女性が三人集まれば…②
コミックス①巻は2/20発売予定です!
「だから、どうか私と結婚してくれませんか?」
クラウスの真摯で優しくてどこか熱っぽい声に泣きながら返事をした。
そのあとそっと重ねられた唇が、驚くほど熱かったことを覚えている。
角度を変えて何度も唇をついばまれて、どのくらい雪の祭壇の前ですごしたのかは定かではない。
クラウスに求婚されたという事実と彼が与えてくれる優しい唇に恍惚として、時間の感覚が麻痺してしまっていたからだ。
思えば、それがまずかったのだと今ならわかるが、あの時は比喩ではなく本当に時間が止ったように感じていた。
長い時間を雪の祭壇前ですごして、蝋燭が小さくなり消えかかったころ、クラウスとレナは名残惜しく思いながらも宿に戻った。
部屋に戻ったときはすっかり深夜を回っていて、さすがにこの時間に湯を頼むのも可哀そうだからと、レナとクラウスは冷えた体を暖炉の前で温めた。
その間も、磁石同士が吸い寄せ合うように唇を重ねて――、レナが現実と夢の境界線も曖昧になるくらいにふわふわとしはじめたとき、クラウスがぽつりと、そろそろ寝るかとつぶやいた。
(寝る……!)
その瞬間、レナは現実に引き戻された。
ドキリと大きく心臓が高鳴り、落ち着かなくなってくる。
(寝るって、どこで? まさか一緒に? どうしよう……)
使っている部屋は一緒だが、三部屋が内扉でつながっている部屋で、寝室は二つある。ゆえに前回泊まったときも、クラウスとレナで寝室を分けて使っていた。
が、今日はどうするのだろう。
求婚を受け入れた直後だし、レナだけではなくクラウスも気分が盛り上がっているようだし、もし同じ寝室を使おうと誘われたら断れない。
けれどそのような展開になることを全く想定していなかったレナは、その可能性が浮上しただけで動揺してパニックになりそうだった。
嫌ではない。嫌ではないのだが――どうしよう⁉
ドッドッドッと信じられない速さと熱さで、血液が全身を駆け巡る。
経験は一度もないが、レナも二十二歳――いい年なわけで、ベッドに誘われたたからといって狼狽えていたらクラウスをあきれさせてしまうかもしれない。
緊張しておろおろしていたら、クラウスを困らせることにもなるだろう。
(へ、平常心よ、レナ。ここでパニックになったらムードがぶち壊し……。ここはスマートに、そう、大人の余裕をもって……)
大人の余裕って何だっけ? と心の中でもう一人のレナが疑問を呈した。
そんなの知っていたら苦労はしないわよと、さらにもう一人のレナが悲鳴を上げる。
心の中に突如として現れた複数の自分が言い合いをはじめて、レナは暖炉の前に座ったままこのあとはどうするのが正解なのだろうと必死に混乱する頭で考えた。
そんなレナに、クラウスがこれぞ大人の余裕と言わんばかりに落ちついた動作で「おいで」と手を差し出す。
(これはやっぱりそういう展開……!)
まだ大混乱中だが、落ち着きを取り戻すまで待っている暇はない。というか、朝まで待ったところで落ち着かないだろう。ここは、覚悟を決めねばなるまい。
服を着替えなくていいのかなとか、ああでもどうせ脱ぐんだし、とか、自分から脱ぐべきなのか脱がされるのを待つべきなのかとか、どうでもいいのかよくないのかわからないことばかりが頭の中でぐるぐると回る。
小さく震えながらクラウスの手に自分の手を重ねて、レナはゆっくりと暖炉の前から立ち上がった。
(がんばれ、頑張れわたし……!)
足がガクガク震えている。
クラウスが使っている寝室へ到着すると、クラウスが無造作にジャケットを脱いだ。コートは部屋に入ったときに脱いでいたが、その下のジャケットはまだ着たままだったのだ。
ばさり、とジャケットを椅子の上にかける音が妙に大きく響く。
ベッドの前で所在なく立ち尽くすレナを振り返って、クラウスは少し困ったように笑った。
「あー……、レナ、神に誓って何もしないと誓うから、今夜は隣で眠ってくれないか? 君を離せそうにないんだ」
(へ?)
困ったような、照れたような。赤い顔をしたクラウスに、レナは目を丸くした。
(何もしない……?)
それは、どういう意味だろう。
壊れそうなほどの速度で脈を打っていた心臓が少し落ち着いてくる。
クラウスが立ち尽くしたままのレナに近寄って、その頬にそっと手を添えた。
「本当に何もしないから。だからそんなに不安そうな顔をしないでくれ」
「あ……」
レナはハッとした。
どうやらすっかりパニックに陥っていたレナは、クラウスに指摘されるくらいに情けない顔をしていたようだ。
「すみませ……! これは、その……!」
嫌なのではなくてドキドキしていただけで、と言い訳しようにも、その前にクラウスの指がそっとレナの唇を抑えた。
「いいんだ。私も少々浮かれすぎてしまっていた。その……やっぱりそういうことは、結婚してからすべきであって、だから……、君を傷つけるようなことは絶対にしないから……」
言いながら、クラウスの顔がますます赤くなる。
(ああ……わたしの馬鹿……)
完全に気を遣わせてしまった。すでにクラウスの中で答えが出てしまった今、レナがどんなに「違うんです」と言ったところで無駄だろう。むしろレナの方が気を遣っていると判断されてクラウスをより困らせてしまう。
頭を抱えたくなったレナを、クラウスがふんわりと抱きしめる。
「君を傷つけたりはしないから、抱きしめて眠ることだけは許してほしい」
耳元でそんな風にささやいたりするから、レナは腰が砕けそうになった。
もう余計なことは何も言えない。こくこくと何度も頷くレナに、クラウスがホッとしたように笑って、レナをそっとベッドにいざなう。
そして、クラウスの宣言通り、レナは彼にただ抱きしめられて眠りにつくことになったのだが――、はっきり言おう、寝たふりはしたが、一睡もできなかった。







