41:宿屋
それは一瞬でもあり、実にスローモーションでもあった。
私は真正面のリーダー格が前に出した左足を石突で粉砕し、そのまま彼の横を通り抜けて着地と同時に振り返った。
その間まるで時間が止まり、私だけが動いているかのようだった。
「ぎゃぁぁぁ!!足が!足がぁぁぁ!!」
聞きたくない絶叫が聞こえた。その男の足がどんな状態になっているのかとても見ることが出来なかった。
他の3人は目を丸くして驚き、何が起こっているのか全く状況を理解出来ないようでいた。
私は転がり続けているリーダー格を避けて進み、そのまま真正面、先程まで私の背後を取った、二番目に強い槍使いの男の前に進んでいった。
「ウッ、ウォオオオーーーッ!!」
男は大声を張り上げたが、声を張り上げただけでこちらには向かってこなかった。
私は全く同じことをもう一度繰り返した。
「ぎゃぁぁぁ!!痛ェ!痛ェ!痛ェーーーッ!ぎゃぁぁぁーーーッ!!」
とても聞いていられない絶叫、聞いてるだけでこちらまで痛くなりそうで、なんとか顔が歪むのを堪えて耐えた。
「たっ!助けてくれ!いっ命だけは勘弁してくれ!」
「頼む!降参だ!殺さないでくれ!」
実は私も今にも口から心臓が飛び出そうなくらいの状況で、今気を緩めてしまったら気絶してしまうのではないかという程に緊張していた。
精一杯なんとか落ち着いた低い声を出そうと、試してみているのだが、声すら出せそうにもない。
私は今声を出したら、とんでもない裏声になりそうなので無言で元来た道を戻り、ザラの所まで堂々と余裕があるように歩き、ザラの鼻筋を撫でて心を落ち着かせ、ザラが私の顔を舐めてくれたので少し落ち着き、アイテム格納バッグから水筒を取り出して水を飲んで、乾いてヒリヒリした喉を潤してようやく声が出せそうな状態になった。
例え大きなトカゲでも仲間がいるというのは大きな安心感があった。
そしてザラを引き連れて、今だゴロゴロと転がり絶叫を上げている男とそれぞれに近寄ってオロオロしている男の横を通り抜けた。
近くにいた若い男が武器を捨てて震えながらこちらを見上げていた。
「命まで取る気はない」
なんとか裏返ることなく声を出すことが出来た。
「お前たちはズール族か?」
「そ・・・そうだ・・・」
「そうか、ならばゴドルム村の狩人には手を出さないことだ、彼等は私程優しくない」
我ながら良くそんなセリフが噛むこともなく出てきたものだと、驚きを通り越して呆れた。
「わ・・・分かった、あいつらには金輪際手を出さねぇ、アンタにもだ・・・」
「分かった、二人を手当てしてやれ、命だけは助かるように手加減している」
「あ・・・ああ、分かった・・・すまねぇ・・・」
私はそのままザラを連れて歩き去った。途中突然背中を襲われやしないかとかなりヒヤヒヤしたが、当然そんなことはなかった。
そしてある程度ザラとゆっくり歩いたところで、「ザラ!走るよ!」と言って、私はザラに乗らずに全力疾走した。余りの私の逃げ足の速さにザラはついてこれず、後ろで悲しく「ケェェェ・・・」と鳴いているのが聞こえたので慌てて速度を落とした。
それからしばらくザラと並んで駆け足で走り、町が見えてきたところでプロテクターとマントを脱いでバッグにしまってからザラにまたがった。
ザラにまたがったところでようやく、そういえばザラはこれまで飲まず食わずのような気がするが、大丈夫なのだろうかと気遣って心配する心の余裕が出来た。
その後、夕方になる前に大きな門に到着した。夕方近くともなると入門待ちの行列はほとんどなく、すぐにそのまま門番の人のところまで近づいた。私はザラから降りてお辞儀をして挨拶をした。
「お前はタダノか?」
