ドキドキ訓練!2
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木々の隙間を風が吹き抜け枝を揺らしゆらゆらと舞い散る。至って普通な風でも彼らには不気味に思えた。フィールドは静寂に満ちていて、木の枝を踏む音ですら騒々しい。ただならぬ緊張感がこの場の全員に伝う。
「イズミとシュージはすぐ近くにいるはずだけど…」
ナオの手の剣は揺れていた。
「無事だといいが、でもまずは櫓だ。誰かがいるかもしれない」
彼らは中央の櫓へ向かった。そこまで遠くない距離だが、ゆっくりと歩を進めるため時間がかかる。一歩づつ確実に、些細な変化があれば報告できるように。
櫓の上に座り込む女の人影が見えた。
「あ…あれ!」
ナツキが櫓を指差す。
みんな一斉に駆け上り確かめると、そこにはクレハとユメノがいたが、ユメノはクレハの膝の上で倒れていた。
「大丈夫!?ユメノはどうしたの!?」
ナオが声を荒げると、
「シッ!今眠ってるから!」
とクレハに言われ慌てて口を抑えた。
「ユメノちゃんがね、守ってくれたの。必死に魔法を押し返して」
落ち着いた調子で説明するクレハ。
「はぁ…よかったあ…」
「となると後見つかってないのはイズミ、シュージ、六班の三人か」
「うん、早く見つけよう」
晴樹が真剣な表情を浮かべ、そうして全員は他四人を探し始めた。クレハはユメノをおんぶして行動するため、ナオとナツキがその護衛を担当する。
「そういえば六班の配置はどう組んだのですか?」
「配置は櫓に私とユメノちゃん。一番前にマスちゃん、その後ろにミロカちゃん、リオちゃん、ヒトちゃんの編成だったの」
「それは変ね。ウチはまっすー、ミロカ、リオとは戦ってたけど、ヒトハとは戦ってないわ」
その時、何かが草を揺らした音が聞こえた。全員の視線がその音の方へ向く。晴樹がゆっくりと近づき、葉をかき分けると、そこには人が倒れていた。
「──ちょっと……みんな…!」
「君!大丈…ぶ…?」
その違和感に気がついた時、身の毛や毛穴が残らず飛び起き、自然と足が後退していく。
「まただ…また頭がなくなってる…」
首から垂れた血はかなり凝固が進み固まった蝋のようになっていた。今回は首以外に目立った損傷はない。身体は女性のものであり、六班の誰かであるということが分かった。
「これ……ヒトちゃん、じゃない…?」
右腕に光る物をクレハが見つけ、
「あぁ…このブレスレット……間違いなくヒトちゃんだ…」
と悲哀を孕んだ声で呟いた。死に直面し再び沈黙が訪れる。
その無音の中、鋭い金属音が遠くで弾けた。その音に誘われるように彼らは向かう。音は近づくにつれ大きくなり、また金属がぶつかる音が響く、そして彼らの足も早くなる。そこには他の四人の後ろ姿が見え、禍々しい何かと対峙していた。
「クレハはユメノを守れ。ナオ、晴樹、ナツキさんは前に出ろ、俺が後ろで援護する」
とジユンは冷静に口早に指示し、三人は駆け寄った。
「みんな!大丈夫!?」
「なんとかな…でもこいつはやべえぞ」
皆の呼吸は乱れ、額には汗が滲んでいた。
その魔物は牛の頭蓋骨を模した仮面を被り、うねる異様な空気を纏っている。その妖気に全員冷や汗が止まらなかった。更に二メートルはあるその身長が、より恐ろしさを引き出している。
「ククク、騎士のガキがいっぱい来たな。貴様らのお友達の姿を見せてあげよう」
そう言い足下に投げつけてきたのは、二つの頭であった。ナオは思わず目を逸らし、晴樹は顔を歪ませる。リオはずっと抑えていたものが溢れて、涙がこぼれ落ちた。
その後頭部はぶよぶよで原型を留めていない。そして目の付近がベコッと凹み、もはや誰の顔なのかも分からなかった。口は力無く開きっぱなしで、血と土で汚れていた。
「──絶対に赦さない!!」
晴樹はその無惨な遺骸を見て、鋭く睨みつけた。
「クク、美しいだろう?貴様らもすぐに芸術の一部にしてやろう」
そう魔物が低い声を響かせて言うと、おもむろに手を地面と平行に動かし、無数の魔法陣が生まれる。そこから蛇のような、うねった生物が大量に召喚され、その蛇の鱗が黒紫に怪しく輝き、宙を這う。その蛇の周りには赤い蝶がひらひらと羽ばたいていた。
「さあ襲え、妖蛇ノ蠱よ!」
その声と同時にぬるっと蛇は動き出し、赤い蝶は煌びやかな鱗粉を漂わせながら、その蛇の周りを優しく舞う。
「遅い!」
晴樹はその蛇勢いよく二つに斬る。そうすると蛇は淡い光とともに霧散した。晴樹はそのあっけなさに動揺したが、蛇は魔法陣から次々と生み出されている。
