愛8
先生?
泣いてもいいよ?
先生は悪くないよ。
ねぇ、一人でそんなに背負い込まないでよ。
すれ違っていた過去
私は歩いてる途中だった。
丁度学校から出たとき。
いきなり腕を掴まれた。
振り向いた先には一人の男が立っていた。
男は目が光っていたような気がした。
「お前が、川風 美有香?」
男にそう尋ねられて私は少し驚きながら頷いた。
男は誰かに似ていると思った。
でも、あまりわからなかったんだ。
このときに気づいてればよかったのかな?
「こっちへ来い。」
いきなり掴まれた腕を引っ張られた。
私は抵抗した。
声は出したくないから後ろに体重をかけた。
「安心しろお前には何もしねぇーよ。」
その男は乱暴にそう言った。
じゃあ、何でいかなきゃけないんだと思ったが…
連れて行かれたのは倉庫みたいなところ。
周りが薄暗くて穴の開いた天井から光が少し漏れていた。
「さ、あいつに電話でもするか。」
男は笑った。
その笑った顔は決して嬉しそうではなかった。
不気味な笑み。
その笑みは鳥肌がたった。
「今すぐ、〇〇倉庫に来い。お前の大事なもの預かったからな。」
男はそれだけ言って電話を切った。
その言葉でわかった。
誰に似ていたかも。
「あなた先生の何?」
私は真っ直ぐに男を見つめた。
その男は少し驚いたがまたあの笑みに戻った。
「あんなやつが先生なんて呼ばれるなんてな。お前の目もどうにかなってんのな。あんなやつより俺のほうがよっぽどましだろ。」
男は偉そうにイスに座った。
イスでわかったことが一つ。
どっかのお坊ちゃまらしい。
艶やかなこげ茶色に金や銀の綺麗な糸で刺繍が施されたクッション。
その上に足を組みどっかりと腰を下ろしている。
金持ちがそんなに偉いのかと文句を言いたくなるような仕草だった。
「あんたみたいなチャラチャラしたやつよりよっぽど真面目だと思うけど?」
私は笑いながら嫌みを言った。
昔からひねくれ者に化けるのは得意だ。
男の眉毛の外がピクッと動いた。
そんなときだった。
「おい!!!!」
いきなり先生の声が聞こえた。
こんなに早くここがわかるなんて。
すごいな。
私は少し呆然とした。
「久しぶり。何年ぶりだろうね。兄さん。」
男の口から出た言葉に耳を疑った。
今、兄さんって言ったよね?
「驚くのも無理ないよね。この人には東正 孝介って言う弟がいるなんて聞いてないもんね。」
男は確かにどことなく先生に似ていた。
でも、何も話し方や、笑い方は何一つ似ていなかった。
やっぱり、何かをうらんでいる顔に見える。
「ま、言えるわけないか。自分には重いからって俺に全部押し付けて逃げてきたんだからな。」
男はどこか壊れたようにそう言い放った。
怖い。
少しだけそう感じた。
「川風。行くぞ。」
先生は私の手をとってそう言った。
「おい。シカトしてんじゃねぇよ。」
男は眉間に皺を寄せた。
鋭く光る瞳。
先生は全く動じなかった。
「俺の気持ちも知らずに出て行きやがって。」
男がそう言った途端に先生の歩いていた足がピタッと止まった。
男はその光景を見て少し動揺した。
「お前には俺の気持ちがわかんないからそんなことが言えるんだ。本当は俺だって、あの会社を受け継ぐ覚悟はしていた。そして、親父にも可愛がって欲しくてずっと頑張ってきたんだ。なのに、いつも親父はお前ばっかりで、俺のことなんて見向きもしなかった。「お前は兄だろう。」その言葉ばっかりで。俺が甘えたくても甘えられなくて。だから、俺は逃げた。俺は必要とされたかった。でも。誰も俺を見てくれなくて。お前なんかにその悔しさがわかるかよ!!!」
先生の見たことのない顔がとても悲しそうで。
私は先生の手を強く握った。
先生?
私がいるよ?
先生はそれに気づいたみたいで私の頭を優しく撫でてくれた。
「は?だって、いつも父さんは兄貴ばっかりで…」
「あれは、ほとんどがお前の話だ。元気でやっているかとか、怪我などしていないかとか。」
先生は冷静に言葉を発した。
その言葉に男は唖然としていた。
そして一回ため息をついた。
「これまでの恨みはなんだったんだよ。」
男はそう言ってあの高級そうなイスにまた座りなおした。
男は頭をかき、しばらくして。
「兄貴。悪かったな。」
そう言い残して、倉庫みたいなところから出て行った。
「兄貴だって。何年ぶりだろ。」
声が少し震えていたからすぐに気づいてしまう。
先生のことを後ろから強く抱きしめた。
泣くほど嬉しかったんだね。
泣いてもいいよ。
私が隣にいるから。
どんなに辛かったかなんてすぐにわかるよ。
だって、大切な人なんだから。
「先生、来てくれてありがとう。」
私は優しくそう伝えた。
先生はその言葉に無言で頷いてくれた。
先生。
私は何があってもあなたの隣にいるよ?
好きだよ。
初めてなんだ。
こんなに思えたの。
この気持ちは誰にもあげたくないよ。