メニューをひと目だけ見て決めた。
「俺はやっぱりニャケンの腿肉だな」
「シュージほんと好きだよな」
「柔らかくてうめえからな」
「と言っても俺もそれにしようかな──すみませーん!注文いいですか!?」
先ほどの店員が気だるそうにやってき、注文をとるとまたすぐに行ってしまった。
「メニュー本当に豊富な種類があるんだね。びっくり」
晴樹が珍しそうにメニューを再度眺めた。
「騎士団が討伐した魔物を卸したりしてるからね。しかも最近は魔物が頻出するからここも安くなってるんだ」
ジユンが答えると、イズミは何やら難しそうな表情を浮かべる。
「なんかさ、最近ちょっと治安悪くなってない?さっきもひったくりとかあったし、それこそ魔物の数も増えてるような気もするし」
「ここの店もこの前強盗にあったって店長から聞いたよ」
「あーだからあの店員もピリピリしてんのかもな」
シュージが厨房の方を眺めながら呟く。その言葉に一同納得するのであった。
「治安そんな悪くなってるんだ」
「うん、何が原因かはよく分からないけど、ここ最近は人も魔物も荒れてるね」
「おかげで俺らの訓練が捗るってわけ」
イズミが皮肉混じりに言った。
「でもこの世界の人ってみんな魔法使えるんだよね?撃退するのも簡単じゃないの?」
「いや普通は俺らみたいに本格的な訓練を積んでないんだよ。一応学校で習うけど、人や魔物に対して使うことはほぼないからね」
「そうだったんだ」
そうして話しながら待っていると奥から台車の音をカタカタ響かせ、小太りの男が料理を運んできた。
「おお、ジユン君じゃないか。いつも来てくれてありがとう」
「どうもステーブさん」
「今日はお友達と一緒か。ささ熱いうちにどうぞ」
ステーブはテキパキと料理を並べてまた戻っていった。
「うまそー!」
「自然の恵みと、生物の命、これらに心から感謝を込めて、いただきます」
肉の他には野菜やパンがついてきた。鉄板の上の肉は今もなおジュージューといい音を奏でている。ナイフを入れると肉は簡単に切れ、内側はほんのりとピンク色。
「うっま!」
口に頬張ると肉汁と旨みがじゅわっと広がった。
「──ふー食った食った!美味かったなー!」
「ほんと美味しかった!」
「お会計にしようか」
四人は席を立ちレジに向かった。お会計はステーブが担当した。
「お会計ね。えーっとニャケン二つとウシャウ二つで合計、五イェンデと六ビントだね」
「あ、僕がまとめて出すから、僕にお金ちょうだい」
晴樹はヒロナリに貰った百イェンデの中から十イェンデ札を取り出した。
「お前どんだけ持ってんだよ!?」
シュージが驚きの表情を浮かべ晴樹の手を掴んだ。
「え?」
「いや、まず会計だ会計」
「これで」
「十イェンデだから、四イェンデと四ビントのお返し。ありがとう、また来てね!」
「ありがとうございました」
そうしてお会計を済ませた四人は店を出ていった。
「それで、なんでそんな十イェンデ札持ってんだ?」
シュージは怪しそうに目を鋭くする。
「なんでって、昔騎士団長やってたって人にこの百イェンデ?貰ったんだよ。後でナツキにも聞いてみな、彼女も貰ってたから」
シュージは一応納得したように頷くが、どこか釈然としない様子であった。
「まあ後で聞いてみるか…それにしてもな晴樹、そんな大金持ち歩くなよ。あぶねーよ」
「え、そんなやばい額?」
シュージはため息混じりに、
「お前な…さっきの剣が一万二千イェンデだぞ?単純に考えて百分の一だぞ?」
シュージの説明で晴樹はやっと真にその価値を理解し始め、急に顔が真っ白になり、畏怖し始めた。
「僕そんな大金貰ってたんだ…」
ジユンが興味ありげに尋ねる。
「その騎士団長の名前は?」
「ヒロナリ・マールスさん」
「二代前の団長だ」
「どこで会ったの?」
「フタバ村ってところ。ここから大体二時間くらいの場所かな?レッドミルっていう魔王軍幹部に右腕を奪われてから隠居してんだってさ」
晴樹はどこか懐かしそうに遠くを眺めながら答えた。
「よし、じゃあ、これから全部晴樹の奢りな!」
話を切り替えようとイズミが笑いながら言う。
「え!?」
「よーしじゃあ行くぞー!」
イズミが走り出し、ジユン、シュージも後に続いた。
「あ!待て!」
四人は商店街を駆ける。風が心地よく吹き、屋台の食べ物の匂いや香辛料の香りを運んでくる。商店街の賑わいはどこまでも続いているようで、走りながらも晴樹はその景観を楽しんでいた。
