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現代妖怪オレオレサギサギ

 振込詐欺、通称オレオレ詐欺という詐欺を知っている? これは高齢者を狙うパターンが多いのだけれど、孫や息子を名乗って「俺だよ俺」という会話から、身内を装い、困っているから現金が必要だと迫る詐欺だ。現金を振り込ませたり直接現金を受け取りに行ったり、巧妙な手口でお金儲けをする詐欺は年々増加している。最近は、プリペイドカードを購入させるという方法など年々オレオレ言っている人が増えていることに妖牙君は新聞を読みながら考え込んでいるようだ。


「現代妖怪の仕業かもしれない」

 真剣なまなざしの妖牙君にレイカはどきりとする。


「現代妖怪?」

「あいつらは人の心のスキに入り込むのがうまい。人間の身内を警察沙汰にしたくないという心理を利用して、お金さえ用意できれば解決できると装い、お金を巻き上げるのはオレオレのせいだ」

「オレオレ?」

 お菓子のような名前だなぁと思いながらも、凶悪性を考慮すると呑気なことを言っている場合ではない。


「オレオレという妖怪とサギサギという妖怪がいるんだ。オレオレは騙すことに快感を感じて中毒のようにやめられないようにする妖怪だ。サギサギは人の親切心や優しさに付け込んでサギだと疑わないように思考を停止させる性質がある。思考を停止させられてしまうからこそ、騙されてしまう。普通ありえないと思うような話は結構ニュースになっているよな。息子に確認もせずに赤の他人の通帳にそんなに大金を振り込むなんておかしいだろ。絶対にあいつらの仕業だよ」


 サギサギの形はギザギザしているのだろうか。そんなことを名前の感じから想像する。ばい菌をイラストにしたようなイメージだ。


「妖牙君って現代妖怪に詳しいよね。昔ながらの妖怪以外にどんどん新しく生まれる現代妖怪ってとどまることを知らないのかな」


「あいつらは増殖する一方さ。むしろ現代人の心のゆがみやひずみに対応した妖怪が新しく生まれる。それは、現代に生きる人間との共生するべく生まれて来るんだろうな」


「その妖怪たちと共に生きることは難しいの?」


「奴らは人間を陥れるために生まれて来る。だから、知能自体は低い妖怪が多いんだ。目的が定まっているから、知能は虫に近いものもいる。平和に楽しく生きることは難しいんだ。昔ながらの妖怪のほうが、知識や知恵も人間のように豊富だし、共生することは可能だと思うよ」


「たしかに華絵さんとかは元人間だし、座敷童もしっかりしているよね」


「オレオレは煙の妖怪で、人の形をしていないと思う。悪だくみする人間の元に現れて、もっと人を騙せと洗脳するんだ。実は、昨日行った結さんの家にサギサギらしきものを見たんだ。結さんが狙われているのかもしれない」


「気づかなかった。妖牙君ってすごいね」


「煙のような感じで色合いもまだ薄いから、気づかなくてもおかしくはない。最近発生したばかりなのだろう。元々はオレオレとサギサギはペアになっている妖怪で、悪事をする場合に双方わかれて、人間に取り憑くんだ。1体しかないということは、これからわるいことをするのだと思う。だから、今日、放課後結さんの家に行ってみよう」


「うん。オレオレとサギサギってお札で退治するの?」

「退治しても、全国色々な場所で発生するから、絶滅は難しい。自分が楽してお金を儲けようという人間がいるかぎり、完全に消えることはないだろうね」


「たしかに絶滅は難しいよね」

 

「悪事を身近に感じながら放っておくことはポリシーに反するんだよ。この前みたいに、勝手な行動は慎めよ。必ず2人以上で行動するんだ。モフミを連れていくことも大事なことだ。つまり俺に相談したうえであやかしと接しないといざという時に助けられないからな。誰も知らない場所でひとりであやかしと闘うことになったら大変だ。全員がいいあやかしというわけじゃないんだ。本当に危なっかしいったらありゃしない」


 妖牙君はため息をつく。私のことを心配してくれたのだろうか。そんなひとつひとつの言動が、少しうれしくなる。


「わかった、一人であやかしと対峙することは避けるよ。ちゃんと報告するね」


「おう」


 二人で帰るのは、とても幸せな気持ちになる。モフミとモフスケを連れているけれど、まるでデートみたいじゃない? とは言っても本当はただの妖怪退治に行くだけで、実際は何のロマンチック要素もないのだけれど。


 その日は、なんということのない日常が楽しく感じて、私は舞い上がっていたように思う。毎日好きな人と一緒に過ごすことができて、距離は確実に縮まっている。


「レイカ、油断大敵だよ。あやかし退治は命がけ。ちょっとでも気を抜いたら命とりですよ」

 モフミが教えてくれる。私のふ抜けた脳内を見透かされているみたいだ。

 

