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本の記憶 25年前の思い出

 図書委員の私と妖牙君は、ふたりっきりで図書室当番だ。窓を開けると新緑の季節から初夏に変わろうとする風が吹く。私の大好きな季節が到来した。放課後、図書室の窓辺で風を感じていると、妖牙君は暇なのをいいことに、なにやらのぞき見をしている。これは、彼だから使える能力なのだが、本に触れると本の記憶が読み取れるらしい。あやかし使いというより、超能力の持ち主に近いように思える。彼はきっと超能力者のご先祖もいたのだと思う。きっと特殊能力の混血で彼が創られたのだろう。


 本の記憶というのは、物語の中身ではなく、それを読んだ人たちの様子が読み取れるらしい。ある意味のぞき見のような趣味だが、これが本の内容以上に面白いと妖牙君は言う。


「俺の手の甲に手を当ててみろ」

 緊張の中、手と手が触れ合う。ちょっと照れくさい。彼の手は思ったより温かい。妖牙君は何も感じないのだろうか? 私はこんなにドキドキしているのに。


 本が光る。本から記憶の光があふれているのかもしれない。彼の手を通して本の記憶に触れる。


 その本は古く、30年ほど前から貸し出しをしている本だった。古ければ古いだけ想い出が詰まっている。目をつぶって、本の記憶を読んでみた。私は妖牙君を通して、本の記憶の世界に入っていた。ここは、平成初期の時代だろうか。たくさんの記憶がつまっていた想い出のひとつがある。中学生の女の子の物語のようだ。そこには生きていた人たちの思いが詰まっていた。


 この世界には、私と同じくらいの女の子がいて、本を楽しそうに読んでいた。図書室で何やら話をしている。相手はクラスメイトの男の子だろうか。女の子は少し、彼の前だと緊張しているようだった。


「最近、何かがついてくるような気配がするの、きみは、霊感があるってきいたから相談にのってくれる?」

「あぁ、そういった相談は得意分野だ」

 ぶっきらぼうな物言いの少年の雰囲気は妖牙君そっくりだ。この男の子、霊感があるのかな。


「実は、気配はするけれど振り向いても誰もいなくて、気のせいなのかどうか自分でもわからないの」

「あぁ、そういったことはよくあるし、勘違いってこともあるけどな」

 頭の後ろで手を組みながら、いすのせもたれに体重を乗せて、少年は会話をしていた。この少年は、女子と話をすることが苦手なのかもしれない。慣れていないのかもしれない、そんな感じだった。


 お互い異性のクラスメイトと話すということに慣れていない初々しい二人の間に沈黙が走る。図書室は静かで、さらにその空間を気まずいものにしているようだ。


「不安なら帰宅するとき、うしろからついていっても構わないけど」

「助かる。一人で薄暗い夕方に帰るのって不安で。最近不審者もこのあたりで目撃されているし」

「その不審者が気配の正体かもしれないしな。俺、ケンカには自信あるから任せておけ」

「助かる、ありがとう」

 少女漫画を読んでいるみたいな感覚におちいっていた。


 かわいい純情な女子中学生とぶっきらぼうでかっこいい男子中学生。

 まるで私たちみたいじゃない?


 放課後一緒に帰ることにはなったのだが、どうにも二人には距離があった。一緒に帰るというよりは、少しうしろから少年が歩いてついていく、と言ったほうが正しいように思う。


「一緒に帰ってるのになんでそんなに離れるの?」

 少女が聞いた。

「少し離れていたほうが、不審者が現れる可能性もあるしな」


 すると、知らない生物が少女の後ろについている。

 それは、普通の人間には見えないあやかしのようだ。悪霊なのだろうか?

 不安になるが、もちろん少年にはあやかしが見えているようだ。


 動物のようなあやかし。それは、モフミに似ている。


 キキキキィィィィィィ――――!!!!


