銃剣戦姫~狐獣人の姫に転生した戦闘工兵は「工廠」スキルで獣人達の旗じるしとなる~
■西暦1945年3月 日本 沖縄
第二次世界大戦末期、沖縄に米軍の兵士たちが上陸をしはじめた。
沖縄の次は日本の本土ということもあり、町を上げての徹底抗戦をしている。
銃声が昼夜を問わずに鳴り響き、負傷した兵士や国民のうめき声がこだましていた。
「ここが地獄と言われても納得できるな……」
相棒の四式自動小銃にクリップで一気に銃弾を込めたオレ——尾野大我——はもらった握り飯を食べる。
ここは小さな村で、食料を分けてもらおうと立ち寄ったら米兵がうろついていることを聞き、その対応に出て来たのだ。
米食が禁止されて東京ではほとんど食べられなかったのだが、やはり白米は美味い。
塩気がほど良く、具がなく大きさも小さいが活力が湧いた。
握り飯をくれたモンペ姿の少女は幸子といったが、その名の通り幸せになってもらいたい。
「いや、オレがここで米兵を殺して幸せな世界を作るべきだ」
自分にいい聞かせ、村人が米兵を見かけたという丘へ向かった。
そこにはジープに乗った米兵数人が日本人女性にちょっかいをかけている。
嫌がる日本人女性の髪を掴んで、銃を突きつけ無理やりにでもいうことを聞かせようとしていた。
オレの心が烈火のごとく燃え上がる。
四式自動小銃を構え、タイミングを計る、三、二、一……今だ!
木の影に隠れて様子を見ていたオレが飛び出し、自動小銃の引き金を引く、ダァンという音と共に米兵のおでこに穴が空く。
「What happened, move quickly!」
「日本語をしゃべれよ、鬼畜がぁ!」
そのまま、動揺している二人を次々と撃ち殺した。
あとには米兵の血で汚れた女がへたり込んでいる。
「早く逃げろ、まだ敵がいるかもしれない」
「あ、ありがとうございま……兵隊さん右のほう!」
ダァンと銃声が響き、オレの右肩に銃弾が当たった。
激しい痛みが襲い掛かり、その場に転がる。
ダァンと二発目の銃声と共に俺の腹が熱を帯びた。
「に、逃げろ! 早く!」
オレが女の盾になろうとしたとき、三発目の銃弾が女の頭を撃ち抜く。
「クソォォ! クソォォ! 貴様らのような外道は必ず殺してやるからなぁぁぁ!」
痛みに苦しい中、呪詛の様な言葉を履いているときに来た四発目の銃弾がオレの意識を刈り取った。
■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里
——私たちが何をしたというのか。
逃げ惑う狐獣人達を金髪碧眼の人間が”狩り”と称して殺していく。
——私たちが何をしたというのか。
人間の男が女の狐獣人を組み伏して乱暴をしはじめた。
——私は何もできないのか。
狐獣人の姫として、私は泣き叫ぶ民を見捨てて、籠に入れられて逃されようとしている。
「タマモ姫様は東方の本国へお帰りください。この帝国は我ら獣人を家畜としか見ておりませぬ。むしろ、それ以下でしょう」
「ですが、里の民を見捨てて私が生き恥をさらすなどっ!」
叫び始めた私の口を隠れ里の主であるゲンヤが塞いだ。
人間に見つかることを恐れてのことだろう。
コクリとうなずいた私を籠に入れ、男たちが運び始めた。
だが、少しだけ移動したところで、数人の人間に囲まれる。
「貴様! その荷物はなんだ! 中をあけろ!」
「お前たちの様な外道の指示に従う道理などない!」
「外道とは異なことを……我々はこの辺境の領主であるヴィンセント様の命により来ている。大儀は我らにあるのだ」
「帝国は今の皇帝になってから変わってしまった。獣人と人間が手を取り合えっていた時代があっただろうにっ!」
「不敬罪も追加だ。極刑に処する!」
私は籠の中で震えながらこれから起こることを想像し、涙した。
なぜ、力がないのか……魔法を使いこなす人間に獣人達は成すすべがない。
「力が欲しい……そうだ、おばあ様から教わっていたあの秘術を使おう」
一子相伝とされている、白狐族の中のイナリ家に伝わる〈秘術:神降ろし〉を教わって通りに行った。
私は意識を集中し、体内に眠る力を呼び起こす。
「グァァァ! 姫様、お逃げくださ……」
「黙れ、ケダモノが」
ゲンヤの声が消え、籠が崩された。
「姫様を守れ!」
「うわぁぁぁ!」
私を守ろうと隠れていた農民達が鍬や鎌を構えて人間たちに襲い掛かるが、人間の指揮官が手から炎を飛ばして燃やした。
苦しむ声、肉の焦げる匂い、それらが私に降りかかる度にあやまり、そして神が来てくれることを願う。
「タマモ・イナリだな? 貴様は領主様が妾として囲ってくれるとおっしゃられている。寛大な判断に感謝をすることだ」
指揮官の男が私に近づき、手を伸ばしてきた。
——こんな外道に私は屈しない!
