無人の体育館にいた少年幽霊
ホームページへの書き込みだが、無人の体育館の謎の音について書かれたものが最近多い。無人の体育館から何者かの音が聞こえるという噂話は以前からこの中学にあった。ただの噂かと思っていたが、誰もいないときに行ってみるとたしかに聞こえる。幻聴ではないと思う。
さっそく部活動がない日を見計らって、私たちあやかし相談所のメンバーは張り込み調査をしてみる。
ダムダムダム……バスケットボールの音だろうか?
聞こえなくなったかと思っても、またしばらくすると聞こえてくる。
ダムダムダム……
ボールの音が体育館全体に響く。
相談所のメンバーのレイカ、タイジ、コンジョ―、優菜(幽霊)が今回のメンバーだ。城山先生は、仕事があるし、華絵さんは城山先生のそばにいることが幸せなので、今回は不参加だ。
何やらバスケをしている男子生徒の姿が見えた。多分、この世にはいない中学生だろう。あやかしメガネをかけているコンジョーが意気込んで乗り込む気だ。
「俺、小学校でバスケやってたんす。まかせてほしいっす」
たしかに、幽霊と言っても見た目は普通なので、怖いとは感じない。それは、優菜もそうだ。見た目は普通なのだ。しかし、一般の人には見えていないだけだ。
「おーい、バスケやろうぜ」
勝手にコンジョーが体育館に入っていく。
普通に幽霊とバスケをはじめた。根性あるなぁとみんなが少し驚いた。
「あいつ、危険なあやかしかもしれないのに、軽い気持ちで接するとは……」
タイジが腕組みしながらコンジョーをにらみつけた。
そこに立っていたのは、色白な背の高い少年だった。生きていたらモテたかもしれない容姿である。もちろん足もあるので、私たちには普通の生徒と区別はつかない。
「勇気じゃない……」
優菜がびっくりした顔をしていた。
「知り合いなの?」
「うん、クラスメイトの同級生だったの。でも、私も病弱だったし彼にあまり会えずに死んだんだ。でもね、彼は私のお葬式ですごく泣いてくれていたの」
「優菜、行け。泣いてくれた友達なんだろ」
タイジがうながす。
少し戸惑いながら優菜はゆっくり体育館へむかった。
コンジョーとバスケをしていた幽霊少年は、優菜の視線に気づいた。
持っていたボールを落とすと、
「優菜さん……」
幽霊男子は、その場で固まってしまった。
「勇気くん、お葬式の時、ありがとう」
お葬式のお礼を言う人をはじめてみたが、死んでいるのだからありうるのだ。というか、死んだ人もきっともっと話したい事、言いたいことがあるのではないだろうか。感謝の気持ち、お礼、謝罪、全てを伝えたい人に伝えて死ぬことができる人のほうがいないと思う。心残りがあって当然だ。
「優菜さん、会えてよかった。もしかしたら中学校にいるのではないかと思って、ここで待っていたんだ」
「勇気君はなぜ死んでしまったの?」
「僕の場合は不幸な交通事故だよ」
「事故か。病気じゃないんだ」
なんとも不思議な会話だ。でも、ほのぼのと成り立っていることが不思議で、二度と会うことのない、念願の同級生の再会である。
「なんで泣いてくれたの?」
「悲しかったから」
「ほとんど私、学校に行っていなかったのに」
「君のピアノを弾く姿が忘れられなくて……」
「僕が指揮をして優菜さんがピアノを弾く。生前の一番の思い出だよ。バスケ部だったのに」
「あぁ、1年の時の合唱コンクールですわね。あの後、体調が悪化して入院でしたわ。生きているときの、中学生で一番の想い出ですわ」
「ピアノを弾く姿というより、優菜ちゃんが好きだったんじゃないの?」
私がからかうように核心をついた。
幽霊少年は赤面しながら、視線をそらしたが、わずかにうなずいた。
「よかったら僕と一緒にあの世に行ってもらえませんか?」
幽霊少年の言葉はまるでプロポーズのようで、ロマンチックだった。
「でも、私にはタイジ君が……」
と言った優菜の姿が半透明になって少しずつ薄くなった。
体がぽろぽろ欠けていくようだ。はがれ落ちるという感じだろうか。
クッキーが粉々に砕けて散っていく様子にそれは似ていた。
彼女は愛されることによって、この世に未練がなくなったということなのかもしれない。本人も無自覚なのかもしれないが、愛されるということが彼女の魂を浄化したのだろう。
二人の心が通じ合ったのだろうか。
手を取り合って、二人とも消えていったのだ。
それが必然だったかのように……。
「残念だったね、アイドル系美少女が成仏して寂しいんじゃない?」
私がタイジをひじでつつきながらからかってみる。
「二人がいるべき場所に帰ったということが、救いだな。強制成仏しなくて済んだしな」
「強制成仏させるつもりだったの? あんた鬼?」
「この世にいるべきではないあやかしにはふさわしい場所にいってもらうのが俺のポリシーだってこと」
念のためタイジに確認する。
「1ミリも優菜のこと好きじゃなかったの? もったいないなぁ。あんなアイドル系女子、そうそういないよ」
「俺は、あやかしに対してそういった目で見るつもりはないから」
ライバルは消えた。タイジのその姿勢に安心する私だった。