人混みを器用に縫いながらイズミが向かう先は『ヨーテル!』という服屋であった。外観は他にそぐわぬピンクや水色のパステルカラーが目につき、外のマネキンはキラキラに装飾され、なんとも場違いに思われる。晴樹はこの街中に急に原宿系の店が現れたことに困惑していた。
「え、ここ?」
「うん。服欲しくってさ」
「普通のお店なの?」
「外観はアレだけど中は普通だよ」
そうイズミは言うが、晴樹は眉をひそめる。晴樹の経験上この店が普通ではないことは自明である。彼らの普通は晴樹にとっての異常なのであるから。唯一普通であったのは肉の大嵐くらいだろうか。ただこれは不安という気持ちではなく、この店はどんな新しい光景が待っているのか、という好奇心からくる懐疑なのである。
イズミが躊躇なく扉を開けると、小さな鈴が鳴る。店内には軽快な音楽が流れていた。壁はやはりパステルピンクで、ネオンの『ヨーテル!』という文字が印象的。天井から可愛らしいハートの照明が吊らされ、棚にもバッグやアクセサリー類などが飾られている。一見すると煩雑に見えるが、どこか整然としていた。
「うわ…店内もすごいな…」
晴樹は目を丸くした。
ただ並べられた服は意外にも幅広い。羽のついた白い服や、ピンクのスパンコールが散りばめられたジャケット、棘がたくさんついたコート、派手で奇抜な服ばかりかと思いきや、シンプルな無地のシャツや黒皮のジャケットなど多種多様であった。
「あ、この辺とか着られそう…」
などと晴樹が呟くと、
「な、意外と服は普通でしょ?」
とイズミが言いながら、白いシャツを手に取る。
「うん、あっちのはもはや意味わからないけど…」
晴樹の視線の先には、左半分がないズボンや、もじゃもじゃと全体に突起のついた緑色のスーツなどがあった。
そうして各々は再び服を選び始める。晴樹は店内を見回しながら、ふと周囲に目を凝らす。
「あれ、シュージは?」
「『店の雰囲気がキモいから入らない』って言っていつも外で待ってる」
ジユンが羽根が大量につけられた仮面を身につけながら答えた。
「そうなんだ──うわっ!!びっくりした!」
「いいでしょ?」
ジユンはマスクを外して顔を横に出した。その顔は少し笑っていた。
「へーそういうの好きなんだ」
「うん…」
どこか気恥ずかしそうにジユンは目を逸らした。
その時だった。何かの気配を感じ振り返ると、彼らの膝よりも身長の低いクマのぬいぐるみが、よちよちと服を腕に抱えて晴樹の元へやってきた。
「可愛い…」
ぬいぐるみは言葉を話さず晴樹に服を差し出す。
「え、着てみろってこと?」
晴樹がぬいぐるみに話しかけると、クマは小さく頷き、晴樹の手を掴み試着室まで案内する。案内されてる間、足元をよく見てみると、他にもぬいぐるみがせっせと服を運んでいた。
晴樹は試着室で着替えてみると、サイズ感ぴったりであった。
「どう?」
「おお、すごい似合ってるよ」
ジユンは依然としてマスクを手に持っている。クマは褒めるように手をぱちぱちさせていた。
「ほんと!これ買っちゃおうかな?あのこれいくらですか?」
クマはどこからともなくデカデカと「七ビント!」と書かれたプラカードを取り出し、見せつけてきた。
「買います!」
晴樹が言うとクマは嬉しそうに飛び跳ねた。するとイズミが服を運んでやってくる。
「お、二人ともちょうどいいところにいた。ちょっと今から俺も試着するから見てよ」
「うん、いいよ」
そうしてイズミは試着室に駆け込んだ。
「ジャジャーン!」
イズミはカーテンを勢いよく開け、誇らしげなポーズをとるが、そのイズミの姿を見て、晴樹とジユンは言葉を失い自然と目を見合わせてしまう。クマも頭を抱えた。
金色のスパンコールで作られたドクロの長袖に、ネオンイエローのシースルーのロングコートを羽織る。背中に銀色の羽が描かれ袖は少し足りず、中の長袖がだらしなく出ている。
ズボンは真っ赤で全体に薔薇の柄。しかも丈が微妙に足りていなく、足首が少し見える。靴は蛍光緑でつま先が尖り、なんとも気持ちが悪い。
「チョット!そんなのありえないし!」
二階から女の叫び声が聞こえ、階段をものすごい勢いで下ってくる。
「素人が柄で合わせんなし!せめてどこかはシンプルにしろし!てかズボンピチピチすぎるし!色も足せばいいってモンじゃないし!」
早口で捲し立てるその女は、ピンク髪に所々水色のメッシュが入ったツインテールにピンクのエプロンドレス──いかにもここのボスらしい。名札にはリロキャルと書いてある。
「言っとくけど奇抜とまとまってないは別モンだし!」
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