強い願いと共に祈った時、天から光の柱が下りてきて、私を包み込む。
私の意識は光へ吸い込まれるようにして消えていった。
■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里
血の匂いが鼻につき、オレは目を覚ました。
「生きて……いる?」
周囲を見ると金髪碧眼の男が耳と尻尾の生えた男女を殺している姿が目に入る。
そして、自分に伸びる男の手が……。
〔転生完了。スキル〈工廠〉の獲得を確認。初期起動特典として、武器を高速自動生産します〕
謎の声がオレのみみに聞こえ、空だった手のあたりが光ったかと思うと”相棒”が現れていた。
【四式自動小銃】である。
「な、なんだ! 何をした、貴様ぁ!」
目の前の男の話している内容が分かる。
わかるからこそ、オレを蔑んでいる感情が見えた。
「黙れ、鬼畜がぁぁ!」
オレは声を発するが、いつもの声ではない高い女の様な声な気がする。
しかし、それを気にするのは先だ。
四式自動小銃についている銃剣で手を伸ばしてきた男の喉を突いた。
肉が裂かれ骨をも貫く感覚が腕を伝ってくる。
「死んではいないようだが、ここはどこだ?」
目を白黒させて絶命した目の前の男を蹴り飛ばして、俺はボロボロの籠の中から立ち上がった。
獣のような男女も、剣を持った金髪碧眼の男達も動きを止めている。
戦場で立ち止まるとは、よほどオレが地面に転がっている男を殺したのが意外だったのか?
「だが、木偶の坊は的だ」
四式自動小銃を金髪野郎に向けて、引き金を引く。
放たれた銃弾が金髪野郎の頭を撃ち抜き、倒れた。
「な、なんだ!? 魔法なのか?」
「隙だらけだ」
驚いて動揺を隠せない男も撃ち殺し、俺は周囲の状況を確認ていると仲間がやられたのを見た金髪男が武器を捨てて逃げ始める。
逃げるのはイイ判断だが、いかんせん判断が遅すぎる。
オレは膝をついて地面にしゃがみ、四式自動小銃を脇で固定しながら逃げる男を狙った。
照準にとらた男の背中を容赦なく撃ち抜く。
「敵影無し、状況確認」
何百回と繰り返してきた言葉を口から出すと、犬の様な耳と尻尾の生えた若い女の方に近づいた。
「ここはどこだ? 今の鬼畜どものはなんだ?」
「ひめ……さま?」
「姫? な、なんだ……この姿は!」
姫と呼ばれた俺は改めて自分の姿を確認すると、華奢な白い手足に巫女服のような白い衣装を着た胸のあたりに膨らみがある。
これは女の体だ。
「伝え聞いていた〈神降ろし〉が成功したのでしょうか……村人を集めてお話しますので一緒に来てください」
黒い髪をした日本人に近い目鼻立ちをした少女に連れられてオレは村を歩き回る。
風が血の匂いを運び、ここが戦場であることを物語っていた。
「ここも戦場であり、地獄か……人殺しの鬼神にはお似合いの場所だな……」
「姫様! 村長の家でお話していきますので、来てください」
自嘲を浮かべつつ、オレは子犬の様な少女に従って家に入った。
■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里 村長の家
先ほどの戦闘からだいぶ時間がたったのか、日が沈み始めている。
時計を持っていないので時間がよくわからないが、夜になったら夜襲にも警戒が必要だろう。
そんなこと考えつつ入ったボロボロになった家屋の中には生きている獣人達が集まっていた。
ほとんどのものは家族を失ったのか泣いているばかりであり、これからのことについて考える余裕があるようには思えない。
「皆様にお伝えすることがございます。私は姫様のお付になるように言われておりましたコリー・サトミです。今、ここにおられるタマモ姫様ですが、姫様であって姫様ではない状態です」
「どういうことだ?」
集まった村人ではなく、オレがコリーと名乗った黒い犬の獣人に訪ねた。
オレの口調に村人たちはひそひそと話あう。
もっとも、オレが巫女服の様なものを着ているにも関わらず胡坐をかいている時点でいろいろ話されていたんだが……。