「はい、私は多田野 仁です、ゴドルム村のドルバさんとベルムさんを無事村まで送り返してきました。これから冒険者ギルドに行って、依頼完了報告をしに行きます」
「うむ、聞いている!入門を許可する!」
「ありがとうございます、ところで実はここに来る途中でズール族の待ち伏せに会いました」
「何ッ!ズール族だと!」
「はい、4人組の男達に待ち伏せされました。そのうち二人の槍使いの男の足に酷い怪我を負わせましたが、殺してはいません」
「何とそうか!分かった、その件はこちらで対応する!それにしてもさすがだ!ズール族4人を相手に手加減出来るとは!聞いていた通り相当に腕が立つのだな!」
「ありがとうございます、それでは私は冒険者ギルドに報告に行きます」
「うむ!通ってよし!」
それからまだ覚えている道順に従って、馬小屋ならぬザラ小屋に行って、ゴドルム村の狩人が引き取りに来るまでザラを預かって欲しいと頼むと、5デンだと言われたのでその通りの金を渡した。
ちなみにドルバさんはちゃんと抜かりなく私にくれたお金の中には小銭をしっかり用意しておいてくれていた。硬貨の種類もゴドルム村で教わった。
それから冒険者ギルドに向かい、建物の中に入ってカウンターの方に歩いて行くと、やはりその場にいた他の冒険者からの熱い視線を感じた。
カウンターの受付窓から私の姿を確認したギルド職員の若い女性がウォルロッドの名前を呼ぶと、鉄格子扉が開いて身長2メートル以上はありそうな筋骨隆々のウォルロッドが出てきた。
「先ほど伝書鳥から報告を受け取った。ズール族に待ち伏せされて、そのうち二人に重傷を負わせたが命までは取らなかったそうだな」
「はい、その通りです」
「そうか・・・いや、大したものだ、とりあえず詳しく聞こうじゃないか」
そう言って前回と同じ個室へと案内されて入っていった。そして前回同様美味しいシナモン入りの甘いミルクティーが出てきたので、それを飲み干したところで自分も大分落ち着き、しっかりと状況を報告することが出来た。
報告が終わり、ドルバから受け取った依頼完了の符丁を渡し、正式に依頼完了と3等級冒険者の認可証と完了報酬の20万デンを受け取った。同じタイミングで伝書鳥からズール族を確認したとの報告も入った。二人が片足に大怪我を負ってはいるが命に別状はないとのことだった。
それを聞いて心からホッとした表情をした私の顔を見たウォルロッドは大いに満足し、この後夕食を付き合わないかと言った。
私は喜び、先に宿屋に行って宿を押さえてきますと言い、まだ執務が残っているから夕日が沈むころまた来てくれと言われたので、分かりましたと返事をすると、ウォルロッドからおすすめの宿屋を紹介してもらった。
私は早速ウォルロッドから教えてもらった宿屋へと向かった。途中道を歩く人に教わりながら、表通りから少し入った閑静な路地裏に、小さな建物を見つけた。扉の横の壁に宿泊所のマークと店の名前が刻まれており、お目当ての場所だというのが分かった。
中に入ると誰もおらずカウンターのような机に近付くと、「御用の方は叩いて下さい」という文字が書かれた石板と、そのすぐ横に小さなハンマーとお椀を逆さにした様な金属製の丸い鐘が置いてあった、なんとなくボクシングとかプロレスで使われるゴングのように見えた。
私は小さなハンマーを手に持って軽く鐘を叩くと「ポワァ~ン」実に不思議な音がした。
程なくして結構ガッシリしたように見える恰幅の良いお婆さんが出てきた。
「アンタ、タダノいうモンかね?」
「は、はい、私は多田野 仁と言います、東方にある片田舎の群馬から来ました、修行の旅をしている者です」
「ウン、聞いとる聞いとる、倅から伝書鳥で今しがた聞いた」
私は驚いた表情で老婆を見た、確かにウォルロッドの面影を感じた気がした。




