98:別れの日
翌日、始まりの町最後の朝を迎えた私は、モウム達のいる場所に行くために玄関へと向かった。
朝早くから冒険者達が依頼に出かけていく中で、トラとヨクリューとポルルが玄関の外で冒険者達を見送っていた。
そして私が現われたのを確認すると、トラもヨクリューも私の胸に飛び込んできて体をこすりつけてきたり顔をペロペロ舐め回してきた。朝から癒され死にするところだった。
二匹を抱きながら歩くと前が見えないのでポルルが服を引っ張って先導してくれた。
モウム達のいる場所へと到着するとモウム達の世話をしている少女が待っていて、昨日お小遣いを渡したことに何度もお礼を言って、昨日約束していた通りミルクとチーズとバターをタップリ用意しておいてくれた。
それらに対してさらに1万デン硬貨を渡そうとしたが「そんな大金受け取れません」と頑なに拒否されたので、ヨクリューがこれからも沢山チーズを食べるしトラもたくさんミルクを飲むので二匹が満足する分のお金として受け取って欲しいと言った。
トラとヨクリューも「ギャウ!」と「クェッ!」と鳴いて援護射撃をしてくれた。
そしてこれから二匹とも身体がどんどん大きくなって今よりもっと食べるようになるとこれじゃ足りなくなるかもしれないからその時は伝書鳥で教えて欲しいと言って、なんとか受け取ってもらうことに成功した。
それから宿屋へと戻りいったん朝食をとってきてから部屋に戻って支度を整えてチェックアウトすることをポルルに伝えて飯屋へと向かった。
飯屋では昨日少し残ったというワイバルンの肉を使ったチャーハンのようなピラフがあったのでそれを食べて、お弁当にはロックワームのサンドがあったので二つ買った。
その後再度宿へと戻り、ちょうど30日間お世話になった自分の部屋に入って支度を整えた。アイテムバッグのおかげでリュックの中にある物は少ないのだが、それでも怪しまれないように防具は全て装着して、リュックの中には着換えの服や生活用品がいっぱい入っているように偽装した。
大体支度が整ったところで、初めて部屋の扉がノックされたので開けて出て見ると、ポルルとトラとヨクリューがいて、二匹は胸に飛び込んできて一人は胴体から下に抱き着いてきた。
そのままゆっくりベッドまで後ずさりして腰かけると二匹と一人は目に涙を浮かべていた。とりわけ一人の方は大粒の涙がこぼれていた。
ポルルはやっぱり声を出して泣かなかった。
優しく頭を撫でて「必ず一月に一回は帰ってくるよ、急いで帰れば僕の足なら1日で帰ってくるよ、伝書鳥で連絡もするよ、だから泣かないでポルル」
実はポルル以上に自分の方が泣いているという有様でどうにもしまらないのだが、悲しいものは仕方がない。ポルルの干してくれた布団で眠れないのも悲しいし可愛いトラやヨクリューと一緒にお風呂に入って癒されなくなるのも悲しい。
実はほんの少し正直言うとイフリルとか言うそら恐ろしい魔法の先生の下で学びに行くのは結構不安で、このままこの町で美味しい食材を探してのんびり冒険者として暮らし、いつかレベル20のボス部屋に挑み、大地溝帯の古代人の残した場所にも再チャレンジしたいと思ったりもするのだ。
しかし魔法留学はもう決めてしまったことだし、やはりもっとこの世界を見て回りたいという冒険心と好奇心の方が勝っているので、今はやめるわけにはいかない。
「ねぇポルル、一つ提案なんだけど、トラとヨクリューが大きくなって今より強くて優しい子に育ったら冒険者にならないかい?そしたら僕と一緒に色んな所に冒険に行けるかもしれないよ」
ポルルはハッとした顔をして、私の顔をじっと見つめ、その後少しだけ俯いてポルル自身の頭と心で考えた後、もう一度私の顔を見つめてしっかりと頷いた。
「ポルルなら出来るよ、愛情を持ってトラとヨクリューを育てたらきっとこの子達もポルルに協力してくれるはずだ、そうだよねトラ、ヨクリュー」
