78:観光視察
翌朝、今日は朝早くに起きて大地溝帯まで観光視察に行くことにした。今日の所はあくまでも視察というか偵察ということで、夕方までには帰ってくるつもりだ。
装備を整え槍を持ち、まずは飯屋に行くと実に幸先の良いことに黒ロックワームの切り落とし肉入りシチューが200デンであったのでそれを食べて、お弁当には黒大トカゲの切り落とし肉を使ったミートパイと黒大サソリのひき肉を使ったメンチカツとおやつ用のナンに似たパンを買った。
また、食後すぐに隣の肉屋に行ってみると、それぞれの肉の良い部分がティッシュの箱くらいの大きさの一塊で1万デンで売っていたので購入した。
これで時間調整のために現実世界の家で過ごす際の食事が最高に楽しみになった。今では異世界で過ごすことの方が遥かに楽しいので、現実世界での楽しみが増えることは大いに結構なことだった。
大門に行くと今日は依頼ではなく、観光視察で大地溝帯まで行ってくると伝えて町の外へ出た。ザラも使わず歩いて行くのかと驚かれたが、道具屋で高いお金を払って足が速くなる装飾品を入手したので早ザラと同じくらい走れると言うと納得した様子で見送ってくれた。
もう足の速さを隠すこともないので早速地図を出して大地溝帯までのルートを表示させて駆け足で進んだ。推定到達時間は4時間だった。
町から結構離れたところで辺りには全く人がいなくなったのを見計らって、現実世界で録音していたラジオをスマホで流しながら走った。
途中おやつのパンを一枚だけ食べてモウムのミルクを飲んで休憩してまたひたすら走り続けたところ、横一文字に地面がなくなっているのが分かり、さらに近づいてみると目の前には息をのむ程の巨大で広大で壮大な大地溝帯が広がっていた。
対岸まで100メートル以上はあり、谷底は300メートル以上はありそうだった。それがずっと先まで続いている。遠目に見れば断崖絶壁のように見えるが、実際には谷に沿うような形で急斜面ではあるが谷底まで人が進めそうな道が出来ていた。
恐らく自然に作られた地形に人が手を加えて下に降りれるようにしたと思われる。ところどころ階段の踊り場のようなスペースも設けられていた。これなら問題なく谷底に降りられそうだということで早速私は斜面を下って降りることにした。
斜面とブーツと私の脚力のおかげで10分程で谷底まで到着するとさらに圧巻の光景が広がった。下から見上げた谷は両サイドが立ちはだかる断崖絶壁のようで遠目から見ると何層にも折り重なる地層がはっきりと見ることが出来た。あまりにも壮大で素晴らしい光景なのでスマホで何枚も写真に撮った。そして高画質で撮影出来るドローンが欲しくなった。
誰もいないので双眼鏡を取り出してさらに良くあちこち眺めてみると、まず谷底の中央部には川が流れており割と水量があって川幅も広くそこそこ深そうだった。ひょっとしたら何か魚がいるかもしれない。また川に沿って遠くを見てみると何か動物のようなものの姿も確認できた。この距離からも分かることから結構大きい動物のようだ。
とりあえずこの付近には危険な生き物がいないようなのでお弁当を食べることにした。この風景を見ながら食べてもいいのだが、弁当の匂いで何か危険な生き物がやってくるかもしれないし、湯を沸かしたりもしたかったので現実世界の家で食べることにした。
昼食後も軽く辺りを見回して気になる所は動画に撮って自分の肉声でコメントを残し、来た時に利用した斜面を登って町に戻ることにした。下りの時よりも少し早く崖の上に到着して、それからまた4時間かけて町の大門までラジオを聞きながら戻った。
今日は手ぶらで帰ってきたので大門でも騒動になることもなく普通に行商人たちの後ろに並んで入門した。大地溝帯はどうだったとの門番の問いに素晴らしい壮大な景色に感動したと答えると、門番も嬉しそうに頷いて通してくれた。
