女性が三人集まれば…④
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翌朝、レナはクラウスの腕の中で目覚めた。
と言っても、一睡もできなかったから、目覚めたと言うよりはようやく朝が来たことにホッとして目を開けたと言うのが正しい。
隣のクラウスは、レナを腕の中に閉じ込めて、穏やかな顔で眠っている。
クラウスの腕がしっかりと絡みついているので、彼が起きるまではベッドから抜け出せそうにない。
(ふふ、眠っていると少し幼く見えるわ)
クラウスの腕の中はドキドキするけれど、彼が眠っているからか、いつもよりは冷静になれた。クラウスの寝顔を観察する余裕すらある。
(睫毛長い……。本当、綺麗……)
普段から端正な人だなと感じていたけれど、眠っているとその美貌はより際立って見える。
肌が白いから冷ややかに見えるクラウスだが、今はほんのり頬が赤い。それがなければ精巧な人形かと勘違いしてしまうほど彼の造形は整っていて――、と、ぼんやりとここまで考えたレナはハッとした。
(顔が赤い? って、熱くない?)
抱きしめられているから、レナはクラウスとぴったりと密着している。
レナは結局ドレスのまま眠りについたし――皺だらけになっているだろうからあとでアイロンを借りないと――、クラウスもシャツを一枚羽織っている。それなのにここまで熱を感じるのはおかしい気がした。
「まさか……」
レナは口の中でつぶやいて、そっとクラウスの頬に触れる。
(やっぱり熱い!)
顔が赤いわけだ。熱がある。
(昨日、長い間外にいたから!)
レナは丈夫だから何ともないが、クラウスはそうではなかったのだ。こんなに繊細そうな人が、長時間真冬の外気に当てられて平気なはずがない。
(とにかく冷やさないと! ああ、でも出られない……!)
クラウスの腕の中から逃れようとするも、がっりし抱きしめられているので無理だった。しかし熱があるクラウスを起すのも忍びない。
レナが何とかしてクラウスの腕の中から出ようと悪戦苦闘していると、「ん……」とくぐもった声が聞こえてきた。
「レナ……?」
少しかすれた声が熱っぽい。
ゆっくりと目を開けたクラウスが、碧色の瞳を幸せそうに微笑ませた。
ドキリと胸が高鳴って、レナは慌てて「今それどころじゃないから」と自分に言い聞かせる。
「おはよう、レナ」
そう言って、クラウスはレナの額に口づけてから、嬉しそうにレナにすり寄る。
(クラウス様が甘えてる……!)
寝起きだからなのか、熱があるからなのか、どこかふわふわした様子のクラウスは破壊力抜群だった。
このまま甘えていたい衝動に駆られて、レナは己を叱咤すると、そっとクラウスの額に手を伸ばす。
熱がないレナの方が体温が低いからか、クラウスが気持ちよさそうに目を細めた。
「クラウス様、お熱がありますよ」
「熱……? ああ、道理で気だるいと思った」
「寒気はありますか?」
「いや……」
「じゃあ、食事はとれそうですか? 食べられそうなら朝ご飯を運んでもらうようにお願いしてきます。そのあとでお薬を……」
クラウスは、病人が出ても大丈夫なように宿に一人医者を常駐させている。その医師に頼めば薬を用意してくれるだろう。
レナがベッドから降りようとすれば、クラウスの腕がそれを邪魔するように巻き付いて来た。
「食事はとれそうだが、まだいいだろう? もう少し……」
「でも……」
「あと十分……いや、五分だけでいいから」
体調が悪いから人恋しいのだろうか。クラウスに懇願されては、レナは突っぱねられない。
「五分だけですよ?」
仕方なくクラウスの腕の中に戻ると、彼が嬉しそうに笑う。だが、本当に体調が悪いのだろう、安心したように目を閉じたクラウスは、約束の五分を待たずに再び寝入ってしまった。
寝入った拍子に腕の力が緩んで、レナはクラウスの艶やかな銀髪を撫でるとベッドから抜け出す。
クラウスがいつ起きるかはわからなかったが、朝食の準備を頼んで、医師に状況の報告をしておいた方がいいだろう。
レナは自分が使っている続き部屋に戻ると、皺だらけのドレスを脱いで、動きやすいワンピースに着替える。クラウスが体調を崩しているのならば一日中宿の中ですごすことになるだろうから、部屋着代わりのワンピースでいいだろう。
