第21話 雪まつりの準備。
新年が明けてから、しばらくの間は毎日朝から雪だった。珍しくもないが。
もっさもっさと大きな雪が落ちてくる。朝に雪をかいた玄関先も、昼前には膝ぐらいまで積もった。
しかたがないのでコートを羽織って外に出る。雪をかかないことにはドアも開かなくなってしまう。もちろん一番外のドアの上には雪除け用の屋根があるが、まあ、積もる。父は朝の雪かきで腰を痛めた。
階段を雪をかきながら降りていく。
家は少し高くは作ってあるが、もう、雪の中だ。雪をよけるので、階段の両端はかなりの高さになっている。壁だね。
毛皮の帽子の上に、スカーフでほっかむりをして、出てきたのは、アウラ?
スコップを担いでいる。
さっさか、雪をかきだした。慣れたもんだね。
二人で黙々と雪をかく。
正面玄関。勝手口。勝手口から続く犬舎や馬小屋、薪小屋への道を踏む。
さくさくと、降りたての雪を二人で踏み固めていく。
ついでに、犬を放して遊ばせる。雪の中を走るというより、泳ぐ?感じだ。それでも楽しそうに走り回っている。
その間に犬用の水を替える。
「水場まで道を踏んどくか。」
水場はここから山のほうに向かって5分ぐらい。雪を踏みながらだと20分ぐらい。
木でできた樋で家まで水を引いているが、水場にある水車小屋も埋まっているだろう。
スコップを担いで、道を踏みながら進む。
進行方向に対して横になって踏んでいくので、なかなか進まない。けっこう傾斜もあるし。
えっちらおっちら登っていくと、水車小屋が埋まっていた。雪が布団のようにかぶっていて、真ん丸に見える。
とりあえず入り口を掘る。
水場はさすがに雪が無い。
水がはじいたところに、つららが出来ている。
「水飲むか?」
結構、暑い。どうせ汗をかくほど温まるので薄着できたが、それでも汗ばむほどだ。
置いてある木のカップに水をすくって、がぶがぶと飲む。腹が凍るほど冷たい。
「ほら。」
顔が隠れるようにほっかむりをしていたスカーフを取ると…。
「げっ?ユーリ?」
ぷはあ、と言いながら、上手そうに水を飲んでいる。ほんのりと頬が赤い。暑いよな。
あ、そのコップ、俺、飲んじゃったやつだけど、その…。まあ、いいか。
犬たちが後を付いてきたらしく、どんどん集まって来て小川の水を飲んだり、雪の上に座ったユーリにじゃれて押し倒している。本人が大笑いしているので眺めていたが、さすがにみんな押し寄せたら押しつぶされそうなので、待てと座れの号令をする。
ユーリをべろんべろん舐めていたが、みんな渋々、座り込む。
「大丈夫か?」
犬がよけても、立ち上がってこないユーリを覗いてみる。結構、埋まっている。
「見て見て!アハト!雪が降ってるんだけど、自分の体が空に浮いていくみたいね。」
知ってる。俺も子供の頃発見して、不思議だなあ、と思った。
ずっと見てたら体が雪に埋まっていた覚えがある。
ユーリが起き上がりそうになかったから、隣に並んで転がってみる。
雪が顔に冷たい。それが不思議と心地いい。
グレーの雪雲に吸い込まれていくような感覚。何度やってもやっぱり不思議だな。
「ほら、身体が冷えるぞ。家に帰ろう。」
ユーリの手を引っ張り上げて、立たせる。
雪の上に二人分の人型。なにやってんだかな。
眼下に見える俺の家からは、いつものように大きな煙突から煙がたなびいているのが見える。少し小降りになったかな。
さあ、一緒に帰ろう。
*****
今朝は冷えた。
天気が良くなる。今のうちに雪まつりの確認がてら手伝いに行っておこう。
ブーツを履いていると、隣に座ってブーツを履いているのは…ユーリ?またお前か。