「わかってるよ。でも、憧れている人と一緒に行動できるって幸せじゃん。もしかして、彼も私のこと――」


「タイジは女子に今のところは興味がない人間。これからはわからないけれど、好きな人はいないはずです」


「ということは私のことを好きじゃないけれど、他の人を好きでもないってことね。これはチャンスだわ」


「前向きなレイカはうらやましいです」

 モフミが苦笑いする。最近、モフミと一緒にいることも慣れてきて、雑談することも多い。距離は確実に近くなっている。


「でも、ムスビさんが成仏してしまったことは、残念無念だー!」

「あれは、本当の両思いではないので、ムスビさんに頼っても結果的にいいことはありませんよ」


「そうだよねぇ。長い目で見たら、やっぱり自力でやるしかないよね……」

 ちょっとがっかりしながら放課後掃除当番をこなす。授業も終わって、あとは妖怪退治かぁ。結さんに何もなければいいのだけれど。


 先に昇降口で待っている妖牙君。待ち合わせをして下校をするなんて、なんだか、付き合っているみたいじゃない。私を待つ最愛の彼。このシチュエーションに勝手に胸キュンしてしまう。


「おまえ、何をニヤニヤしているんだ? おかしな奴だな」

「……」

 現実はこんなものよね。おかしな奴扱いされている私。でも、まさか付き合っているみたいで、うれしくなってにやけていたなんて口が裂けても言えない。妖牙君は、にやけた私を見てあきれ顔だ。


「本当に変な奴だな。今回の妖怪は比較的妖力自体は低いから安心だけれど、何が起こるかはわからないんだ。特に現代妖怪は俺も知らないことを秘めている可能性が高い。新しい妖怪故の情報が少ないというデメリットもある」


「レイカ、気を引き締めてください」

 モフスケにまで喝を入れられ注意される私。やっぱりしっかりしていないと思われてるのかなぁ。


「結さんって、60年ぶりに会えて幸せだったのかな? やっぱり旦那さんがいたってことは木下君のことは、好きじゃなくなっていたのかな?」


「好きにも色々ある。旦那さんを好きな気持ちと木下君を好きだった気持ちは別なんだろうと思うよ。出会った年齢も違うしね。でも、きっとどっちも好きという気持ちに嘘偽りはないと思うけどね」


「妖牙君て大人びているよね。恋愛を知り尽くした人みたい」


「とはいっても、俺は人を好きになったこともないけどな」


「実は知ったかぶりなんだぁ」

 にやりと笑うとその顔にむかついた様子の妖牙君が口答えして来る。好きになったことがないと本人が言っているのだから、まだ見込みはあるってことよね。


「そういうこと言うなよ」

 口では勝てそうもないというような表情だ。


 昨日と同じ道を通る。結さんの自宅だ。相変わらず外観は昭和時代のような感じがする家の造りだ。なんとなく、時代が香るこの家は落ち着くような気がする。インターホンを押すと、慌てた様子の結さんが出てきた。


「実は、銀行に行って振り込まなければいけないの」

「それって、振り込み詐欺じゃないですよね?」

 私は思わず聞く。


「実は遠方に住む息子がいて、その息子が会社でお金を横領したと電話があったの。クビにならないように、今すぐに振り込んでくれと言われて」


「結さん、落ち着いて。息子さんに電話をかけなおしてください。本人にもう一度確認してください」


「でも、銀行閉まってしまうし」

「いくらですか?」

「100万円です」

「100万円は今は一度に引き出せなくなっているんですよ」

 妖牙君が冷静に諭す。


「そうなの?」

 結さんは普段あまり銀行に行く機会が少ないらしく、今は娘さんは仕事に行っていて一人で自宅にいたらしい。


「引き出せる金額は、1日50万円までです。大金の場合は、銀行員から確認されることもあります。ATMでも詐欺じゃないかと警告画面がでることもあります。先程の電話番号はどこからだったかわかりますか? 非通知だったのではないでしょうか? 息子さんのふりをしたのかもしれません」

 妖牙君が丁寧に説明する。


「……息子に電話してみます」


 しかし、タイミングが悪く、電話が通じないようだった。


「先ほど電話して来た息子さんが今、緊急事態なのに母親からの電話に出ることができないなんておかしいと思いませんか。きっと仕事中で出られないのではないですか」


 その時、結さんの頭の後ろの方で緑色のぎざぎざしたもやが見える。もしや、サギサギだろうか。綿菓子のような煙はとんがっていてまるではりねずみのように体全体が鋭利に見える。サギサギらしき妖怪が頭全体を囲おうと範囲を広げる。思考力を低下させようとしているのだろうか。自宅の電話が大きな音で鳴り響く。