「ギャオウ!」
「クェーッ!」
「大丈夫、ずっとの別れじゃないし、僕の足なら1日で戻ってこれる程度の距離だから、いつだって会えるさ、だから泣かないで、元気に見送ってくれるかい?」
ポルルはもう一度頷いた。元気に頷いた。
そうして私は号泣しそうになるのをなんとか堪えて宿屋を後にした。
ウォルゼル婆さんはいなかったのでポルルに鍵を預けた。
私は振り返ることなく宿屋を後にした。振り返ると泣きそうだったから。
大門に近付いたところで、町長やウォルロッド始め多くの見知った顔が集まっていた。大魔法協会の使節団の見送りだと思われるが、ついでに私も見送ってもらえるのは嬉しい限りだ。
「おお来たかタダノ」(ウォルロッド)
「すいません遅れました」
「いやいや構わんよ、それでは皆揃ったようだし、町へと戻るとしようか、町長、ギルド長、そして始まりの町の皆さん、手厚いもてなしを感謝すると共に、これからの互いの交流と発展をお祈り申し上げる」(ハルケンロルグ)
「こちこそ遠路お越し下さり有難う御座いました、皆様の無事なご帰還をお祈り申し上げます」(町長)
「頑張れよタダノ、いつでも遊びに来てくれ」(ウォルロッド)
「有難う御座います、ギルド職員の皆さんやご家族の皆さんにもよろしく言って下さい」
「ああ、元気でな」
「それでは行こう、この町の皆さんにアルスマナの祝福あれ!」
そうして大魔法協会の使節団達と一緒に始まりの町の大門を後にした。
全員ザラや乗り物には乗らず徒歩で移動した。しかも走っているようには見えないのだが、時速30キロ以上はありそうな速度で移動した。
「皆さんも足が速いんですね」
「うむ移動魔法は誰もが最初に覚える基本魔法だ、タダノは誰かに習ったのかね?」
「いえ、私のはブーツに移動魔法がこめられた魔法石が埋め込んであるのです」
「おお、そうであったか、しかしそなたはそれがなくともこれくらいの速度は出せるであろう?」
「そういえば試したことがないので分かりません」
「こうして、全く息を切らすことなく普通に会話が出来るということはそのたにも移動魔法が使えることだと思う、そうでなければ人並を超えた心肺機能の持ち主ということになる」
「なるほど」
「皆さん、そろそろ風魔法で追い風を送ります」
「うむ、よろしく頼む」
風魔法使いであるトゥルリィーンの叔父が風移動の魔法を使ったところ、速度が倍近くになりまるで宙を蹴って移動しているかのようになった。
「うわ!これはすごい!すごく便利ですね!」
以前私が結構な速度で走った時はロックマウンテンの麓まで3時間程かかったが、今回は早歩き程の労力にも関わらず風移動の魔法のおかげで2時間半程で到着した。そして既に山の麓では気球の準備が出来ているようで、すぐに乗り込んだ。
私が足でロックマウンテンを登山した時は丸1日近くかかって山頂に到達したのだが、気球だとあっという間に山頂に到着し、火の魔法石を交換し、重りを追加してすぐに下降を開始した。
なんとわずか30分程でロックマウンテンの峠越えを完了したのであった。これは確かにこれまで遥かに迂回しなければならなかった頃の交易や交流がガラリと変わるというのも大いに納得出来た。
下山後はトゥルリィーンの姪が風移動の魔法をかけて移動した。昼は小さな村の茶屋で昼食をとることになったので飯屋で買った弁当は現実世界での貴重な食料としてストックすることが出来た。
この村では行商人達の休憩場所としてよく利用されているようで、茶屋で出てきた料理は素朴ながらも大変美味しく、食後に出てくる梨のようなみずみずしい果物が大変美味しかった。どうやら果樹園を営んでいるようだった。始まりの町に戻る際はお土産で沢山買うことにしよう。
昼食と休憩をとった後はさらに歩き続け、途中二箇所の小さな村で小休止を挟んで夕方近くに今日泊る村へと到着した。




