夜神のケガ
「どうしたの?」
夜神が流血しながらふらふらになっているのを発見したのが、太陽の神の子孫であるひかり先生だった。保健室の先生でもあり、同僚として、彼にはじめて向きあった瞬間でもあった。
「ちょっと腕を切っただけだ」
見ていて痛そうな感じだ。
「普通に生活していてこんなことになるはずないでしょう」
ひかり先生は少し怒ったように言った。
「仕方ないだろ、相手が複数人でおそって来たんだから。不意打ちだよ」
「どんなやばい案件に手を出しているのかしらないけれど、相手は人間ではないようね」
「さすが太陽の神の末えいだ」
「私たちのことは調査済みってわけ? 今はとりあえず、けがの治療をするから保健室に来なさい。あなたはここの職員だから治療する義務があるの」
ひかり先生は度胸がある。その言葉には、気の強さを感じる。
ケガをしている夜神は仕方なく、彼女の言う通り保健室へ足を運んだ。
というより、そうするしかなかったのだ。
なぜなら彼の出血は相当なものだったし、そのまま帰宅できるレベルではなかった。そして、出血多量のせいか少し足元がふらついていた。だいぶ弱っているのだ。この男をここで放っておいたほうがこの世のためになるのかもしれない。しかし、ひかり先生はそうはしなかった。
たとえ好きではない相手でも平等に仕事をする心を持っている。性格は男勝りで、気が強い。言い方がきついけれど、愛がある女性だ。
「まったく手のかかる男ね」
苦言を言った。出血を止めるために強く部位をおさえて止血した。
「うっっ……」
目を細め、苦い顔をして夜神が声を出した。それは、だいぶ深い傷だった。普通の人間ならばもっと大変な状態になっているだろう。
彼は普通の体ではないから、かろうじて無事だということなのかもしれない。
「あなた、普通の人間ではないよね」
身動きの取れない弱った男は、何も言わずに下を向いた。今、何かをされても夜神は抵抗できる状況ではなく、優位なのはひかりのほうだった。
「目的は?」
相変わらず竹をわったような性格だ。
「俺はただ……故郷に戻りたいと思っている……そのために手段は選ばない」
痛みをこらえながら答える夜神。
「あなた、敵が多いようね。故郷って妖魔界じゃないの?」
「おまえ……詳しいな」
傷の痛みにこらえながら声も絶え絶えに答える。
「闇の神で夜神っていうことでいいの?」
「…………」
夜神は黙っていた。
彼の筋肉のついた腕に包帯を巻きつけて応急処置をするひかり。
「光と闇が交差する場所という言葉に心当たりはないか?」
夜神が質問した。
「私はわからないけれど……戻るための場所を探しているってことね」
夜神の目的を理解したひかり先生。
「そのためには巨大な妖力が必要だ。この町にはあやかしが多いから、妖力集めには適している。殺さないで妖力だけいただいたやつらから逆恨みされた結果がこのざまだ」
少し弱みを見せる夜神は体のダメージと共に心にもダメージを受けているようだ。
「もうこんな危険なことしないでよね」
ポンと夜神の肩をたたくひかり。
「でも、目的のためには手段は選べない」
「ジンのこともちゃんと責任持ちなさいよ。神の一種なんでしょ、夜神。あんたが悪さをしないなら、目をつぶっておいてあげるから」
今日は形勢逆転で、ひかりのほうが一枚うわてだ。
「借りを作ってしまったようだな」
「その体で無理しちゃだめよ。ってあなた敵に狙われているなら、今やられたら命も危ないじゃない、太陽の神の一族が守ってあげてもいいけど」
「どういう意味だ?」
「うちには結界が張ってあるの。あなたみたいなけが人を受け入れてあげてもかまわないっていっているのよ。じゃないと、おそわれても、今のあなたでは勝つことはできないでしょ」
「太陽の一族に世話になる筋合いはない、これ以上借りは作りたくないからな」
プイっと横を向いて、彼のネックレスを唇に当てると、音が鳴る。笛のような機能があるらしい。
「呼んだか?」
ジンがやってきた。
「ジン、僕の体はこの通り言うことを聞かない。その間、守ってほしい」
「了解」
ジンは夜神に寄り添い、夕闇の中、二人は消えた。