「はい、貴方様は……」
「尾野 大我だ」
「オーガ様ですね。オーガ様は魂だけ姫様の体に宿っております。姫様の〈秘術:神降ろし〉で呼び出されたオーガ様はこの状況を打破できる戦神とお見受けいたします。私達をお救いくださいませ」
そういうと立って説明をしていたコリーは座り、三つ指をついて礼をした。
礼を受けた俺は、集められた村人を見るがどうしたらいいか、わからない様子である。
だが、その空気を破る動きがあった。
「人間の一団がこっちに来ている! 今度はもっと数が多い!? 俺達の村はおしまいだぁ!」
報告に来た男が足から崩れて叫びだす。
それにつられて、集まっていた村人たちも泣き出したり、呆然としたりして立ち向かう気概は見られなかった。
(この状況はよくないな……しかし、対抗手段がないことには……)
オレが腕を組んで目を閉じると、頭の中に兵器工場のような光景が浮かぶ。
◇ ◇ ◇
〔〈工廠〉スキルへのアクセスを確認。現在、生産できるもののリストを表示します〕
オレの意識が工場のアナウンスを聞き、手にはいつのまにか書類が握らされていた。
そこにはスコップに手榴弾、四式自動小銃がリストアップされている。
アイテムの横には生産時間と費用が表示されていた。
費用の単位は円ではないのが気になるが、武器が生産できるならば対応はできるのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「沈まれ!」
ドンとオレは手に持っていた四式自動小銃の銃床を床に叩きつけた。
その音に、騒いでいた村人が鎮まる。
「いいか、お前たちはこのまま、あの鬼畜どもに蹂躙されるのを受け入れるのか?」
「だ、だって……敵わないじゃないですか! 僕達が使えない魔法をつかってくるんですよ!?」
「魔法だとかがあるとかないとかじゃない、気持ちの問題だ。受け入れるのか?」
オレは自分の胸を叩き、村人たちを見回す。
俯き、黙っていたウサギ耳の女が涙で腫らした顔を上げて俺に訴えかけてきた。
「受け入れるわけがありません! 娘は奴隷として連れていかれ、それを阻止しようとした主人は殺されました……だから、人間を許すわけにはいきません」
「そうか……他のものはどうだ!」
「許せるわけがない!」
「力があるならば、俺達の手で殺したい!」
騒ぎだしてきて、盛り上がる中でオレは全員に向けて告げる。
「わかった、ならば戦おう。だが、戦線に立つのは素人では難しい。だから、支援を頼みたい」
オレの言葉に村人たちは頷いた。
そして、次の言葉を待つ。
「資金を貰えればオレはこの銃をはじめとした武器などを生産できるスキルをもっているようだ。それをもって鬼畜どもを迎撃する!」
「ジュウ! あれは俺も見たぞ、兵士が一瞬で死んだんだ。逃げる兵士だって詠唱もなくあっという間に倒せるすごい武器なんだぞ」
「それがあれば人間たちに勝てる!」
力強いオレの言葉や銃の存在に村人たちはやる気になったようだ。
「ありがとうございます、オーガ様。人間の死体からも金品類は取っておきましょう」
「悪いが、細かいことは任せた……あとは村人の死体は戦闘後だが丁重に弔ってやろう」
「はい、お心遣い感謝いたします」
涙を浮かべたコリーにオレは今後の準備を考える。
この隠れ里の地理も含めて判断材料が必要だ、コリーにも手伝ってもらいながら進めていくとしよう。
■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 ヴルス村
——数時間前
村長の家にいた貴族の男が差し出された茶の入った器を手で跳ねのける。
中身をぶちまけながら床に転がり、地面に淹れられたお茶が吸い込まれていった。
「やれやれ、これだから田舎は……僕の舌を満足させる茶もないとは……」
机に脚をかけて、つまらなそうに貴族の男——ラインハルト・ヴァイスホルン子爵——は鼻を鳴らす。
権力を得るために、父親の不正を内部告発して辺境伯に認められ、さらなる覚えを良くするために今回の獣人の隠れ里襲撃の任を得た。