「あのさ、俺だけど。家に知り合いに取りに行ってもらうから。お金だけ用意しておいて。信頼できる仲間なんだ」


「そうかい」


「じゃあこのことは秘密だよ。誰にも言わないで。またかけるよ」


 すぐに電話は切れる。やはり非通知だ。


「非通知っていうのは結構怪しいな」


「実は、今から知り合いの人がお金を取りに来るんですって。このことは秘密にしてほしいと言っていたの。でも、100万円は現金で自宅にはないわ」

 おろおろした様子の結さん。すっかり母親の顔だ。


「じゃあ、その時が俺たちの出番だな」

「どうするつもり?」

「お金を渡すふりをしてください。適当な封筒にチラシとかいらない紙を入れてください」

「でも、息子が本当に困っているのに親として何もできないなんて……」

「悪いことを見逃すのが親の役目ですか? 本当に悪いことをしたのならば、償うことを諭すのが親の役目です。尻ぬぐいをするなんて、甘やかしですよ。大丈夫です。この家の中には悪い妖怪が取り憑いています。任せてください俺たちが除霊します」


「妖怪?」

 目をまん丸くする結さん。


「でも、昨日、亡くなったはずの木下君を連れてきてくれた君たちだから、きっと何でもできるのだろうね。いつのまにか世間体とか身内をかばうことしか頭になくなってしまっていたわ。任せるわ」

 目を細めて納得してくれた結さんはきっと本来は騙されやすい人ではないのだろう。


 ようやく理解してもらえた私たちは札を出して、塩を準備する。普通の塩だけれど、私はあやかし相談所に入ってから毎日持ち歩くことにしている。塩は除霊の効果がある。だから、悪い者に出会っても清めてくれるだろうと思って持ち歩くようになった。


「こういう時は、警察に言うべきかしらね」

 結さんが冷静になる。


「本来ならば、警察に連絡して受け子と呼ばれるお金を取りに来た人物を逮捕してもらうことが一般的なんだけれど、俺たちがいるから今回だけは例外だよ。俺は受け子のオレオレを除霊する。有瀬は結さんのサギサギを札で除霊してくれ」


「了解」

 赤い札はお守りになった。除霊する戦闘アイテムだけれど、今は妖牙君とのつながりを感じる大切なお守りだ。札をにぎりしめる。握り締めてもちょっとやそっとじゃしわにならないし、折れることもない素材だ。不思議でできたお札は最強アイテムだ。


 ピンポーンとインターホンが鳴る。結さんが出ると、まだ20歳にもならないような若い男性が受け取りに来た。男性の頭上にはもやもやしたオレオレがいる。黒と白のもやが混ざり合う曇り空のような色合いだった。この人も悪意があるわけではなく、オレオレに取り憑かれただけの人なのだろう。実際受け子というのは、悪いことをしているという自覚がなく割のいいバイトだということで引き受ける若者が多いらしい。つまり、組織の末端の者が一番に捕まるようにリスクの高い仕事を担うらしい。バイトで雇っているだけだから、組織の内情を知らないからこそ、警察に秘密が漏洩される心配もない。本当に悪い人たちは高見の見物といったところなのだろう。


 突如、妖牙君が受け子と呼ばれる若者に向かって青い札を突きつける。

「消滅!!!」

 驚いた若者はそのまましりもちをついた。頭の上にいるオレオレは「オレオレ……」と言いながら弱っていき、煙のように消えた。


 すかさず私も札を結さんの頭の上に向ける。

「消滅!!!」

 今回は霊力が比較的低い低級妖怪だから危険度は低い。時間を止めることもなく、危険もなく退治することはできた。この妖怪たちはあまり知能が高くなく、人間の欲望を操る妖怪としてここ最近生まれたらしい。そんな妖怪がこんなにたくさんいるのでは、いつ何時取り憑かれるのかは予測できない。


「あれ? 今、俺って何してましたっけ?」

 受け子と言われる男性は記憶がなくなってしまったようで、口をぽかんと開けていた。

「バイト……だったような? 失礼します。とりあえず思い出せないので帰ります」

 何事もなかったかのように帰宅した。


 結さんは「あら?」と言うと、不思議な面持ちをしていたが、お金を払わないといけないという強迫観念は消えていた。そして、詐欺に遭ったという事実もなくなっていた。


「あなたたちは何しに来たんだっけ?」


 すかさず妖牙君は、うまいセリフを言う。

「ちょっと様子を見に来ました。この前の木下君との恋の話も聞きたかったので」


「あらそう。お茶入れるわね」

 そんな結さんの表情は中学生の頃のあどけなさが垣間見えた。同窓会に行くとその時代に戻ることができるというけれど、ある意味思い出話はタイムスリップ機能がついているのだろう。


 そんな素敵な思い出がたくさんある大人になれたら幸せだな。そんなことを考える。私も75歳になって妖牙君の話をするときは頬を赤らめるのかもしれない。

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