 突然、騒音が走る。耳をつんざくような音。私は耳を押さえた。目をつぶってしまう。大きな音はトラックが急ブレーキを踏んだ音だった。少女の前に急にトラックが飛び込んできたのだ。それは、本当に突然で、居眠り運転をしていたトラックの主が急ブレーキをかけたのだが――。


 少女はトラックにぶつかったのだろうか? 目をおそるおそる開けた。目の前には巨大化したモフミのような生き物がいた。あやかしが少女を守ったらしい。


 そして、とっさに少年が少女を助けにトラックに飛び込む。少年が少女をトラックから遠ざけた。少年の腕は擦り傷のせいで出血がひどそうだった。少女は少年がクッションになり、傷を負うことはなかった。


「大丈夫?」

 少女が駆け寄る。

「これくらいたいしたことないって。おまえは無事か?」

「私は平気だけど、あなたはこんなに血が流れているから消毒しなきゃ」

「こんなのすぐ治るって平気平気」


「トラックの主は? 警察に電話するね。守ってくれたあの大きな薄ピンクの生き物は何?」

「おまえ、見えるのか?」

「もしかして、この生き物が気配の正体? 私、今まで見えなかったけど守ってくれていたのかな?」

 すると生物はみるみる小さなハムスターくらいに縮んでいった。


「はじめまして、モフミです」

 やっぱり、モフミだ!!

 トラック運転手はモフミのおかげで大きな事故にはならなかったが、気絶していた。

「とりあえず、あやかしが絡んでいると知られたらまずいから、俺たちは帰るぞ」


 モフミがなんで??  私の頭には疑問ばかりが渦巻く。

「とりあえず、この話はこれで見るのは辞めようか」

 妖牙君が提案したので、

「最後まで見せて!!」とお願いしたのだが――。


「この二人、知っているような気がする」

 と妖牙君が妙なことを言い出す。

「知り合い?」

「よく知っているような気がする……」

 少し顔色が悪いような気がした。続きが気になった私は、無理やり本に彼の手を近づけた。続きが気になる!!


 帰り道、少女が少年に告げる。

「私、転校するんだ。でも、高校生になったらまたこの町にもどってくる予定なの」


「じゃあ、これ、受け取れ」

 少年が差し出したのは赤い札。これは、私が持っているものと同じものだ。


「何、これ」

「うちに代々伝わる札で、あやかしから守ってくれるお守り」

「そんな大切なものいいの?」

「貸すだけだ。この町に帰ってきたら返せよ」

「……ありがと」

 少女は少し照れながらその札を受け取った。


「転校しても手紙書いたり電話するから、妖牙君」

 ―――妖牙君??

「元気でいろよ。城山」


 妖牙ってわりと珍しい名字だし、城山って城山先生の親戚? お札とモフミと―――??

 もしかして、もしかして――。


「妖牙君のお父さん?」

「あぁ、最初はわからなかったけれど、お札あたりで俺の中では確定したけどな」

「あの女子は俺のかあさんだ、旧姓は城山」

「じゃあこの本の記憶は、妖牙くんの両親のなれそめだったってこと?」

「運悪く見てしまったな……」

 バツの悪そうな顔をする妖牙君。


「ちなみに妖牙家では、おばあさまも若かりし頃、赤い札をおじいさまから受け取っているのです」

 モフミ本人が登場して説明してくれた。


「札を渡された人は結婚するという流れがありますね」

「別に、俺はそういうつもりで渡したわけじゃないからな。モフミが渡せってうるさかったし、あやかし相手に霊感を持つものが必要だっただけだ」

 少し照れた妖牙君が必死にいいわけする。


「わかってるよ。妖牙君って理想高そうだし、勘違いなんかしてないから」

「別に嫌いでもないし、好きでもないっていうだけで……」

「お父様も同じこと言ってましたよ。中学生の時」


 モフスケが突っ込みを入れた。彼らは時に見えないが、急に現れる不思議な生き物だ。妖牙君の顔が赤くなる。少し意識してくれているなら、うれしいな。私は一緒に居られるだけでうれしいから。

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