妖魔界へ 別れ
「ようやくこのネックレスに妖力がたまってきた。これくらいたまったならば、妖魔界に戻ることができるかもしれない」
保健室のひかりのもとに夜神がやってきた。どうやら先日ひかりが渡した妖魔砂のお礼に来たらしい。もっとも、夜神の場合、ストレートなお礼は言わないけれど。
「この砂のおかげで、自ら結界を張ることができるようになった。あやかしからの攻撃を防ぐことができるようになったしな。妖魔砂にこんな力があるとは」
「私のご先祖様のおかげね」
「太陽の神が妖魔界から砂を持ち出していたとはな。しかも、照野家に保管されていたなんて。これは色々使える砂だ。うちのクラスの生徒にも使わせてもらったぞ」
「うちのクラスの生徒っていう言葉をあなたの口から聞けるなんて思わなかったけど」
ひかり先生がからかうようにほめる。
「……」
夜神はしまったというような顔をした。
「最近の夜神は表情が豊かになったんじゃない?」
やっぱり、ひかりに夜神はかなわない部分が結構ある。
「一瞬でも妖魔界と人間界の道ができると、たくさんの妖怪が人間界にやってくるだろう。僕があちらにたどりつくまでにたくさんのあやかしが人間界に来てしまう可能性がある」
「それでもいいと思っていたんでしょ、以前は」
「そうだな、今は自分のせいで、世話になった人間に迷惑をかけたくないと思っている。その間、このネックレスから出る妖気であやかしたちが来ないように、3人でバリアを張ってほしい」
「ジンは連れていかないの?」
「ジンは、僕がいなくなれば、人体模型のつくもがみに戻るだけさ」
「今日の夜、決行する。ジンには内緒だ。札に選ばれた二人には、これから伝えるよ」
「今日で二度とあなたには会えなくなるのね。さびしくなるね」
「……思ってもいないことをいうんじゃない。光と闇が交差する場所を作るために、今まで僕は努力してきたんだ。そんな顔するな……」
若干の心の何かを感じながら、夜神は戻るための準備をした。もちろん、レイカとタイジに伝えて、札を持ってきてもらい、妖気で結界を張ってもらおうと思っていた。自分がいるべき場所は人間界ではないのだから。
夕方6時に神社の境内で待ち合わせが決まった。4人いれば何とかなる。そう思っていた。
ジンが科学部に誘われたらしく、渋々参加している様子を夜神はながめていた。なんだかんだ、結構楽しそうにしているジン。
城山先生たちと仲がよさそうにしているジンを夜神は遠くからみていた。夜神はあやつりの力を使う。生徒たちがジンを忘れてしまえるように、心をあやつる。それは、人体模型に戻ったらジンの存在を忘れるという暗示だった。
最後のホームルーム、最後の授業、最後の放課後、最後の職員室、最後の教師。今日は最後ばかりの一日だった。そんなことを思いながら、学校をあとにする夜神。
「さようなら、ジン……」
校門で校舎を振り返りながら、夜神はお別れを言った。さて、これから大きな仕事があるな。
夕方6時前に4人は神社の境内に集まった。そして、赤と青の札をひかり先生と夜神が持った。
「ちょっと待て。この札、妖魔界に持って帰るってことか?」
タイジが質問した。
「帰る道ができたら、妖牙君に戻すよ。札は君に使ってもらいたい。3人に頼みがある。ネックレスに封じ込めた妖力を解放して、妖魔界と人間界に道を作る。そして、妖魔界から妖怪が来ないように結界を作ってほしい。君たちの妖力とネックレスに封じた妖力ならば、それくらい、たやすいはずだ」
「妖魔界に戻るって言うのに、何も荷物もないのね。いつものスーツ姿だし」
ひかりが真面目な顔をしてつっこんだ。
「僕は元々人間界に来た時、何も持ってこなかったから。この妖魔砂、結界をつくる力になるはずだ。僕が妖魔界へ向かう間、妖魔砂も使ってくれ」
「今までありがとう」
私が言った。
「元気でいろよ」
タイジが言った。
「新しい太陽の神によろしく」
手を振りながら、ひかり先生が言った。
ひかり先生と、夜神が札を持つ。不思議なオーラがたちこめる。これが神のオーラっていうものなのだろうか? 二人の心がひとつになる。
その瞬間に道は開かれる―――
―――札から光が放たれた。それは、オーロラのような、なんともいえない見たこともない、まぶしい光だった。私は思わず目をつぶってしまう。でも、結界を張らないとあやかしがたくさんやってくる。気を抜けない。手は休まず妖気をネックレスから放つ。すごい妖気だ。どれだけ時間をかけて集めたのだろう。人間の世界で、なかなかこの量の妖気を集めることは難しいだろう。
はじめての結界を作る作業に集中していた。私は他のことは考える余裕もなかった。妖魔界のほうから妖怪が集まってくる。虫が光に集まるようにたくさんの妖怪が集合する。
その時、タイジの携帯に電話がかかってきた、けど、電話に出ている場合じゃない!! すると、タイジのお母さんが全力で走ってきた。
「ジン君が瀕死の状態らしいの、妖怪におそわれたって……!!」
息切れしながら、ジンのことを伝えてくれた。
ひかり先生は、夜神に言った。
「こちらのことはまかせて! 今をのがしたら、妖魔界へ帰れないのよ!!」
ひかり先生が赤い札を持ちながら、夜神に妖魔界へ行くように言った。
青い札を持った夜神は、立ち止まった。夜神が望んでいた妖魔界への道が目の前にある状態。今戻らないと、チャンスはなかなかあるものではない。妖気を再度ためることは命がけの作業であり、大変だ。夜神は一瞬考えたようだったが、すぐに結論を出した。
「僕はここへ残る。ジンがおそわれたのは僕の責任だからな、後をにごして帰るわけにはいかないさ」
しかし、このとき、妖魔界への道はどんどんなくなっていくのが見えた。
「妖気が足りなかったんだ……」
夜神は、なくなっていく道をみつめながら、言葉を失った。
ネックレスに封じ込めた妖気はゼロになってしまった。満タンにするのに命がけで1年かかったものだ。再度ためるというのは、正直、大変だろう。しかも、あの量では足りなかったという実験結果がでた。途中で道が塞がれて、どっちにしろ、妖魔界まではたどりつけなかっただろう。
「札は君たちに預けておくよ。ジンの元に急ごう」
夜神が初めて他人を心底心配している様子に私はとってもうれしい気持ちになった。そして、夜神がしばらく人間界にいるということを選択した。このことは、みんながうれしく感じていた。
ジンの体が心配だった。いくら元つくもがみで、妖力があっても、戦闘タイプの妖怪ではない。そんな彼が妖怪におそわれて大けがしているなんて。私たちの心がざわめいた。それは、草原の草が嵐の中でざわざわゆれるような暗くて不安定なものだった。