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異界で、犬と。  作者: 夏谷崚
スカルクラッシャー編
10/30

脅威

7/18 一部修正

 数日してユータスの訓練が始まった。例によって裏庭に新人三十二人すべてが集まり、班で整列している。男子二十四人、計五班、女子八人、計二班存在する。


「あ、ナツキちゃんあいつらと同じ班なのか」

 晴樹に向かって話しかけるのはイズミで、視線の先には、ナオ、クレハ、ユメノ、ナツキの順番で座っている。


「知ってるの?」


「まあちょっとはね」


「どんな人達?」


「簡単にいうと先頭から、うざい、マイペース、不思議ちゃん、だな。特に先頭のナオってやつはいちいち突っかかってくるうぜえやつ」

 と言いつつもどこか満更でもない表情を浮かべるイズミに、晴樹は笑った。


 そうしてそちらを見ているとナオが気がつき、ナツキに「見てるよ見てるよ〜」などと声をかけて、晴樹に向け大袈裟に手を振るのだ。


 ナツキは、「やめてください!」と焦りながら制止するのであるが、その反応が楽しくて、さらに続けるのだ。


「──な?うざいだろ?」


「はは、確かに」


 中学校の時にもあんな女子いたなぁ、などと思い出しながら晴樹は苦笑するのであった。


 そこにユータスがやってくるのが見え、全員姿勢を正し、さっきまでのザワザワが嘘かのように黙る。


「よし、全員いるな、今日も始めるか」


「よろしくお願いします」


「知ってると思うが二人新しく加わった。分からないことがありそうだったら、同じ班の奴がまず助けること。──それで今日は班で戦ってもらう。一つの班が攻撃し、もう一つが守りに徹する」


 ルールは簡単で、制限時間内に攻撃チームは相手陣地にある(やぐら)を全て占領すれば勝利、守りチームはその櫓を守り抜けば勝利。


 櫓にはコアがあり、コアとは魔力に反応する石で、一定時間魔力を流すと光り、それが占領された証となる。


 魔法は自由に使えるが、火力の調整は必須である。


 武器での戦闘は相手を制圧することを目的とし、脱落の判断はユータスがくだす。


「それでは移動する。皆手を繋ぎ一つの円になれ」


 ユータスの指示にテキパキと動く。


「しっかりと握れよ。テレポーション!」


 そう唱えると地面に魔法陣の幻想的な淡い光が現れ始め、次第に全身を包み込み、一つの光の柱となった。晴樹は思わず目を瞑ったが、開けた瞬間、場を見下ろせる少し高い岩場にいた。


 フィールドの広さは縦約三百メートル、横約六百メートルの広さを持つ。大きな岩や背の高い木々が点在し、身を潜めるのには十分である。


 高低差が大きく死角が多いため、守り側には大変な注意が求められる。櫓は全てで三つで、中央、右、左に置かれる。


「そうだな…そしたらまず一二班対三四班だ」


 班にはそれぞれ番号が振られており、晴樹達は五班である。


 それぞれは定位置についた。今回は一二班が攻撃側だ。


「それでは、戦闘開始!」


 ユータスの合図と同時に空気が張り詰める。


 攻撃チームは二つに展開し、物陰に潜みながら蛇の如く進軍する。まず一番近い右の櫓を落とすらしい。


 そうして火球が打ち上げられるのを合図に、敵を引きつける部隊が櫓前の敵を散らし、その間に櫓に登る部隊が颯爽と駆け上がる。


 攻防は激しく、水の弾がはじけ、炎の刃が弧を描き宙を走る。

 それを防ぐため岩の壁が地を裂き迫り上がった。

 櫓上では純粋な剣の戦いが火蓋を切った。ジリジリと火花を散らし、お互い一歩も譲らない。


 ある兵士が閃光によって目を奪われ足が止まり、隙をつかれ剣を弾かれる。

 それを見たユータスが右手を挙げると同時に彼は光に包まれ、岩場へ戻った。


 櫓上では一班の人間が二人、四班の人間が一人と守備チームがやや劣勢であり、なんとか二人の剣を捌くものの、やはり人数差に押し負けてしまい、そうしてコアに魔力が注がれ、占領された。


 晴樹はその迫力に思わず息が止まっていた。彼らの戦いは殺傷はなしとはいうものの本気だ。


 時間はまだたくさんあり、攻撃チームは次の目標に進む。


 中央の櫓には人がおらず、一人がコアを触れに行く。なるほど左の櫓を死守すると決め、中央から早々に撤退したのだろう。


 再び攻撃チームは二手に分かれ、左の櫓に攻めこむことに決め、移動を開始。

 一チームが位置につき、もう一チームの合図を待っていた。しかしながらその合図はなかなかやってこない。

 おかしいと思っていたその直後、音もなく背後より斬りつけられ、一人が岩場に戻された。


 中央の櫓にいた敵は長い間どこかに潜んでいたのだ。焦った攻撃チームが対抗しようとしたが、左の櫓を守っている敵もやって来て多勢に無勢で、そのまま試合終了になった。


「守備チームの最後の作戦はなかなか良かったな。櫓守りに固執せず柔軟に対応できていた。攻撃チームは最初が良かった、だが最後も同じ作戦で挑んだのが明確な失敗だったな。一度使った手口はそうすぐに使うものではない。しかも同じ相手にな」


「…気をつけます」


「うむ、そしたら次は五六七班だが、どこかの班が半分ずつ移動してくれ」


「あじゃあうちとナツキが五班に入るよ」

 とナオが前のめりで言い、ナツキの方にチラリと目線をやる。


「そうか、ではその五班と六班で戦ってもらう。人数が少ないから、中央の櫓のみ守れ」


 二つの班は定位置についた。晴樹達が攻撃チームで始まる。


「よろしくねー、有馬晴樹くん、うちナオ・シーガル。気軽にナオって呼んでくれたまえ」


「うん、よろしく、ナオ」


「あれ、ペックって子はいないの?」


「ああ…うん、シュージが嫌がると思って」と小声で言った。


 ナオは「あーなるほどね」と何かに納得したようで、わざと聞こえるように、

「全く君も大変だね、小心者が近くにいるとさ」

 と言い横目でシュージを伺うが、「ふん」と鼻を鳴らすだけで、ナオは興醒めしたような顔をした。


「──おい、作戦を話すぞ」

 ジユンに視線が集まる。


「まずナオが前線で戦って、そのサポートをイズミとシュージがする」


「けっ、こいつのサポートかよ」とイズミが顔を顰める。


「よろしく頼むよ〜二人とも」


「うるせえー」


 そんな軽口には目もくれず、ジユンは淡々と説明を続ける。


「それで、晴樹とナツキさんは俺と一緒に、後方で周囲の警戒及び支援だ。それと、ないとは思うけど、前三人の取りこぼしのカバー」


「分かった」


「承知しました」


「怖いのはユメノの魔法ね。あの子の出力範囲はおかしいし、それにクレハのガードが重なって固定砲台と化すから」


「ああ、櫓の上にいるのは間違いないだろう。そうだな…俺ら後衛がどうにか注意を逸らす」


「頼むぜー?なっちゃん、晴樹キュン」


「キュン?」


「可愛いっしょ」


──敵陣でもまた作戦会議は開かれていた。


「どうしようか」

 班長のマスは切れ長の目をより鋭くして聞く。髪を後ろで束ね、凛としたその姿はまさにリーダーとしての気高い風格を漂わせている。


「ユメノとクレハがここ守れば十分じゃね?」

 ヒトハが軽く言う。栗色の巻き髪にどこか興味なさげなその顔、さらに楽観的な性格を併せ持つが、その実状況判断能力は六班の中でも随一である。


「そうね、じゃあ二人でここ守って」

 クレハは「うん」と落ち着いて答え、ユメノは控えめに頷く。


「一番前は私が出るよ。どうせナオが突っ込んでくるから」


 マスは不敵な笑みを浮かべ敵陣を眺めた。


「ええ、きっとそうに違いないわ」

 クレハが柔らかく笑った。

「だからマスちゃんが引き付けて来たのをミロカちゃん、リオちゃんが叩けばいいと思う」


「わ、分かった…!」

 リオはその小さな身体を震わせながらも強く頷く。細く頼りのない輪郭で、本人は自信がないと言うが、真面目にそつなく任務をこなすため、他者からの信頼は厚い。


「まあまあ訓練なんだからそんな緊張しなくていいさ」

 と声をかけリオの華奢な両肩をミロカは撫でる。黒髪で長いまつ毛を持った瞳に整った顔は、どこか淋しい雰囲気を放つ。


「あーしは?」

 ヒトハは自分を指さす。


「あーしは櫓とミロカとリオの間にいたらいいよ。援護よろしく」


「りょーかい」


「でも男子達の力がかなり強いから、できたら散らしてほしいかも」


「へーい」


 女子の騎士の数は少ないため、自ずと関わることは深く、別班であろうとお互いの特性は熟知していた。


「──そろそろ戦闘を始める!準備はいいか!?」

 ユータスの声が響き、皆準備した。


「それでは、戦闘開始!」


 開始と同時にナオが駆け出し、その後ろからイズミとシュージが少し展開してついていく。後衛三人は固まりながら注意深くその跡を辿る。


 そうしてナオが早くも一人戦闘を開始。敵は一人であり、ナオの攻撃が容赦なく襲いかかる。


「ほらほらまっすー!そんなんじゃやられちゃうよー!」

 軽口を無邪気に叩くナオとは対照的に、マスはそれを防ぐのに精一杯。

 顔を(しか)めジリジリと後退していく。


 しかしある程度まで引き下がると、左右より炎が舞い込んでくる。

 ナオは炎が届くよりも先にその熱を肌で感知し、軽やかに後ろへ回避した。


「やるじゃん」


 ナオは敵三人に対して一人で相手取る。三人は同時に踏み込んだ。

 マスが正面から素早く何度も突く、ナオはそれを顔色ひとつ変えずに避けきるが、隙はまるでなかった。

 マスの背後から、リオとミロカの二人が飛び出し左右から斬りかかる。


「うわあ!」


 ナオは剣で受け激しい音と火花が弾け飛ぶ。地面を蹴り上げ二人の剣を押し返し、すかさず退く。


「やっぱ一人じゃ厳しいかなー!ナオ!」


 マスは笑みを浮かべ飛び出す。

 マスの剣は止まることを知らなかった。しかしナオも持ち前の身体能力で全て避け切る。

 マスが力強い一撃を放った。ナオは冷静に回避。マスの剣は空を斬る。


「──いっけ!」


 その隙にイズミの氷魔法が地面をつたい、マスを足止めし、シュージの炎が三人の退路を遮断する。


「しまったッ!」


 ナオはすかさず武器を取り上げようとする、完璧な連携と思われたその時──重々しい空気が漂い、一帯は濃密な闇に呑まれた。


「来たわね、ユメノのとんでも火力…!」


 視界は奪われたが、ナオは五感を研ぎ澄ませ、敵の動きを察知した。何か近くで岩が砕けるような、鈍い、どこか湿った音が聞こえ、ナオの全身は震えはじめた。

 暗闇の中何かが襲いかかってくるのを肌で感じ、すかさずしゃがみ込み、魔法で爆風を起こし暗闇から脱出を試みた。


 その吹き飛ばされた空気にはどこか鉄の香りを感じた。それだけでなく何か肌に触れたような気がし、背筋は凍りついた。


「ナオ、大丈夫?」

 ジユンが声をかける。


「…うん…でもあの暗闇何か変…」


「一回晴らそう。晴樹、ヨーテルで飛ばせる?」


「やってみる。瑩輝(ヨーテル)!」


 晴樹は光を扇状に放出すると、徐々に暗闇を押し返す。


 地面の様子がゆっくり明けていき、最初に目に入ったのは足だ。だらんとして力なく、左脚が不自然に折れ曲がっている。泥と血で汚れ、足元には血の池が生まれていた。


 次に胴体が見えはじめた。赤い血が白い制服をよく染めてこびり着き、固くなりはじめている。腹部が貫かれ、赤黒い管のようなものが体から飛び出していた。それでも手には剣が握られている。


 そしてついに全身が現れた。


「うそ…」


 その死体は首から上がなかった。断面は千切れたように荒く、内側の肉がボコボコと露出し、器官の穴や骨すら見える。血が今もなお垂れ流れて、死体の新しさを感じさせる。全貌が明らかになり、より血の嫌な匂いが鼻に突き刺さる。


 ナオはその場でしゃがみ、強烈な吐き気に襲われた。もはや訓練どころではなくなっていた。


「…これは……」


「周りを警戒するんだ」

 ジユンは顔を真っ青にしながらも、冷静を保とうとしていた。晴樹とナツキは剣を構え、周囲を見渡す。


「他のみんなは無事でしょうか」


「分からない。ただユータス教官が転移魔法を使わないことが妙だ」


「使えない状況に至ったとか?」


「なるほど、この犯人かその仲間がやったのかもしれない。だとすると相当まずいな。俺らでこの犯人を潰さなければ」


「ねえ…まずみんなと合流する方がよくない?」

 ナオが力なく提案する。


「そうだな。俺とナツキさんとナオは周囲の警戒、晴樹はそのまま光で照らしておいて」


 彼らは頷き、一つに固まり移動を始めた。

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