コンジョ―と髪の伸びる人形
あやかし相談所のホームページに相談が書き込まれていた。
依頼主はこの中学校の生徒なのだが、自宅に不気味な人形があるが、処分するにもできない、しかも年々髪がのびているらしいのだ。
さっそく依頼主の1年男子の元へ行ってみようと、妖牙君が私にメッセージを送ってきた。最近はメッセージアプリを通して連絡することも普通になっている関係だ。幽霊はスマホをもっていないので、これは人間である私が一歩リードなんて……幽霊の優菜にライバル意識を感じている私は子供すぎると思う。
画像も送られてきたが、人形は想像どおりの古い日本人形で無表情だ。表情があるほうが、もちろん人形の場合は怖いのだが、無表情で一点を見つめているというのも怖い。どちらにしろ、私は昔から人形が大の苦手だ。
あやかしばかり見ている私だが、あやかしではない、ただの人形に恐怖を感じる。ただそこから視線を感じるという人間の形をした置物が一番苦手なのだ。だから正直、人形に会いに行きたいとは思えなかった。しかも、髪がのびる人形なんて、なおさら嫌だ。
しかし、ここで断れば、妖牙君と優菜がいい感じになってしまう心配もあるし、信頼を失いたくないという小さなプライドが邪魔をした。勇気を振り絞って人形に会いに行くしかない。
クラスが違うので、依頼主の少年のことは知らなかったのだが、昇降口で待っていたのは、体育会系の背の高いガタイのいい男子だった。人形なんて吹き飛ばしてしまいそうな体つきでもあったが、話してみると意外と小心者だということがわかった。今日は部活が休みなので、恐ろしい人形をなんとかしてほしいということだった。
「はじめまして。俺はサッカー部の金城豊っす。コンジョーって呼んでください」
「その人形はいつからあるんだ?」
妖牙君はメモを取りながら聞き取り調査を始めた。なんだか、警察官みたいだ。
「俺が生まれた時からあるんだけど、家族も詳しいことはわからないみたいで、そのままになってるっす。捨てると呪われそうだし……」
コンジョ―は困った顔をした。
「それで、人形を処分したいのか?」
「捨てたいけれど、やっぱりお払いとか専門の人形供養がいいと思っていたっす。妖牙君のうちが神社だというから、引き取ってもらえないっすか?」
「うちは、人形供養なんてしてないけどな」
「幼稚園くらいの時に、ばあちゃんのうちに置いてきたはずの人形がなぜかうちに戻っていて、なんだか怖くて……髪も伸びているし」
体が大きいわりには心は弱いようだ。
「人形が戻ってくるのか。やっかいだな。髪がのびること自体は問題ないけどな」
「それ、大問題でしょ」
私が突っ込んだ。しかし、妖牙君は動じない。
「人形の髪がのびて、俺らが困ることなんてあるのか?」
「……ないけれど」
「人形の自由じゃないか、髪がのびるのは湿気の影響とも言われているからな。迷惑かけてもいないのに、髪がのびただけでなんで騒ぐんだよ。幽霊だってそうだ。ただ現れただけで、おおさわぎすることもないだろ。心霊写真なんて写っただけじゃないか」
まともなことをいうが、こういった現象は非常に珍しく、テレビの怪奇現象を扱った番組でよく取り上げられる事例だ。
「たしかに迷惑はかけてないけれど、髪がのびること自体ありえないから怖いし、幽霊はいない前提なんだから、遭遇したり写真にうつったらおびえるのは当然だよ」
私は反論した。
「本当にうつわがちいせーな」
あきれた妖牙がため息をついた。
優菜が一緒に行っていいかと聞いてきたが、学校外に長時間滞在できない優菜には断りを事前に入れておいた。コンジョ―には優菜は見えないから、下手に会話もできないし、ビビりの彼なら優菜の存在を話したら腰を抜かしかねない。
「会いに行くか、髪の伸びる人形に」
私は仕方なく、おびえながらついていくことにした。
私が1番苦手な人形。しかも髪の伸びる人形との対面だ。コンジョ―のうちは、古民家風な伝統を感じる作りをしている。
お宝が眠っていそうな倉があり、そこに案内された。湿気が漂う倉の中は、薄暗く物がたくさんある。何者がいるかもわからない空間を歩く。怖くなった私は、妖牙君の制服のシャツをつまんだ。普段ならばシャツをつまむことすら、恥ずかしく感じるところだが、恐怖のさなか、恥ずかしさを感じるどころではない。
あやかしの香りが立ち込める倉の中で、霊気が冷たい。カビの匂いとあやかしの匂いが混ざり合いなんともいえない。
ガタッと物音がした。
私は、声を出すと共に、妖牙君の背中にしがみついてしまった。
普段ならば絶対にできないのだが、そんなことを気にしている場合ではない。それくらい私は恐怖の中にいた。
「これなんすけど……」コンジョーが指を指した。恐る恐る人形を見つめる。
人形の目が見開いている。まばたきをしないのが逆に怖くもある。
「怖いのか? 霊感魔法少女」
妖牙君がさりげなく気遣ってくれてる?
「……うん。私、人形が苦手なの」
「いつもあやかしを見ているのに、人形が怖いなんて変な奴だな」
やっぱり妖牙君はこんなときにも冷静だ。
人形が見ているような気がして、呪われるような気がした。
ひびが顔に入った日本人形の着物はボロボロで、髪は伸びているせいかぼさぼさだった。それがますます怖い原因なのかもしれない。
コンジョ―は、できれば人形に関わりたくなさそうだったが、気の弱いコンジョ―にまで心配される私。
「有瀬さん。顔色悪いけど、大丈夫っすか?」
「かろうじて、大丈夫だと思う」
強がった瞬間だった。目の前が真っ暗になる。
なんだか、気が遠くなる。貧血? 意識が遠のく。
「どうした? 有瀬?」
妖牙君の声がする。幻聴かもしれない。
♢♢♢
「この女の体を借りて話をしたいと思う」
レイカの体から、別な声がする。
「どういうことだ? おまえは誰だ?」
妖牙がレイカに向かって言った。
「私はここにいる人形の魂だ。この女の体を借りて話をさせてもらう」
「こいつに罪はない。体を返せ」
「私の話を聞いてくれたら、かえしてやる」
「何を伝えたい?」
もはや妖牙タイジと人形の二人の会話となっていたが、コンジョーは腰を抜かして動けなくなっていた。それもそのはず。人形が同級生の体を乗っ取っているのだから。レイカが演技しているとは思えない声だったし、レイカの瞳はいつもとは違った。
「私のことをかわいがってくれた女の子を探している」
「その女の子はもうこの世にいないはずだ。おまえは100年以上前からこの世に存在しているだろ。今は令和の時代だぞ」
「女の子の名前はセツ。セツには会えないのか?」
「無理っすよ」
コンジョーは、ビビりだが、なんとか責任を感じて人形と向き合おうとしていた。
「ずっと寂しかった。一人ぼっちだったから。髪の毛は私のメッセージだった。セツは私の髪を伸ばそうと毎日くしでといてくれた。だから、髪をのばしていればいつかは会えると思っていた」
「その女の子はコンジョーのご先祖様だと思うんだけど、墓に連れて行ってやる。そのかわりレイカの体を返せ」
レイカとタイジが言った瞬間、レイカの意識が呼び戻される。
「タイジ? レイカって呼んだ?」
レイカの声だ。
「意識が戻ったのか?」
妖牙が言う。
すると人形の声がまた聞こえた。レイカの声ではない。
「この娘が私の意識を超えて戻ろうとしている。でも、私にはやり遂げたいことがあるのだ。セツに会いたい」
「タイジ君、もう一度、レイカって呼ぶっすよ」
コンジョーがアドバイスする。
「レイカさん!!」
コンジョーは大きな声を振り絞って張り上げる。
レイカの顔に表情が戻りそうになる。
「レイカ!! レイカ!! レイカ!! レイカ!!」
すると呼ぶたびに、レイカの表情に戻りつつある。
10回以上は二人でよんだだろうか。
「タイジ!!」
レイカがかけよって、タイジに飛びついた。
「レイカ、大丈夫か?」
「自分の意識が戻った瞬間、1分だけ人形の時間を止めたから。とりあえずその間に乗っ取られないようにバリアを張ってみる」
コンジョーは意味がわからず、口をあけたまま見つめていた。
「レイカ、もう乗っ取られるんじゃないぞ」
「ありがとう、タイジ」
そう言うと、レイカは目をつぶった。
レイカのまわりにピンクのオーラがまとわれた。モフモフの力を借りて、意識を乗っ取られないようにオーラの壁を作っているのだ。そして、お札を口にくわえて、あやかしをよせつけない。
「タイジ、札を用意して」
「了解」
『封印!!!』
二人の声が同時に発する。
練習もしていないのに息はぴったりだ。
二人の札が人形に貼られた瞬間――人形は封印されたのだった。
人形は既に妖怪化していたので、札の効果は、ばつぐんだった。
そして一度封印されると札は自動的に持ち主に戻るので、札がはがれたから効果が切れるということはないようだ。
「これから、こいつを俺が消滅輪廻転生させる」
タイジが新しい言葉を発した。
「どういうこと?」
レイカが聞いた。
「こいつはまた人の意識に入り込む可能性がある厄介な人形だ。悪いことをするあやかしにはそれなりの制裁を加える」
強い口調でタイジが言い放った。
「この人形を成仏させるということっすか?」
コンジョーが聞いてきた。
「まずは消滅させるが、俺の妖力で転生できるように人形に力を与える」
札をかかげながら、タイジが唱えた。
「消滅転生!!!」
人形の姿が消滅した。そして、転生したのかどうかはわからない。
しかし、残った人形の着物をコンジョ―の家にある代々の墓に埋めてもらうことにした。あの世でセツとお人形がまた、会えますように。そう願って。
「転生しているのかな?」
レイカが聞いた。
「あぁ、何年あとになるかわからないけれどちゃんと生まれ変わることができるように妖力を与えておいた」
「今回はあえて人形をよみがえらせて修復はしないが、修復したいときにレイカの修復能力は使えるな」
タイジに認められた。必要とされている。感動のあまり空に向かって飛びあがりたい気分になる。
「あの、俺もあやかし相談所のメンバーになってもいいっすか。能力はないけど……。二人がすごい能力があって、尊敬というか……」
「サッカー部忙しいんだろ?」
「すごい人たちと、友達になりたいっす。力技はまかせてほしいっす!! 助っ人的な存在でもいいっすよ」
「ビビりなんだから腰抜かすなよ」
遠回しに了承した様子のタイジ。
「いいってことっすか?」
おそるおそる二人に聞いてみるコンジョー。
「もちろん」
レイカが即答した。
「いつのまにかレイカって呼んでるし」
腰に両手を当てながら上目づかいで、タイジに言ってみた。
「おまえこそ、タイジ呼びだし……まぁ呼びやすいから良しとするか」
気楽なタイジは、特に意識した様子もない。少し残念だが、レイカにとっては特別なことだった。