77:大地溝帯
冒険者ギルド建屋内のVIPルームにて、以前の魔法宝石同様今回の黒水晶と漆黒の水晶もしばらくギルド預かりとなることを了承する旨の承諾書にサインをして個室部屋を退室した。
相当な高額報酬になることが見込まれるため、ギルド長が冒険者に直々に説明して承諾書が必要になる決まりなのだそうだ。
その後次の依頼を物色するため掲示板を見てみたところ特に新しい依頼はなく、相当昔からあったと思われる日に焼けて色あせた依頼書が一枚だけ貼られていた。
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【6等級冒険者向け】
~ 紫ヒスイの採取 ~
【内容】
南の大地溝帯のどこかにあると言われている
紫ヒスイの採取をお願いしたい
【期限】
なし
【報酬】
大きさと純度による
参考価格
高純度の親指大で5千万デン
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一目見てこれは不人気そうな依頼だというのが分かった。そもそも「どこかにある」ときて「と言われている」という説明が実に不確かすぎる。
南の大地溝帯というのがどういう場所でどれ程広大な場所かは分からないが、大とつくくらいだから相当広大な場所なのだろう。
さらに6等級冒険者用の依頼ということは、それだけ危険な場所であることも想像出来る。さすがに私もこれはパスだなと思ったが、一応戻ったら本で調べてみるぐらいのことはしてみようと考えた。
その後高級料理店で夕食を食べて、宿に戻っていつも通り寝る支度を整えて、寝るまでの間に紫ヒスイについて調べてみたが、相当昔に中央大陸からやってきた調査団が大地溝帯の調査の際に発見したとあり、その後多くの冒険者達が一獲千金を求めて探し回ったが見つからず結局見つかったのはその時の一つだけだったようだ。
発見された紫ヒスイは中央大陸のさらに中央にある大きな町で魔法使いたちによって研究され、治療系の魔法を封じる魔法宝石として用いれば効果が増大し使用可能回数も多いことが明らかになった。それにより過去何度か魔族人類との戦闘において利用され多くの負傷兵を救ったとのことだった。
さらに大地溝帯についても調べてみようと思ったが歴史の本には詳しい記載がなかったので、明日図書館に行って借りた本の返却ついでに聞いてみようと思った。
そうして3日ぶりのポルルが干してくれた布団に包まれて心地良い眠りの中へと落ちていった。
明けて翌日、すこしゆっくり起きだしてから朝食を食べに宿屋の玄関にいくと、宿主のウォルゼル婆さんがいて手招きしてきた。
「おはようございます」
「おはようさん、アンタそろそろ洗濯物が溜まってるんじゃないかね?」
しまった!普通に現実世界の家にある洗濯機で、現代日本の洗濯洗剤と柔軟剤で洗っていることを隠さねば。
「そうですね、こないだ服屋でいっぱい買ったのでまだ汚れてない服はあるんですが、今着ているのはそろそろ洗わないとダメですね」
「アンタ結構稼ぎがいいんだから、出来れば孤児達の小遣い稼ぎに貢献してくれんかね」
「あっ!はい!そういうことなら喜んでお引き受けします」
「そうかい、ありがとうよ、ちょっと待ってな」
ウォルゼル婆さんは受付カウンターの奥の方へと入っていき、程なくしてカゴを持ってきて戻ってきた。
「このカゴの中に入る分の洗濯物で50デンだ、カゴが足りないようならアタシかポルルに言っておくれ、洗濯物を入れて部屋に置いといてくれればポルルが回収する、早ければその日の午後か遅くとも翌日には畳んでベッドの上に置いておく」
「それは有難いですね!早速利用します!今着ている服と下着を入れます」
「あいよ」
そうして私はウォルゼル婆さんからカゴをもらって部屋に引き返し、今着ている服を脱いで、ついでに現実世界に戻って洗濯しようと思っていた下着と靴下とタオルを持ってきてカゴの中に入れて、その上に10デン硬貨を5枚置いた。これは後で両替に行かないと。
