冷徹王弟の告白 3
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「どうやら、という言い方はおかしいな。間違いなく、私は君が好きだ」
「ふぇ………………?」
レナが口を半開きにして、そのまま固まった。
(今……今……なんて言った?)
あまりに突然、予想外の言葉を言われて、レナの耳はどうやらクラウスの発言を正しく認識できなかったようだ。
(なんかおかしな単語が聞こえたわ。耳がおかしくなったのかしら? 好きって言われたような……いえ! あり得ないわ! ええっと……そう! そうよ! リシャール様が好きなのよ。そうよね。私は弟が好きって言ったのね。そうに違いないわ!)
レナは震える手で砂糖の入ったポットを開けると、自分のティーカップに、一つ、また一つと入れていく。
(クラウス様はリシャール様が好き。もちろんよ。だから仲直りをしたいのよね。わかるわ。だからきっと、そう、わたしに、リシャール様に謝るときにそばにいてくれって、そう言いたかったのよ!)
そうに違いない。そうであるべきだ。そうでなくてはいろいろおかしい! いろいろが何かはわからないが、とにかくおかしいのだ!
「レナ、そんなに砂糖を入れては甘すぎると思うが」
「ひゃい!」
クラウスに話しかけられて、レナの心臓がドキンと跳ねた。
声をひっくり返したレナに、クラウスが不思議そうな顔をして、レナの手から砂糖のポットを取り上げる。
レナはハッと自分のティーカップを見下ろして、先ほどのクラウスの紅茶と同じ状態になっていることに気が付いて頭を抱えたくなった。
(何をしているのわたし!)
クラウスの挙動不審が乗り移ってしまったのだろうか。
「大丈夫か、レナ」
「は、はい!」
「では、話の続きをしてもいいだろうか」
「はい!」
「ああ、その前に紅茶を新しくしよう」
クラウスが店員を呼びつけて、レナのために新しい紅茶を用意するように頼む。店員が「またか」と言いたげな顔をしたのが見えて、レナはいたたまれなくなった。きっと、変な二人だと思われているに違いない。
新しい紅茶が運ばれてくると、今度はクラウスがレナのために砂糖を一つ落としてくれる。そして砂糖のポットは遠ざけられた。
「ええっと、昨日リシャールに言われたんだ。リシャールには君のような女性がいいと感じたその理由は、全部私がいいと思ったものではないのかと言われた。つまりだな……私が君のことを好きだと思っていて……好きだからこそ、リシャールと婚約させても大丈夫だと、今考えると私にもよくわからない理屈が無意識のうちに働いて、結果、君にリシャールを薦めてしまったようなんだ。指摘されれば私もいろいろ思い当たる節があって、この年になって指摘されるまで気が付かないのもどうかと思うが、とにかく、そういうことだ」
いつもより早口でまくしたてるようにクラウスは言った。
見れば、彼の顔が赤く染まっている。
レナは早口で言われた彼の言葉をゆっくりとかみ砕いて、それから理解すると、クラウス以上に赤くなった。
「え、ええっと……」
(それはつまり、間違いではなくて、クラウス様がわたしを好きだってこと⁉)
まずい。過呼吸になりそうだ。
レナがスハスハと浅い息をくり返していると、様子がおかしいと気が付いたらしいクラウスが立ち上がり、レナの側に寄る。
「だ、大丈夫か」
背中をさすりながらクラウスが訊ねるが、レナは小刻みに首を横に振ることしかできない。
「息を吸うな。いいか、私の合図に合わせて呼吸をするんだ。ゆっくり息を吐いて。そうだ。まだだ。まだ息は吸うな。全部息を吐き出したらゆっくり吸って、そしてまたゆっくりと吐き出すんだ」
クラウスの指示に従って呼吸をくり返していると、だんだんと落ち着いてくる。
落ち着いてくると、再び先ほどのクラウスの言葉が蘇ってきた。
(どうしようどうしよう、落ちついてわたし、いえ落ち着けないわ!)
呼吸が落ち着いてくると、今度は涙腺が緩んでくる。
「な、何故泣くんだ⁉」
クラウスが慌ててポケットからハンカチを取り出して、レナの目元に押し当てた。
「泣くな。頼む。わ、私は何か手順を間違えたか?」
ぼろぼろと涙をこぼしていると、クラウスがだんだんと青い顔になる。
「め、迷惑だったな。そうに違いない。悪かった。さっきの話は忘れてくれ。私だって、私のような男にそんなことを言われても迷惑だとわかっている」
違う。そうじゃない。
逃げ腰になってレナにハンカチを押し付けたまま離れようとしたクラウスの手を、レナは咄嗟に掴む。
「き、昨日、わたしがどうして泣いたかわからないって、言いましたよね」
「あ、ああ……」
「わたしが泣いたのは、傷ついたからです」
「そ、それは、その、すまない。私のせいだな……」
「そうです」
「…………悪かっ――」
「好きな人に、違う人と婚約しろと言われたら、誰だって傷つきます」
「――――」
クラウスが、ゆるゆると目を見開く。
「それは、つまり……」
レナは、ハンカチに目を押し当てて、こくりと頷いた。
「わたしも、クラウス様が好きです。……ずっと」
六年前のあの日からずっと憧れていた。そして、冷徹なだけでない彼の素顔を見つけて、もっと好きになった。リシャールに向ける優しい表情を、ほんの少しでもいいからレナにも向けてくれないだろうかと何度も思った。
でも、絶対にかなうはずがないとわかっていたから、この気持ちは封印しようと思っていたのだ。
クラウスがレナの側に膝を折って、遠慮がちにレナの頬に手を伸ばす。
ハンカチをどけると、彼の指の腹が優しくレナの目元をこすった。
「君が好きだ」
もう一度繰り返される告白に、レナの心臓が跳ねる。
互いに赤い顔で見つめ合っていると、ふと、突き刺さるような視線を感じてレナは顔をあげた。
見れば、カフェの店員たちが生温かい目をしてこちらを見ていた。音が出ない程度の小さな拍手をしている店員もいる。
クラウスも背後を振り返り、店員たちの存在に気付くとバツの悪い顔をした。
(ひい!)
レナは目をむいて、それから両手で顔を覆った。
(恥ずかしすぎて、もうここには来られないわ‼)
ここが公共の場と言うことをすっかり忘れていた。
レナは顔から火が出そうな思いを味わいつつ、けれどもやっぱり嬉しくて、ちらりとクラウスを見て、ふわりと笑った。







