婚約パーティーの夜 3
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「姉上、なんかすごい荷物が届いたんだけど!」
朝食を食べるためにダイニングへ向かうため階段を下りていると、アレックスが顔を紅潮させながらレナのもとに駆けてきた。
「荷物?」
何のことかわからずに首をひねると、アレックスにぐいぐいと手を引かれてダイニングの扉をくