脅威
7/18 一部修正
数日してユータスの訓練が始まった。例によって裏庭に新人三十二人すべてが集まり、班で整列している。男子二十四人、計五班、女子八人、計二班存在する。
「あ、ナツキちゃんあいつらと同じ班なのか」
晴樹に向かって話しかけるのはイズミで、視線の先には、ナオ、クレハ、ユメノ、ナツキの順番で座っている。
「知ってるの?」
「まあちょっとはね」
「どんな人達?」
「簡単にいうと先頭から、うざい、マイペース、不思議ちゃん、だな。特に先頭のナオってやつはいちいち突っかかってくるうぜえやつ」
と言いつつもどこか満更でもない表情を浮かべるイズミに、晴樹は笑った。
そうしてそちらを見ているとナオが気がつき、ナツキに「見てるよ見てるよ〜」などと声をかけて、晴樹に向け大袈裟に手を振るのだ。
ナツキは、「やめてください!」と焦りながら制止するのであるが、その反応が楽しくて、さらに続けるのだ。
「──な?うざいだろ?」
「はは、確かに」
中学校の時にもあんな女子いたなぁ、などと思い出しながら晴樹は苦笑するのであった。
そこにユータスがやってくるのが見え、全員姿勢を正し、さっきまでのザワザワが嘘かのように黙る。
「よし、全員いるな、今日も始めるか」
「よろしくお願いします」
「知ってると思うが二人新しく加わった。分からないことがありそうだったら、同じ班の奴がまず助けること。──それで今日は班で戦ってもらう。一つの班が攻撃し、もう一つが守りに徹する」
ルールは簡単で、制限時間内に攻撃チームは相手陣地にある櫓を全て占領すれば勝利、守りチームはその櫓を守り抜けば勝利。
櫓にはコアがあり、コアとは魔力に反応する石で、一定時間魔力を流すと光り、それが占領された証となる。
魔法は自由に使えるが、火力の調整は必須である。
武器での戦闘は相手を制圧することを目的とし、脱落の判断はユータスがくだす。
「それでは移動する。皆手を繋ぎ一つの円になれ」
ユータスの指示にテキパキと動く。
「しっかりと握れよ。テレポーション!」
そう唱えると地面に魔法陣の幻想的な淡い光が現れ始め、次第に全身を包み込み、一つの光の柱となった。晴樹は思わず目を瞑ったが、開けた瞬間、場を見下ろせる少し高い岩場にいた。
フィールドの広さは縦約三百メートル、横約六百メートルの広さを持つ。大きな岩や背の高い木々が点在し、身を潜めるのには十分である。
高低差が大きく死角が多いため、守り側には大変な注意が求められる。櫓は全てで三つで、中央、右、左に置かれる。
「そうだな…そしたらまず一二班対三四班だ」
班にはそれぞれ番号が振られており、晴樹達は五班である。
それぞれは定位置についた。今回は一二班が攻撃側だ。
「それでは、戦闘開始!」
ユータスの合図と同時に空気が張り詰める。
攻撃チームは二つに展開し、物陰に潜みながら蛇の如く進軍する。まず一番近い右の櫓を落とすらしい。
そうして火球が打ち上げられるのを合図に、敵を引きつける部隊が櫓前の敵を散らし、その間に櫓に登る部隊が颯爽と駆け上がる。
攻防は激しく、水の弾がはじけ、炎の刃が弧を描き宙を走る。
それを防ぐため岩の壁が地を裂き迫り上がった。
櫓上では純粋な剣の戦いが火蓋を切った。ジリジリと火花を散らし、お互い一歩も譲らない。
ある兵士が閃光によって目を奪われ足が止まり、隙をつかれ剣を弾かれる。
それを見たユータスが右手を挙げると同時に彼は光に包まれ、岩場へ戻った。
櫓上では一班の人間が二人、四班の人間が一人と守備チームがやや劣勢であり、なんとか二人の剣を捌くものの、やはり人数差に押し負けてしまい、そうしてコアに魔力が注がれ、占領された。
晴樹はその迫力に思わず息が止まっていた。彼らの戦いは殺傷はなしとはいうものの本気だ。
時間はまだたくさんあり、攻撃チームは次の目標に進む。
中央の櫓には人がおらず、一人がコアを触れに行く。なるほど左の櫓を死守すると決め、中央から早々に撤退したのだろう。
再び攻撃チームは二手に分かれ、左の櫓に攻めこむことに決め、移動を開始。
一チームが位置につき、もう一チームの合図を待っていた。しかしながらその合図はなかなかやってこない。
おかしいと思っていたその直後、音もなく背後より斬りつけられ、一人が岩場に戻された。
中央の櫓にいた敵は長い間どこかに潜んでいたのだ。焦った攻撃チームが対抗しようとしたが、左の櫓を守っている敵もやって来て多勢に無勢で、そのまま試合終了になった。
「守備チームの最後の作戦はなかなか良かったな。櫓守りに固執せず柔軟に対応できていた。攻撃チームは最初が良かった、だが最後も同じ作戦で挑んだのが明確な失敗だったな。一度使った手口はそうすぐに使うものではない。しかも同じ相手にな」
「…気をつけます」
「うむ、そしたら次は五六七班だが、どこかの班が半分ずつ移動してくれ」
「あじゃあうちとナツキが五班に入るよ」
とナオが前のめりで言い、ナツキの方にチラリと目線をやる。
「そうか、ではその五班と六班で戦ってもらう。人数が少ないから、中央の櫓のみ守れ」
二つの班は定位置についた。晴樹達が攻撃チームで始まる。
「よろしくねー、有馬晴樹くん、うちナオ・シーガル。気軽にナオって呼んでくれたまえ」
「うん、よろしく、ナオ」
「あれ、ペックって子はいないの?」
「ああ…うん、シュージが嫌がると思って」と小声で言った。
ナオは「あーなるほどね」と何かに納得したようで、わざと聞こえるように、
「全く君も大変だね、小心者が近くにいるとさ」
と言い横目でシュージを伺うが、「ふん」と鼻を鳴らすだけで、ナオは興醒めしたような顔をした。
「──おい、作戦を話すぞ」
ジユンに視線が集まる。
「まずナオが前線で戦って、そのサポートをイズミとシュージがする」
「けっ、こいつのサポートかよ」とイズミが顔を顰める。
「よろしく頼むよ〜二人とも」
「うるせえー」
そんな軽口には目もくれず、ジユンは淡々と説明を続ける。
「それで、晴樹とナツキさんは俺と一緒に、後方で周囲の警戒及び支援だ。それと、ないとは思うけど、前三人の取りこぼしのカバー」
「分かった」
「承知しました」
「怖いのはユメノの魔法ね。あの子の出力範囲はおかしいし、それにクレハのガードが重なって固定砲台と化すから」
「ああ、櫓の上にいるのは間違いないだろう。そうだな…俺ら後衛がどうにか注意を逸らす」
「頼むぜー?なっちゃん、晴樹キュン」
「キュン?」
「可愛いっしょ」
──敵陣でもまた作戦会議は開かれていた。
「どうしようか」
班長のマスは切れ長の目をより鋭くして聞く。髪を後ろで束ね、凛としたその姿はまさにリーダーとしての気高い風格を漂わせている。
「ユメノとクレハがここ守れば十分じゃね?」
ヒトハが軽く言う。栗色の巻き髪にどこか興味なさげなその顔、さらに楽観的な性格を併せ持つが、その実状況判断能力は六班の中でも随一である。
「そうね、じゃあ二人でここ守って」
クレハは「うん」と落ち着いて答え、ユメノは控えめに頷く。
「一番前は私が出るよ。どうせナオが突っ込んでくるから」
マスは不敵な笑みを浮かべ敵陣を眺めた。
「ええ、きっとそうに違いないわ」
クレハが柔らかく笑った。
「だからマスちゃんが引き付けて来たのをミロカちゃん、リオちゃんが叩けばいいと思う」
「わ、分かった…!」
リオはその小さな身体を震わせながらも強く頷く。細く頼りのない輪郭で、本人は自信がないと言うが、真面目にそつなく任務をこなすため、他者からの信頼は厚い。
「まあまあ訓練なんだからそんな緊張しなくていいさ」
と声をかけリオの華奢な両肩をミロカは撫でる。黒髪で長いまつ毛を持った瞳に整った顔は、どこか淋しい雰囲気を放つ。
「あーしは?」
ヒトハは自分を指さす。
「あーしは櫓とミロカとリオの間にいたらいいよ。援護よろしく」
「りょーかい」
「でも男子達の力がかなり強いから、できたら散らしてほしいかも」
「へーい」
女子の騎士の数は少ないため、自ずと関わることは深く、別班であろうとお互いの特性は熟知していた。