だが、ラインハルトの目的はただの出世ではない。
辺境伯の地位もそして、皇帝をも目指す心持ちだ。
「ヴィンセント辺境伯が普通に美人の獣人を妾にするとは思えない、何かタマモには力があるはずだ。間違って死んでしまったとか、そういうことにして僕のものにしたいな」
ニィと邪悪な笑みを浮かべたラインハルトは部下に指示を出す。
「先遣隊はどうした? 報告はまだか?」
「それが……連絡が途絶えております……どういたしましょうか?」
午後のティータイムを嗜むのが貴族の務めとしていたが、そうもいかない状況だとラインハルトは立ち上がり、煌びやかな服のすそを払った。
平民上りの兵士のもごもごとした報告に彼のこめかみが震えはじめる。
「偵察の馬を出すなどやれることはあるだろう? 僕にいちいち聞かなくても頭を回してほしいね。君、死にたいの?」
「い、いえっ! 申し訳ございません! すぐに動きます」
「いや……いい、今から偵察に時間を駆けていたら逃げられる。すぐに部隊を率いて隠れ里を包囲するように動かすんだ!」
変わっていく命令に翻弄されながら兵士は村長の家から部隊がいる野営地へと駆けていった。
「村長、帰った時はもっとおいしい茶を用意しておくことだ」
「かしこまり、ました……」
村長は頭を下げながら、恨みがましい目をラインハルトに向けていたが、当人はついぞ気づかなかった。
■帝国歴 345年 ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里
隠れ里を包囲し、周辺に逃げている獣人がいないことを確認したラインハルトは満足げにうなずく。
夕日が沈み、夜が訪れた。
「夜襲というのは上品ではないが、翌朝などと悠長なことは言ってられないからな」
兵士たちが松明を持っているので村の周りを火の輪が包んでいる状態だ。
拡声をする魔導具を使い、ラインハルトは隠れ里に向けて声をだす。
「僕はヴィンセント辺境伯より名を受けたラインハルト・ヴァイスホルン子爵だ。おとなしくタマモを差し出せ。そうすれば村を亡ぼすことはやめてやろう。慈悲だ」
村の方からの反応はなかった。
すでに無人という訳ではないのは偵察に出した兵士から聞いている。
ひゅんと村の中から何かがとんできて、ラインハルトが乗ってきていた馬の頭に当たった。
馬が暴れ、ラインハルトが馬上から転げ落ちる。
「な、なんだ!? なんで僕がこんなことに……」
ぶつぶつと文句を言いながらラインハルトは立ち上がり、馬に当たったものをみる。
地面に転がっているそれは苦悶の表情を浮かべた人の頭だった。
血濡れた髪から覗く青い瞳と目が合う。
「ひぃぃぃ!?」
驚いたラインハルトがしりもちをついた。
周りの兵士たちも動揺を隠せない。
明確な死が転がっているのだ。
”獣人は脅威ではない”と聞かされていた中での出来事である。
「ええいっ! 村を焼け! これは領主様への……ひいては皇帝陛下への反逆だ!」
ラインハルトが指示をだすと、兵士たちは火矢を構えて、一斉に発射した。
戦いの火ぶたが文字通りきって落とされたのだ。
■ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里 村長の家
夜空を大量の火矢がとんできて、里の家に突き刺さっていく。
火が燃え移り、闇を明るく照らしていった。
その中で一つ、村長の家だけは青白い結界が張られていて、矢を防いでいる。
「これが魔法なのか?」
「いえ、これは魔法ではなく〈結界術〉という妖術の一種です。私しか使えないのですし……集中して印を結ばないと維持もできません」
オレが尋ねると手内に組み、中指を立てて人差し指を絡ませる大金剛印と呼ばれる印を結んでいるコリーが答えた。
それでも矢を塞いでくれるだけで十分である。
「コリーはここで村人を守っていてくれ、攻撃はオレがやる」
相棒の四式自動小銃に弾を込め、予備を腰の帯に差し込んだ。
