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城山先生と人体模型のジン

 理科担当の城山先生には当然、人体模型にとりついた妖怪のジンの姿が見えていたのだが、見て見ぬふりをしていた。

 さわらぬ神にたたりなし、という言葉の通り、関わるとろくなことにならないことがわかっていたからだ。


 しかし、ジンが生徒の体を乗っ取れる相手を探していることに気づき、二人っきりの時に城山先生が話しかけた。


「人体模型は、人間の体が欲しいのか?」

「俺のことが見えるのか?」


 人体模型からジンが出てきた。それは、あやかし慣れした先生だから、冷静なのだろう。ジンの髪の毛は銀色で一目で普通の人間ではないという雰囲気を出していた。


「先生に悪さしないでくださいね」

 華絵さんだ。今はトイレではなく、理科室の華絵さんと言われてもおかしくないほど、理科室に出入りしている。


「基本、男には興味がないから」

 ジンが冷たく言い放った。


「私は女性ですが、城山先生は私のものですから」

「俺はトイレのあやかしには興味ないし。人間にしか興味がないから、安心しろ」

 ジンはななめ下のほうを向きながらぼそっと答える。


「本当に、一昔前の不良みたいなやつだな。名前は?」

 城山先生が聞いた。


「……ジン」

「おまえ、いつもみんなと授業を受けたそうにすみっこで見ているよな、おまえのために理科の実験教室でもするか?」

「わあー。楽しそうですね。私も先生の授業を受けたいです」

 華絵さんは乗り気だ。


「じゃあ、タイジや他のあやかしも呼んで授業でもするか」

 城山先生はボランティア精神の塊だ。

 生徒のためだけではなく、あやかしのためにだって授業をするのだ。


「今度授業でやる予定の実験を一緒にやろうか」

 城山先生は優しい。そして、穏やかな性格だ。

 だから、生徒たちにも好かれていたし、華絵さんにだって好かれる。


「タイジを呼んでくれ、華絵さん」

「おまかせあれ、レイカさんにも声をかけてきますね」

 相変わらず色白で細身の華絵さんは音もなく消えた。


「ジン、お前は人体模型だから、基本はここにしばられている。つくもがみの一種だ。でも、君は本当はみんなと同じように過ごしてみたかったのではないか?」

「別に……」

 ジンは視線をそらす。


「素直じゃないな。君はここにしか居場所がない。だから、ここで毎日が楽しくなれば、もう、人間の体を乗っ取るなんて発想はなくなるのではないのか?」

「タイジ様、城山先生が理科室で待っています。レイカ様も一緒にどうぞ」


 放課後のそうじが終わりそうな時間に、居残りの誘いが来た。

 今日は図書委員の仕事も当番ではないし、行ってみようかと思い、華絵さんとともに、妖牙君を誘ってみる。


「俺、居残り勉強は興味ないけど」

「ジンのために城山先生が行う授業です」

「何? 私も混ぜてよ」

 幽霊の優菜までやってきた。


「私、行ってみる」

 とレイカがいうと。


「おまえ、ジンに体乗っ取られるかもしれないんだぞ」と妖牙がとめた。

「そんな悪い人じゃないと思うし」

「おまえは、あやかしを信用しすぎだ」

「私の力だと霊力が低いから、ジンに乗っ取られるかもしれないね」

「じゃあ、俺も行くよ」

 しぶしぶ、妖牙君はOKした。


 あいかわらず、幽霊の優菜は妖牙君の腕をつかんで離さない。積極的な幽霊だ。4人で歩き出したが、実際、他の人に見えているのは2人だけ。

 理科室の授業を受けるのも5人だが、はたからみたら生徒は2人だ。


 先生は自分のためではなく、誰かのためにいつも動いてくれる。

 妖牙君とはちょっと性格も違う。

 親戚だとは言っても、霊力が高いという点以外、あまり共通点はない。


 放課後の授業は思いのほか楽しい。

 植物の葉を顕微鏡で見たり、リトマス紙を青や赤に変化させたり。

 科学部の生徒も巻き込んでの放課後授業、幽霊部員がいることに彼らは気づいていない。彼らが気づかぬままあやかしを含めた放課後授業は行われた。


  特にピアノが好きな優菜は今まで理科の授業に興味がなかったのだが、幽霊になってから、授業が面白く感じられるようになっていた。

 人は失ってから気づくのだ。学ぶこと、授業が楽しいということに。

 当たり前のこととして過ごしていると、気づかないまま時は過ぎる。

 でも、普段授業をうけることのないあやかしにとっては、授業を受けること自体、とても特別なことだった。


 華絵さんは、理科の授業をしょっちゅう聞きに来ているので、一番理科に詳しくなっている。城山先生に会いに来ていただけなのだが、それが理科の楽しさを感じられるまでに成長した。実験の手順もかんぺきだ。


 最初は興味をなさそうにしていたジンは、実験の面白さに目覚めつつあるが、本人に楽しいか? と聞くと。

「全然楽しくない」と不機嫌そうに答えた。


 でも、一番目を輝かせて参加しているのは銀髪のジンだ。

 不良少年がまじめになりつつあるような感じを受けていた私たちは、彼のいい意味での変化を楽しんでいた。ジンは見た目は私たちと年齢も近いように思う。


 人間の体を乗っ取るよりも知識を乗っ取るほうが楽しいと気づきつつあることは、本人も気づいていないのかもしれない。


 あやかしたちは科学部の生徒よりも皆勤賞で、休まずに参加していた。城山先生はあやかしに対しても手を抜かない。人としてとても尊敬できる先生だと誰もが感じていた。


 しぶしぶ放課後授業に参加していた妖牙君だったが、最近は科学部に入らないかとスカウトされている。

「俺は帰宅部でいいから」とそっけないが、彼は運動神経がいいので、実は運動部からもスカウトされている。彼の走る速さや俊敏性は、彼が妖怪の血を引く家系であり、特殊能力の関係もあるのかもしれない。


 ジンが体を乗っ取ろうとしないかと心配していた私と妖牙だったが、ジンは授業にのめり込んでおり、クラスメイトの一人として、接するまでになっていた。


 でも、本当のクラスメイトとしてジンがこのクラスに転校して来るなんてこの時は思わなかったのだ。そして、彼がこのときの記憶を失ってしまうなんて、私たちは思うはずもなかったのだ。


 普通の生徒には見えないけれど、普通の生徒として彼らはそこにいるのだ。

 それは、モフミもモフスケも同じことだ。

 見えないだけで、そこにいるのだ。

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