「──そろそろ戦闘を始める!準備はいいか!?」
ユータスの声が響き、皆準備した。
「それでは、戦闘開始!」
開始と同時にナオが駆け出し、その後ろからイズミとシュージが少し展開してついていく。後衛三人は固まりながら注意深くその跡を辿る。
そうしてナオが早くも一人戦闘を開始。敵は一人であり、ナオの攻撃が容赦なく襲いかかる。
「ほらほらまっすー!そんなんじゃやられちゃうよー!」
軽口を無邪気に叩くナオとは対照的に、マスはそれを防ぐのに精一杯。
顔を顰めジリジリと後退していく。
しかしある程度まで引き下がると、左右より炎が舞い込んでくる。
ナオは炎が届くよりも先にその熱を肌で感知し、軽やかに後ろへ回避した。
「やるじゃん」
ナオは敵三人に対して一人で相手取る。三人は同時に踏み込んだ。
マスが正面から素早く何度も突く、ナオはそれを顔色ひとつ変えずに避けきるが、隙はまるでなかった。
マスの背後から、リオとミロカの二人が飛び出し左右から斬りかかる。
「うわあ!」
ナオは剣で受け激しい音と火花が弾け飛ぶ。地面を蹴り上げ二人の剣を押し返し、すかさず退く。
「やっぱ一人じゃ厳しいかなー!ナオ!」
マスは笑みを浮かべ飛び出す。
マスの剣は止まることを知らなかった。しかしナオも持ち前の身体能力で全て避け切る。
マスが力強い一撃を放った。ナオは冷静に回避。マスの剣は空を斬る。
「──いっけ!」
その隙にイズミの氷魔法が地面をつたい、マスを足止めし、シュージの炎が三人の退路を遮断する。
「しまったッ!」
ナオはすかさず武器を取り上げようとする、完璧な連携と思われたその時──重々しい空気が漂い、一帯は濃密な闇に呑まれた。
「来たわね、ユメノのとんでも火力…!」
視界は奪われたが、ナオは五感を研ぎ澄ませ、敵の動きを察知した。何か近くで岩が砕けるような、鈍い、どこか湿った音が聞こえ、ナオの全身は震えはじめた。
暗闇の中何かが襲いかかってくるのを肌で感じ、すかさずしゃがみ込み、魔法で爆風を起こし暗闇から脱出を試みた。
その吹き飛ばされた空気にはどこか鉄の香りを感じた。それだけでなく何か肌に触れたような気がし、背筋は凍りついた。
「ナオ、大丈夫?」
ジユンが声をかける。
「…うん…でもあの暗闇何か変…」
「一回晴らそう。晴樹、ヨーテルで飛ばせる?」
「やってみる。瑩輝!」
晴樹は光を扇状に放出すると、徐々に暗闇を押し返す。
地面の様子がゆっくり明けていき、最初に目に入ったのは足だ。だらんとして力なく、左脚が不自然に折れ曲がっている。泥と血で汚れ、足元には血の池が生まれていた。
次に胴体が見えはじめた。赤い血が白い制服をよく染めてこびり着き、固くなりはじめている。腹部が貫かれ、赤黒い管のようなものが体から飛び出していた。それでも手には剣が握られている。
そしてついに全身が現れた。
「うそ…」
その死体は首から上がなかった。断面は千切れたように荒く、内側の肉がボコボコと露出し、器官の穴や骨すら見える。血が今もなお垂れ流れて、死体の新しさを感じさせる。全貌が明らかになり、より血の嫌な匂いが鼻に突き刺さる。
ナオはその場でしゃがみ、強烈な吐き気に襲われた。もはや訓練どころではなくなっていた。
「…これは……」
「周りを警戒するんだ」
ジユンは顔を真っ青にしながらも、冷静を保とうとしていた。晴樹とナツキは剣を構え、周囲を見渡す。
「他のみんなは無事でしょうか」
「分からない。ただユータス教官が転移魔法を使わないことが妙だ」
「使えない状況に至ったとか?」
「なるほど、この犯人かその仲間がやったのかもしれない。だとすると相当まずいな。俺らでこの犯人を潰さなければ」
「ねえ…まずみんなと合流する方がよくない?」
ナオが力なく提案する。
「そうだな。俺とナツキさんとナオは周囲の警戒、晴樹はそのまま光で照らしておいて」
彼らは頷き、一つに固まり移動を始めた。
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