巫女服の様な衣装では動きづらかったので、破いたりしながら恰好を整えている。
袴のようになっていた部分を膝くらいで切り裂いて、切った部分をタスキのようにして上をまとめておいた。
足元がスース―するが、そこは戦いが終わった後にでも何か作ってもらうとしよう。
「行ってくる」
「わかりました、ご武運を……オーガ様」
コリーの言葉を背に受けて、オレは村長の家を後にした。
■ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里
火矢をかけた後、包囲網を狭めるように兵士達は駆け出していた。
燃える家があってあたりが明るいので足元まで明るく、死体をよけて進んでいく。
そして、広い道を進もうとしとき、兵士の足元が沈んだ。
グッサリと足に鋭い物が刺さる。
「グギャァァァァ!?」
「うわぁぁ!」
「いてぇ、いてぇぇぇよぉぉぉぉ」
叫び声が村のあちこちから聞こえて来た。
タマモの用意させたトラップが上手い具合にはまった結果である。
◇ ◇ ◇
「どういうことだ! ケダモノどもが罠を仕掛けているだと?」
「はっ、大きな罠ではなく、足が軽く沈むくらいの深さの穴に鉄の太い針を立てているような罠です」
「そんな罠、聞いたことがないぞ!? ケダモノたちの独自の狩り罠か……」
ラインハルトは報告を側近から報告を聞いて怒りをあらわにした。
そして、馬の上から燃える村をにらみつける。
「どんな罠を仕掛けようが、魔法を使える僕には勝てないさ。さぁ、”狐狩り”の始まりだ!」
馬の腹を蹴ってラインハルトは村へと向かった。
◇ ◇ ◇
叫び声を聞いたオレは、そちらに向かって確実に命を刈り取っていった。
狙いを定めて引き金を引くだけの単純作業だが、その一瞬で命が消えていく。
熱を持った薬莢が地面に転がり、湯気を上げていた。
「指揮官を探さねばいけないな……いや、馬の足音。指揮官か!」
すると、馬が走るときの足音が遠くから聞こえてくる。
オレはタマモの記憶を探り、人間の貴族の戦い方を思い返していた。
馬に乗っているのは騎兵と呼ばれるものか、全体を見回す指揮官クラスが大半だと……。
「ならば、この馬の駆ける音の主が、倒すべき敵だ」
オレは四式に銃弾を補充して、足音の方へ向かった。
物陰に隠れながら敵を探すと、同じように周囲を警戒しつつ村へ入ってきた派手な服の男が見える。
「戦場で煌びやかな服を着るなんて……バカなのか? いや、バカだからこんな外道な行為が平気でできるのか」
自分で勝手に納得したオレは派手な服を着た男の周囲にいる、兵士一人へ狙いを定めた。
タァンと銃声がなり、兵士が倒れる。
「今の音は!? なんだ、魔法? いや、こんな魔法を僕は知らないぞ!」
「弓でもないようです……子爵様はお戻りください」
兵士の中でも年かさの男が馬上の男を守るように立って、周囲を見回している。
中世ヨーロッパの鎧をガッシリ着こんでいるので、兵士というよりかは騎士に見えた。
「あの男が一番手強いだろうな……」
指揮官が無能なことは多い。
それは沖縄での戦いでも良くあることだった。
だが、最も厄介なのは階級が高くなくても実戦経験を積んだ一兵士にある。
「嫌だ! ここで帰ったら僕は無能になるじゃないか! そんなことは許さないぞ!」
「はぁ……わかりました。村の代表者と話がしたい出てきてくれ!」
オレは少し悩んだが、情報収集も兼ねて出ていくことにした。
◇ ◇ ◇
夜、火の上がる家があたりを照らしている。
その家の陰から美しい狐耳を生やした女がゆっくりと出て、私——ギュンター・ライヒェンバッハ——達の方へと歩いてきた。
堂々とした歩き方に狐獣人の姫と言われている理由に納得する。
目の前で歩いてくる女性から漂う高貴さと併せ持った戦士としての風格に若干気圧された。
「おお、お前がタマモか! なるほどなるほど……確かに領主様が欲しがるほど美しい娘ではあるな」
そんな私の気など知らずに、ラインハルト様は馬上から舌なめずりをしている。