さっと身支度を整えて、クラウスが寝入っているのを確認して部屋を出る。
宿の管理をしているジュペットにクラウスの体調不良を伝えて、一時間後に朝食を運んでもらうようにお願いする。その足で今度は常駐の医者の元に向かって、食後に診察してもらえるように頼んでおいた。
寒気はしないと言っていたから、これ以上熱は上がらないだろうが、今日は一日安静にしてもらった方がいい。
クラウスに同行してきた側近の一人に声をかけて、本日のクラウスの予定を確認する。特に今日は予定は何も入っていなかったので、一日部屋ですごすことになるだろうと伝えた。
「ここのところ、気を張り詰めるようなことが多かったですからね。緊張がゆるんだ拍子にたまっていた疲れが襲ってきたのかもしれませんね。今日と言わず、明日以降もゆっくりしていただけるように調整しておきます」
休暇と言っても、領主であるクラウスの元には何かしらの相談事が舞い込む。それに、宿の様子が気になるクラウスは、ジュペットたちから細かい報告を受けていた。それらの雑事がクラウスに行かないように、側近が調整してくれると言う。
レナはホッとしてクラウスの側近にお礼を言うと、クラウスが待つ部屋に戻った。
クラウスはあまり深く寝入っていなかったのか、レナが戻って来た音に反応して薄く目を開ける。
「クラウス様、まだ寝ていてください。一時間後くらいに朝食が運ばれてくるので、その時に起こしますから」
「いや……、起きよう。着替えたい」
クラウスが気だるげに上体を起こす。熱があるので汗をかいたのかもしれない。
レナはクラウスに断って、彼の荷物から着替えを取り出した。
バスルームに行って、暖炉の上で温められていた湯を使ってタオルを濡らして絞り、クラウスに渡す。
億劫そうにボタンをはずす彼を見て、レナは反射的に手を伸ばした。
レナがクラウスのシャツのボタンをはずしていくと、されるがままになったクラウスが小さく笑った。
「どうかしましたか?」
「いや……その、君と結婚したら、こんな感じなのかなと思ってしまってな」
「え?」
クラウスのシャツのボタンをはずしていたレナの手が止まる。
(ちょっと待って、よく考えて見たらわたし、すごく恥ずかしいことをしてない⁉)
病人とはいえ、婚約者のシャツを脱がすなんて。
弟のアレックスが熱を出したときに看病をするから、その延長でつい同じように行動してしまった。
あわあわしつつも、ここで手を止める方が不審がられる気がした。
羞恥心を抑え込み、レナは残りのボタンをはずすと、引き締まった上半身をできるだけ見ないように視線を背ける。
「せ、背中、拭きましょうか……?」
「ああ、頼む」
恥ずかしいが、手伝ってあげないとつらいだろう。
レナは真っ赤になりながら、クラウスの背中を濡れタオルで拭いて行く。
腕や胸や腹はクラウスが自分で拭いてくれて、レナがシャツを着るのを手伝うと、なんとなく流れでボタンもレナが留めることになった。
(結婚したら……)
こうやって、服を脱がしたり着せ合ったりするのだろうか。クラウスのせいでつい妄想しそうになって、レナは必死で暴走しそうな自分の脳を押しとどめる。
服を着替え終わると、クラウスがのろのろとベッドから降りた。
朝食が運ばれて来るまでもう少し時間があるので、レナはクラウスのためにお茶をいれる。声が少しかすれているから、部屋の中に常備してある茶葉の中から、喉にいいとされるカモミールティーを選んだ。
シャルの上にガウンを羽織って、クラウスが暖炉の側に座ってカモミールティーをすする。
「君にかいがいしく世話をされるのなら、熱を出すのも悪くないな」
「何を言うんですか、もう……」
レナはちょっぴりあきれたが、嬉しそうなクラウスを見ていると文句も言えなくなる。
そうして甘い顔をしたのが間違っていたのだろう。
朝食が運ばれてくると、熱があることを理由に、クラウスは食べさせてくれと言い出した。
(もう、熱があるときのクラウス様は要注意だわ!)
平然と甘えてくるのだから。レナの心臓がいくつあっても足らない。
結局その日は一日中クラウスに甘えられて、レナは嬉しいやら恥ずかしいやらわからない想いを味わう羽目になったのだった。