それから服屋で買った別の服に着替えて、改めて朝食を食べに飯屋に向かい、また宿屋に戻って3日ぶりの独り占め朝風呂に入ろうとしたところ、トラが脱衣所で待っていたので一緒に湯船に浸かった。天然温泉の湯に加えて可愛い赤ちゃんタイガルのトラのダブルで癒された。
脱衣所でトラの身体をしっかり拭いてあげるとトラは元気に裏口に向かって通路を走っていき裏庭に出ていった。恐らくポルルの元にいったのだろう。そして自分の部屋に戻るとカゴはなくなっていた。
その後一休みしてから借りた本を持って図書館へと向かった。いつもの司書さんがいて、本の返却の際に南の大地溝帯に関する記述の本がないか尋ねるとこの辺りの地理に関する本を持ってきてくれたがこれまでの本と違って分厚くなかった。
今回もそれと一緒に歴史の本の続きと動物の最終巻とその他のジャンルの本を借りた。3日間洞窟にこもっていたため返却期限を1日超過してしまったことを謝罪し延滞料を払って図書館を後にした。
部屋に戻って現実世界の時間調整のため、読書と本の撮影をすることにした。1日程度過ごせば異世界で昼食時間になるように調整することにした。
まずは南にあるという大地溝帯について調べてみると、相当大きな断層帯でかなり深くて長い谷が続いており、谷の底には危険な生物も多くいて、かつて中央大陸から来た調査団や、宝石狙いの冒険者達も結構被害にあったようだ。
大地溝帯について調べているうちに段々と興味が湧いてきて、別に紫ヒスイを見つけるとまではいかないまでもその壮大な大自然を見に観光がてらに行ってみるのもいいかもしれないと思い始めてきた。
さらに谷の底にいるという危険な生物についても調べてみたが、地表と異なり独特な生態系が育まれなんとも奇妙な生物が存在するようだった。動物図鑑には載っていなかった不思議な形の生き物が描かれていたが目撃証言と当時のスケッチを元にした想像図とのことだった。
こうして情報を仕入れていくうちに私はますます大地溝帯に行って見てみたいという気になった。依頼抜きでもとても冒険に相応しい感じがした。
問題はどうやって谷底まで降りるかということである。完全に垂直な断崖絶壁だったとしたらどうしようか。しかしかつて調査団や冒険者たちが谷底に行ったということから何かしら谷底までに行ける方法はあるのだろう。その辺りも含めてとりあえず行ってみないことには分からない。
大地溝帯に関して情報収集した後は借りた本を撮影してタブレットPCに保存管理して時間を潰し、現実世界で1日を過ごしてから異世界に戻った。昼食の時間だが私にとっては朝食だった。
飯屋で昼食を取った後で宿屋に戻ると玄関でトラとポルルが待っていたので、今日もポルルと一緒にモウム達がいる町の外れの場所へ行ってトラを遊ばせてきた。
その後宿に戻って部屋に入るととても良い香りがして、ベッドの上を見ると今朝出した洗濯物が洗濯されて丁寧に折りたたまれていた。服を手に取り鼻を近づけて香りを嗅ぐととても良い何かの花の香りがした。服は全然ゴワゴワしておらず、現在日本で販売されている柔軟剤にも引けを取らない程にフワッとして柔らかかった。特にタオルのふんわり感には感動する程だった。多分手揉みで洗っているからだろうか。
それからまた現実世界に行って自分の身体の体内時計で夕食が重なるように時間調整を行ってから異世界に戻って高級料理店に向かった。
黒大トカゲ、黒大サソリ、黒ロックワームの料理を楽しみに行ってみるとかなり賑わっており、入れるか心配したがいつもの席が空いていたので運と給仕に感謝して意気揚々と席についた。
全部食べたいと言うと、そういう客が多いだろうと思ってアラカルト料理を用意したとのことでそれを注文して食べた。運ばれた料理を見ると肉自体は黒くはなくむしろその逆に白いくらいで、どれもこれも一口食べた瞬間拳を天に突き上げたくなる程美味しかった。あまりにも美味しいので3皿もおかわりしてしまった。そしてお代の方もいつもの3倍の15万デンも支払った。
至福に満ちた帰り道で、またしてもポルルや良い香りの洗濯物で孤児達のことを思い出してしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまった。




