第1話 雪国脱出!
「お父様、お母様、私やはり春から王都の学院に通います!願書も取り寄せました!女子寮もあります。」
妹が爆弾発言をしたのは、年末近いある夜の夕食の食卓。
窓の外はもさもさと雪が降っている。
「私、この雪国を出て、素敵な殿方を見つけ出しますから!!」
ぽかーーーん、と娘を見ていた両親は、身動き一つしない。驚くわな。
父親はフォークに肉が刺さったままだし、母親は飲みかけのグラスの水を吐き出すのをやっとのことで我慢したらしい。
「な、なになになに?アウラは都会に行きたいの?」
「そうよ、都会なんか人がたくさんいて、危ないところなのよ?あなたみたいに世間知らずな娘は苦労するわよ?」
「だって、お兄様も行きましたわ。私も行きます。行きたいんです。」
「いやいやいやいや、こっちでのんびり近場に嫁に行けばいいんでねえが?」
「んだって、お父様だって、わざわざ隣国まで留学したっておっしゃっていたじゃないですか?温和な気候に憧れたって!!そこでお母様を捕まえて、連れてきたって!!」
父上…なまってますよ?しかも、押されてますね。
「まあ…け。」
「いえ、大事な事なんです!私、都会に出て恋をして結婚相手は自分で見つけますから!!こんなに毎日毎日毎日雪に埋まった生活から、脱出してみたいんです!」
毎日、を3回も言ったね。
アウラの気持ちはわからないでもない。
家の領は北のはずれにある小さな子爵家。11月から降り出す雪で、4月までは雪の中だ。2メートルは積もる。まさに、埋まる、って言う表現がぴったり。
昼間は短い。外は一面真っ白。森の木々は真っ黒に見える。その向こうは山、山、山。その奥に大きな山脈。ここに雪雲がぶつかって、大雪を降らせる。これでまだ天気が良ければ青空が広がって開放感が少しはあるんだけど、大体においてどんよりと低い雪雲が覆い…なんていうの?
閉塞感?
俺は小さい頃から跡取りとして当たり前に育てられてきたから、これからもここで暮らすのにそんなに疑問はない。と、いうか…疑問を持たないようにしてきたんだろうな。無意識に。
確かに、王都の学院に行ってみて、びっくりたまげたけどね。
「いいんじゃないですか?
アウラが行きたいというなら、行かせてみれば。外から見ないと解らないこともありますからね。そのかわり、3年きっちり頑張ってみればいい。」
「あ、アハト??」
そう。自分がいままでどんなに大事に育てられてきたか。領民に見守られてきたか。
まあ…領民には昨日何時に寝て、朝何を食べて、小さい頃はどんな子供だったまで知り尽くされている。昨日買い物した中身や、誰が誰の親戚だとか、他人の恋愛事情まで。
ちなみに…俺がこの冬の初めに連れ帰ってきた出来立ての恋人が、隣の領地の境で、
「・・・この先に…人が住んでいるんですか?」
と、迎えに来てくれた犬ぞりに乗らずに、そのまま帰ってしまったことも…。
「なあ、そのうち奥様みてえな、雪国大好きって人がみっかっから、な?」
村の人たちに慰められるたび、なんか傷つく。
*****
ハルユラ領の冬は…
年末に精霊に扮したこもを被った村の男たちが、
「悪い子はいねえがあ」
と言いながら家々を回り、酒を振る舞われ、無病息災を祈りながら新年を迎える。
年明けは、出稼ぎに行っていた人や他の地区に住んでいる人たちが実家に帰ってきたりで人口が増えて賑やかになる。雪が落ち着いた辺りで、市が立ち、雪まつりが始まる。
ここでの冬の唯一の楽しみだ。
雪を固めてドーム型の家を作って、その中でお酒を飲んだり、犬ぞりを引くハルユラ犬の雪像を作ったコンテストが開かれたり…。
村のメインストリートの冬枯れの並木には色とりどりのキャンディが結び付けられて、枯れ木に花が咲いたような美しさだ。
最終日の夜には、ろうそくを灯して紙風船を上げる。
毎年のことだが、不思議と紙風船が無数に空を舞う頃に、また雪が降り始める。
「ああ、綺麗だなあ。」
もさもさと降り始めた雪を見上げるように、遊びに来ていたリクハルドがつぶやく。
「そう言えばアハト?お前、恋人を雪まつりに連れてくるって張り切ってなかった?ミカエラ嬢、だっけ?誘わなかったの?」
「あーーーー誘った。喜んでくれてた。」
「で?」
「12月の舞踏会でも踊ったのになあ…」
「ああ、なかなかいい雰囲気だったね?」
「だろ?でね、12月の末に、彼女を誘って帰ってきた。馬車がお前の領を過ぎるあたりで…この先に、人が住んでいますの?って。一言も話さなくなってしまってな。」
「・・・・・」
「森のはずれで迎えに来てくれた犬ぞりに乗り換えようかと思ったら…。」
「・・・?」
「彼女は馬車を降りなかったんだ。で、そのまま帰った。」
「・・・・・」
「いい子だったなあ。おとなしくて、控えめで…。」
「まあ、酒でも飲むか?」
リクハルドが僕の肩を叩いて、空いていた雪の家の一つに入る。中には雪で椅子とテーブルが作ってあって、椅子には毛皮が敷いてある。
「シードルでいいのか?」
「うん。」
出店でシードルを瓶で2本と、隣の店で焼き鳥とジャガイモの揚げたのを買って戻ってきた。うちの地鶏は味が濃くて美味しい。
雪が降っているが、人がたくさん出ている。あちこちにつるされたランタンが明るく踏み固められた雪道を照らしている。
「まあ、飲め。お前の母親のように、雪国大好き、って娘がきっと見つかるさ。」
あ、俺、なに?慰められてる?
「そうかなあ。あの人は特別じゃない?南国生まれだから雪が珍しかったんだろう。」
「それだけじゃ、暮らせないだろう?お前の母親は楽しそうだぞ、いつも。」
「ああ、不思議だよな。あのオヤジに、あの奥さんて。自分の親だけど。俺もここを出る前はそんなもんかと思っていたけど。」
「あはは。」
「うちは突き当りのような土地柄のせいで、昔は他の土地とあんまり交流が無かったらしくてね、当主はなるべく他の土地から嫁を貰うように、って家訓なんだ。」
「血が濃くなりすぎるのは良くないからな。でも、あの母親だけど、お前とアウラは父親似だよね?」
「はあ、そうなんだよね。俺はいいけど、アウラはどうなのかなあ。母親に似ていたらあんまり心配しなかったんだけどね。」
「そう?アウラちゃんも可愛いよ。」
「お前、俺よりひいき目で見てない?」
ここのシードルはアルコール度数が高い。
寒いからみんな飲むんだけど、みんな酒が強い。水を飲むように飲む。
リクの話に呆れながら、笑う。
本当なら、今年の雪まつりは4人で来るはずだった。
俺の新しい恋人と…アウラと。
俺の恋人は帰ってしまったし、アウラは風邪気味なので外出許可が出なかった。
まあ、こんな年もあるさ、と、雪の家から外を眺める。来年もあるし。
明かりの灯った紙風船がいくつも、真っ暗な空に高く上がっている。
綺麗だな。