夕食の前にいったん宿に戻って部屋に入ると、机の上に二枚の置き手紙が置いてあり、どちらも服に関するもので、一つは防護服が完成したという道具屋からのものと、もう一つは最高の礼服が出来たという高級服屋からのものだった。後者もまぁまぁ嬉しいが前者の手紙は最高に嬉しく、これでワイバルンの討伐に行けるぞと大いにやる気が湧いた。
服は明日取りに行くとして、とりあえず防具を脱いで普段着に着替えて革靴に履き替え槍を置いて棒を手にして今日も高級料理店に行った。
今日も大勢の客でにぎわっており、いつもの席は確保出来たが、料理の方は黒大サソリの肉が残りあと僅かという状況で、黒大トカゲも黒ロックワームも全て完売という状況だった。もちろん黒大サソリの料理を注文して大いに堪能した。
どうしてもまた食べたくなったら依頼がなくても個人的に獲りに行ってもいいかと思った。そんなことを給仕に話すと、料理店に限らず冒険者に依頼をするときは冒険者ギルドを通さねばならず、直接冒険者に依頼を出すことは禁じられているが、冒険者が依頼とは関係なく入手したものは個別に売買しても良いとのことで、もしも黒大トカゲなどを獲ってきた場合はなるべく高値で買い取るので是非ともお知らせくださいとお願いされた。
また、大地溝帯にいる生き物で貴重で美味しい食材があるかと聞いたところ、百年以上も前に調査団が持ち運んできた記録があるが、給仕には分からないとのことだった。しかし閉店後すぐに料理人や店主に聞いてみると言い、もしも美味しい食材を獲ってきたならばそちらも是非とも買い取らせてくれと頼まれた。
こうしてますます常連以上の立場を確立させつつ今日も美味しい料理に舌鼓をうって大満足して宿へと帰ったのであった。
これは今度大きな荷車を借りて食材ハンターとして是非とも泊りがけで大地溝帯に行こうと心に誓った。紫ヒスイはこの際どうでも良く、美味しい食材探しの方が私にとっては重要だった。
出来上がった服の事といい壮大な大地溝帯での美味しい食材探しの事といい楽しみが多くてワクワクして眠れないかと思われたが、今日は丸一日走っていたのと、ポルルの干してくれた布団の心地良さで布団に入った瞬間秒で寝落ちした。
明けて翌朝、楽しみにしていた朝が来たということで、枕の上と机の上に10デンを置いて、昨日着た服と下着をカゴに入れて100デンを置いて、腹ごしらえに飯屋へと向かった。
飯屋では黒大サソリの大きなハサミでダシをとりハサミに詰まった肉が入った雑炊が150デンだったのでおかわりしてたらふく食べた。
朝から至福の喜びで宿屋に戻ると受付カウンターでウォルゼル婆さんと洗濯物入れ用のカゴを持った少女がいて、私を見るとすぐに近づいてきた。
「タダノさん、私は洗濯をしているウェンデルと言います」
「あっ君が洗濯をしてくれているんだね、ありがとう、君が洗濯してくれたものはどれも最高だったよ、タオルなんかフワフワで感動したよ」
「ありがとうございます!あの、今日の洗濯代に100デンも置いてあったんですが・・・」
「あっなるほど、それはね、君の仕事ぶりにとても感激して満足したからどうしてもお礼をしたかったんだよ、受け取ってくれると僕は嬉しいな」
少女は後ろを振り返ると、ウォルゼル婆さんは私には見せたことがない柔らかい笑顔でコクリと頷いた。
「あっ!ありがとうございます!これからも一生懸命お洗濯します!」
「うん、よろしくお願いするね」
少女は深くお辞儀をして嬉しそうにカゴを持って裏口に向かって行った。ウォルゼル婆さんは何も言わずそのまま奥の部屋へと消えていった。やたら鼻をすすっていたが、風邪など引いていなければ良いのだが。
その後脱衣所に行くとトラがチョコンとお行儀よく待っていたので、一緒に風呂に入って今日も温泉と可愛いトラに癒されて最高だった。風呂上りにはクーラーボックスの中にアイスクリスタルを入れて冷やしておいたモウムのミルクを飲んでこれまた最高のひとときを味わった。