先代のヴァイスホーフ子爵に仕えていた私はラインハルト様のお目付け役をしているが、先代とは貴族としての格は雲泥の差だ。
心から仕えるべき主とはいえず、ただ仕方なく従っているだけにすぎない。
「タマモ・イナリ姫とお見受けいたします。こちらは今回の指揮官であるラインハルト・ヴァイスホーフ子爵です。私はラインハルト様に仕える騎士のギュンター・ライイヒェンバッハと申します」
「オレ……いや、私がタマモ・イナリです。そちらが起こした非道な行いの謝罪にきたのでしょうか?」
努めて冷静にしているようだが、目の前の女の瞳には憎悪が渦巻いているように見えた。
この女は危ない……触れてはならないものに手を出してしまっていると私の直感が訴えてくる。
「何をいう! 僕は領主様の命令でタマモ姫を迎えに来ただけだ。行き違いがあって、こんな形なってしまったがおとなしくしてくれるならば、僕は手を出さないよ」
しかし、実戦経験の少ないラインハルト様は私の心などお構いなしに話をしはじめた。
「そうですか……領主様はどのようなお方でしょうか? 私は東方の本国から最近来たものでお恥ずかしながら詳しく知らないのです」
「ラインハルト様、話は私が……」
「出過ぎた真似をするな、ギュンター! 領主様はこのあたりの獣人を奴隷として集め、帝都へ送っておられる。魔法が使えず人より劣る獣人達に奴隷という仕事を与えてくれる優しいお方だ。その領主様はタマモ姫を妾としてご所望だ。おとなしくついて来てくれるのであれば、無碍な真似はしない」
「ラインハルト様!」
私はペラペラと上機嫌に話す主に頭が痛くなる思いだった。
(この方はわからないだろうか、タマモ姫から溢れ出そうとしている殺意を……獣の如き怒りを……)
腰に下げた剣へ私が手をかけると、石が飛んできてラインハルト様の頭にあたる。
傷つけられた額から、血が流れだした。
「嘘だ! 父ちゃんを笑いながら殺した人間なんか信じるものか! 返せ! 父ちゃんを返せ! 連れてった母ちゃんを返せ!」
石を投げていたのは子供の獣人であり、もう一つ石を投げようと振りかぶった。
|〈土魔法:石礫〉《テラ:ストーンバレット》
だが、その瞬間、ラインハルトが呪文を詠唱して放たれた魔法で子供の顔が弾ける。
顔の無くなった体が倒れたため、石は飛んでくることはなかった。
「ケダモノの分際で僕に傷をつけるなんて、無礼も無礼。死んで詫びるんだな……お前の母親かはわからんが兵士に遊ばれた女獣人は何人かいたな、舌を噛んで死んだのもいるから、あの世で家族と過ごせるかもなぁ。これも僕の慈悲だよ」
「この……この……腐れ外道がぁぁぁ!」
タマモ姫の空気を斬り裂くような大きな叫び声が響く。
猛獣の鎖を解き放ってしまったと私は後悔したが遅かった。
◇ ◇ ◇
こいつら——正しくは子爵とよばれた貴族——は人じゃない。
人の皮を被った鬼だ。
米兵の方がまだ人間だと思えるほどに、この世界の人間の貴族は腐っている。
「ラインハルト様! お逃げください!」
「ギュンター! 僕に命令するな!」
「死にたいのか! 逃げろ!」
目の前の騎士が馬上の貴族に向かって逃げるように叫ぶが、オレは全員逃がすつもりなどなかった。
怒鳴られて驚いている貴族に向かって、四式自動小銃を瞬時に構えて撃つ。
一発でなく、残りを撃ち尽くすつもりで連射した。
ドッドッドッと撃たれた胸や頭に赤いシミが浮かび、体が揺れる。
撃ち終わったとき、馬上の貴族は崩れ落ちた。
一瞬の出来事に目の前の騎士は固まっている。
「うわぁぁぁ!」
騎士の他にいた兵士の一人が声を上げて逃げていった。
オレは弾を撃ち尽くしていたので、銃剣の部分を投げつけて兵士を殺す。
「ちぃっ! 悪魔の女狐め……」
「どちらが悪魔だ!」
騎士が剣を抜いて斬りかかってくるのを四式で受け止めた。
弾がなくなった四式は鈍器でしかない。
〔クエストクリア。工廠スキルがレベルアップしました。レベルアップボーナスを支給します〕