「クハハハ、本当にそうかな?」
「──クソ…数が多すぎねえか!」
シュージが苛立ちをあらわにしながら蛇を力強く斬る。時間が経つにつれて、蛇の数は指数関数的に増え続ける。気がつくと一匹の蝶がナツキの頭に止まった。
「ナツキッ!!伏せろ!!」
晴樹が叫ぶのと同時に、蛇は勢いよく頭に噛みついた。ナツキは間一髪のところで避け、晴樹が蛇を斬る。
「──みんな!蝶の軌道を見ろ!あれが蛇を誘導している!」
ジユンが鋭く声を張り上げた。
「しかもやたらに頭ばかり狙っている!」
しかし行動パターンを見破ったからといって、現状は変わらなかった。蛇の軌道は読みやすいが、少しでも気を抜けば数の前に圧倒されてしまう。
「ジユンッ!これじゃキリがない!本体を叩く前に消耗して皆死ぬぞ!」
イズミが焦燥を滲ませる。
「分かってるっ!!でも一掃できる手立てがない!」
「僕がやる…!!みんなで詠唱の時間を稼いでほしい!!」
晴樹に考えがあるらしく言い出した。
「よし!みんな!晴樹が殲滅させた瞬間に詰めろ!」
「了解!」
晴樹は後ろへ走りだし、詠唱を始める。周囲に魔法陣が光り、風が吹き始めた。
「聖ナル光ヨ、今コソ世ヲ浄化スレ──」
晴樹が攻撃をやめた分、一人が対応する数も増える。魔法陣から生み出される蛇の数も勢いを増し、追いつかなくなっていた。
「早くしろ…バカ…!」
「──天ヨリ我ガ敵ヲ穿チ、希望へ導ケ!クレイエル!」
詠唱が済むと辺りは明るくなり、同時に無数の光の矢が空から音より速く降り注ぎ、蛇を塵へと変えていく。
「今だ!」
矢の雨が止んだ瞬間、他の七人が魔物を一斉に攻撃しに行く。七本の剣は様々な方向から魔物を狙う。
「ククク、間抜け共が」
魔物は地面に突き出していた武器を抜き、そのまま薙ぎ払い、七人は土埃を舞わせながら地面に伏した。
「みんな!!」
「その程度じゃこの“スカルクラッシャー”には到底敵わん。思い知るがよい!貴様らが何と戦っているのかを!!」
スカルクラッシャーは武器を思い切振り上げ、近くのリオに狙いをすます。リオは恐怖で腰が抜けていた。
「ヨーテル!」
晴樹が光線を飛ばすが、魔物は片手で跳ね飛ばし、リオの頭を叩きのめす。クシャ!っと言う軽い音と肉がぶつかる鈍い音が響いた瞬間、リオの顔が歪み肉片が飛び散る。
「クハハハハハハ、なんていい音を奏でるんだ!!しかもこの死の表情……美しい…!」
その恍惚とした様子に彼らは恐怖と絶望を感じ、同時に沸々と怒りが込みあがるのも感じていた。
「俺、晴樹、ミロカは妖蛇の処理。その他は本体を叩け。クレハはそのままユメノを守れ。起きたら本体を攻撃させろ」
それでもジユンの指示は冷静で、皆無言のまま、ただし静かに頷いた。
晴樹は剣を構え、素早く周囲の状況を確認する。
イズミが右から攻撃を仕掛け、ナツキは正面から果敢に攻める。シュージが炎をスカルクラッシャーにぶつけ、ナオが後ろから斬りかかる。しかしどれも簡単に防がれてしまう。
ジユンは前衛四人に強化魔法をかけながら、蛇を斬り、ミロカは素早く何体も処理していく。クレハもユメノを魔力の壁で守りながらも蛇をいくらか斬る。
皆が自分の役割を言葉にせずとも理解していた。
晴樹は決意を剣に込めて、蛇を勢いよく両断した。
──もう誰も死なせない
全員が同じ想いを、心に燃やしていた。
「妖蛇の生まれるスピードが落ちている!攻撃の手を休めるな!」
ジユンが心付き皆を鼓舞するように言った。それを聞いた四人は攻撃の速度を上げていく。更に今まで眠っていたユメノが目を覚ました。
「ユメノちゃん!あいつに向かって攻撃して!」
「わかった…!」
ユメノは魔力を溜める。妖しい光がユメノに集まり、空気を振動させた。
「みんな!下がって!」
クレハが叫ぶと四人はすぐに後退する。
「…メイガ!」
するとスカルクラッシャーは巨大な黒い牙に体が噛みつかれた。牙はバリバリと音を立て、スカルクラッシャーを離さない。それはユメノの悲しみと復讐に燃える憤怒の化身であるかのようだった。
「ぐッ…!がああああッ…!貴様らァ…!!グハッ……!絶対に…赦さねえェ!赦さねえェェェェェェ!!!!」
スカルクラッシャーが叫び始めると全身がドス黒い気配を纏い、地が唸り、強風に木々が煽られ、枝が悲鳴を上げるようにしなり、葉が舞いがった。
「絶対に……生きては返さん…!」
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