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好奇心が黒猫を殺す時  作者: 瞬々
第1章 黒猫赴くままに。
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9 黒猫と父

 自転車のペダルが重い。漕ぐ度に足裏で血豆が潰れる。


 脚が悲鳴を上げるが、それを夜宵は無視した。父への苛立ちと焦燥で心がどうにかなりそうだった。


 肝心な事は何も言わない、説明をしない父に対してずっと溜め込んできた感情もいよいよ臨界点を超える。


 『鬼』が出るから気を付けろ――今時、子どもでも信じないような下手な嘘をかつてない程に真剣な表情で告げてからずっとそうだ。


 親戚からは奇人変人扱いされて、親権すら危ぶまれ、家族がバラバラになるかもしれない瀬戸際だと言うのに、父はいる筈も無い『鬼』の存在を信じ続け、愚直にもその恐ろしさを訴え続けている。


 そんな父がいなくなったのは朝のこと。後のことを弟の蒼次郎に任せて、探しにでた夜宵だったが、父はどこにもいなかった。

 

 そして、気のせいで済ますにはあまりにも街の様子に違和感を感じた。時折遠くから聞こえる叫び声。やたらと多く聞こえる緊急車両のサイレン。そして何より。


――何かいる。


 そう思って背後を振り返るが何もいない。本能的な恐怖に体が竦んだ。


その度に自分の頭に何者かが語り掛けてきた。


――今すぐ隠れて


――ここから離れて


 耳元で誰かがそう囁く。恐怖でおかしくなってしまったかとも思ったが、不思議とその声に安堵を覚える。まるで生まれてからずっと共にあったかのような声。


 それに従い、夜宵は動き続ける。


「ねぇ、誰か知らないけど、父さんの居場所とかも分かったりしないかい?」


 遂に、人気のない河川敷の見える坂で、夜宵は何もない空に向かって尋ねていた。自転車は投げ出され、大の字に身を投げていた。


 誰かに聞かれていたら狂っていると思われるに違いないが、そろそろ彼女も限界だった。街の違和感はいよいよ無視できないものとなってきていた。


 昼間だと言うのに、夜の帳が降りている。太陽は浮かんでいるのに、街は薄暗く不気味だった。行きかう人々は軽いパニックになっていた。


 化け物に子どもが攫われた。


 何もない筈の場所で人が吸い込まれるように消えた。


 そんな話が耳に入る。下手な怪談話にしか聞こえなかった。だが、今のこの異様な状況の中では妙に説得力があった。


――会いたい?


 声が尋ね返す。もう人にどう見られるかも気にせず、夜宵は言葉を絞りだしていた。


「会いたいね、会ってボコボコにしてから事情を全部吐かせて、それから引きずってでも家に連れ帰る」


 表情の無い瞳から雫が浮かび、一筋頬を伝う。どうして、こんなことになったのだろう。


 孤独な闇のなかで夜宵が自問した時だった。


――星の行く先に求める人はいるよ


 声の導きに夜宵は自然と立ち上がっていた。闇しかなかった筈の空に一瞬、一筋の星の光。それが落ちていく先に向かって夜宵は走っていた。


 街から離れた道を進み、坂を上り、やがて道すら外れた森を彼女は彷徨っていた。


 立ちふさがる木々の間を通って枝が刺さって腕を傷つけるのも構わず、ぬかるんだ地面に足を取られて滑って倒れて尚、憑りつかれたように、進み続けた。


 肺から空気を求め、心臓の異様な高鳴りが頭に響いて尚、止まらなかった。


 疲労で瞼が落ち、頭に浮かぶ最悪の想像が瞳に浮かんで尚、光を追い求めた。


 諦められる筈が無かった。


 どれ程愚かであっても、理解できなくとも、許せなかったとしても、1人しかいない父なのだ。


 光の落ちた先は山奥にある廃墟だった。放棄されて何年と経った邸宅。外装は殆どが崩れ、柱が巨大な生物の骨、僅かに残った壁は腐りかけの皮のように張り付いていた。床は地面と同化していた。


 その場所へ足を踏み入れた瞬間、空が青白く光った。周囲には一切音が無かった。虫の音、鳥の羽搏き、獣の嘶き、風すら立たなかった。


「……父さん?」


 沖蒼夜――夜宵の父はそこにいた。邸宅の中心、崩れた部屋で写真立を握りしめ、視線を落としていた。


「来ると思ったよ」


 娘の声に気が付き、そっと振り返る。罰の悪そうな顔、人当たりのいい表情に影が落ちる。


「怪奇現象に超常現象、お前が好きそうな事が今まさにこの世界で起きている」


「そんなことはどうだっていい」


 父、蒼夜の言葉に夜宵は突き放すように言った。今すぐにでも掴みかかってやりたいが、どうしたことか一定の距離を保ったまま、足が動かない。まるで認識された夢の中にいるように、体が思い通りに動かせなかった。


「早く帰ってきてよ……それだけで後は何もいらないから」


 蒼夜は再び写真立に目をやり、それから夜宵を見た。顔は硬直し、眼は揺らいでいた。


「済まない……父さんはやらないといけないことがあるんだ……全部、俺が悪い……だから」


「何言ってるか全然わかんない……それは家族を放り出してでもやらないといけないの?」


 力の抜けた手から写真立が落ちる。それは転がり滑って、夜宵の足にぶつかって止まった。


 若い頃の父と母と……知らない男がいた。大学生の頃の物だろうか。父と男が肩を組んでる横で、母は静かに微笑んでいた。


「お前は戻れ」


 父の言葉に、夜宵はその場で崩れていた。


「なんで……帰ってこれないのさ」


 何も分からない。父の決意が揺るぎないこと以外は何一つとして。


「お前たちは生きてくれ」


 そう願いを残した瞬間、父の姿は消えていた。気が付けば世界に色彩が戻り、穏やかな春の日差しが廃墟とそこに残された夜宵を照らしていた。


「……ふざけるな」


 怨嗟の言葉が口から突いて出ていた。ゆらりと立ち上がり夜宵は決意する。




「絶対に見つけ出してやるから」

沖 蒼次郎

夜宵の弟。沖家姉弟の黒一点。現在中学生で下の妹達の面倒見もいい。姉とは年が近いのに子ども扱いしてくるのでよく喧嘩する。姉が怪奇現象のオカルト好きなのに、対し蒼次郎はUFOとかUMAとか好きで、それ関連の調査番組が大好き。互いに「そんなのあるわけ(いるわけ)ないじゃん」と思ってる。

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