謎の声が聞こえてきて、俺の腰に九四式拳銃が現れた。
「しめた! じゃあな、オマエとは別の出会い方をしたかった」
四式を騎士へ押し付けるようにして手放し、腰から九四式を抜くとドンドンドンと撃つ。
銃弾は騎士の鎧を余裕に貫通したのか、騎士の口から血があふれた。
「ひ、ひぃぃ! 助けて! 助けてください! 僕は、僕はただついてきただけなんです。誰も殺していないんです! だから、だから許してください!」
生き残り、膝をついて命乞いをする男からは敵意を感じない。
よく見れば兵士としても子供のようだった。
「少年兵か……女子供を非情に殺すつもりはない。捕虜としてついて来てもらおうか」
あまりにも泣きじゃくる姿に毒気を抜かれたオレはこの少年を許して村長の家へと連れていくことにする。
指揮官の死亡が伝わったのか、村を包囲していた火が遠くへ下がっていった。
「戦闘は終わりだ、状況の確認をする」
俺はタスキとして使っていた布をほどき、少年兵の腕を縛ると村長の家へと向かう。
今回の戦いは終わったが、まだ先が長い戦いになりそうだとオレは感じていた。
■ヴィンヘルト帝国辺境 白狐族の隠れ里 村長の家
オレが連れて来た少年兵に対し、村人たちの視線は冷たく鋭かった。
自分たちの仲間が大量に殺されたのだ。
敵に対して冷静になれとは言えない。
「コイツは捕虜だ。連れ出された獣人達の情報、この地の領主の情報などを聞いたり人間とのやりとりの代表になってもらう。文句のあるやつはオレの前に出てこい!」
オレは仁王立ちで少年兵の前に立ち、村人達に向けて声を荒げた。
ここは利用価値のある人間であることを示し、捕虜として扱わせるしかない。
「姫様がおっしゃられるのであれば……」
「苛立つのもわかる、悔しいのもわかる。だが、オマエ達が手を上げればオマエ達が否定している人間と同じになる。体が痛めつけられても心まで腐るな!」
「は、はい!」
村人たちがおとなしくなったところでオレは少年兵とコリーを同席させて話を行う。
その他のものは後処理を命じて動いてもらっていた。
死体の埋葬や家をどうするかなど考えることは多い。
「さて、オマエのことを教えてもらう。名前は?」
「あっ、はい……あの……少し、足を閉じてもらっても……」
おどおどとしている少年の視線を辿ると、オレが片膝を立てているので下着が見えていた。
ウブな奴だと思いつつ、話を進めるためにもオレは居住まいをただす。
「あらためて、名前をを教えてもらおうか?」
「僕はアレクセイ・シュトラウス。16歳です。先代の子爵様に仕えていた軍師の家柄ですが、ラインハルト様に代替わりして苦言を呈していたところ反逆罪ということで家を潰されました。戦いは苦手で、作戦を考えたりする方が好きです」
「軍師か……オレは一兵士でしかないので、軍師がいるのは助かる。しばらく行動の制限をつけさせてもらうが、働き次第では自由もあるだろう」
「オーガ様、いいんですか!? そんなに簡単に決めてしまって……」
オレがアレクセイの扱いについて決めると、コリーが反対を示す。
「この細い体で何ができる? それにこれから連れ出された獣人を助けにいくならば人間側の情報源がないのは困るだろ?」
「そういわれてしまうと、断ることができませんが……」
だが、オレが縛られているアレクセイの姿をみせて納得してもらった。
「現状は先ほどのラインハルトから聞いたように獣人が不平等に扱われているのが分かった。だから、オレは獣人達を解放していく。この四式にかけて」
壊れた四式を〈工廠〉で売り払って、作り直したオレは銃剣のついたそれを掲げて宣言する。
「銃剣戦姫……バヨネットプリンセスですね」
アレクセイがつぶやいた言葉をオレは気に入り微笑んだ。
銃剣戦姫~狐獣人の姫に転生した戦闘工兵は「工廠」スキルで獣人達の旗じるしとなる~ 完
お読みいただきありがとうございました。
一二三書房投稿用に急いで書いた短編になります。
長編を読んでみたいと思った方はコメントや☆などいただけたら嬉しいです。