「どこに行くんだ?」
「え?お母様がアハトが村に出掛けるから、暇ならついていけば?っておっしゃってくれて。」
「・・・・・」
慣れたもんだ。ブーツの上を雪が入らないように紐で縛っている。
今日もスラックス。
「別に、雪まつりの手伝いに行くだけだから、楽しくはないぞ?」
「ええ、いいわ。お天気になるって聞いたし。今朝はびっくりするほど寒いわね。」
そうね。まあ、いいけど。
「アウラは?」
「今日は寒いから行かないって。」
「・・・・・」
二人でスコップを担いで出掛ける。ユーリの首に巻いたマフラーを鼻まで引っ張り上げてやる。
空気が寒すぎてきらきらしている。こんな朝は吸い込んだ息まで凍りそうになる。
「あらら?この空気の中できらめいているのは何?」
「ダイヤモンドダスト。空気中の水分が凍っているんだ。それが朝日に光っている。」
「まあ、そうなの!綺麗ね!」
「あれはリンゴの木?リンゴがなっているわ。」
「あれはな、傷んだりんごを鳥にあげたんだ。枯れ木の枝に刺しておくと、勝手に食べにくる。」
「まあ、そう。優しいのね!食べる物探すの大変そうですものね。」
「じゃあ、あれは何?木の枝が白く、なんかついてる?」
「ああ、樹氷。水分が凍って結晶になってるんだ。」
「まあ!キラキラして綺麗ねえ!お花が咲いているみたい!」
「ねえ、あれは何?長い棒にリボンが付いてるわ。何かの目印?」
村の集落に入る少し手前の、小高い丘に赤いリボンのついた長い棒が立っている。そう…。
「あれはな…村の一番年寄りのばあちゃんが秋口から寝込んじまって、まあ、その…この辺りはこの雪だろう?墓を掘る場所が分かるように、ばあちゃんの息子が立てたんだよ。」
「・・・・・」
「ちゃんと自分の家の墓に入れるようにね。手伝ってくれるみんなにも迷惑が掛からないように。」
「・・・・そう…。大事な事なのね。」
「・・・・・」
サクサクと雪を踏む音がする。
そうだな、ここでは生きていくのも大変だけど、死ぬのも大変だ。
一つ幸いなことは、世捨て人みたいな医者が、村から少し離れた家に住み着いていることかな。村人は噂好きだけど、来るものは拒まない。
村の真ん中あたりの広場に着いた。
気が早い奴らが、自分が作った犬の雪像に水を掛けていた。そのモデルになった犬だろうか?犬が何頭か遊んでいる。
雪の家用のドーム状の雪玉を半分にしたみたいな、も、もう5つほど出来上がっている。今年は10個作る。
「来たか、坊ちゃん、まあ飲め。」
「いや、朝から飲んだら、続かないだろう??」
「寒いからさあ。」
みんな、寒いから酒を飲みながら。
雪の家用の雪を集めていた男衆が、チラチラこっちを見る。ん?
ユーリが雪かきスコップを担いだまま、キョロキョロ眺めている。
「まあ、ハルユラ犬ね?凄く上手ね!」
「これは?何を作っているんですの?」
こらこらこらこら、鼻の下を伸ばしてどうする。
この子は伯爵家の御令嬢だよ?俺たちには関係のない人なんだよ?たまたま、アウラのお友達だっただけで…。
「・・・まあ、そうなの?へええ。」
そのくらいの説明は俺だってできる。
犬には犬ぞりや狩りでとても世話になる。昔々から、この地では犬を大事にしてきた。犬が元気で暮らせますように。子犬が産まれますように。
・・・それで、雪まつりの時に犬の像を作るようになった。
村人の説明を一生懸命聞いているユーリを眺める。よくまあ、感心することが多いな。庶民の生活なんか見聞きしたことが無いんだろうなあ。
ふっ、と、視線を感じて見回すと、みんなに目をそらされた。何?




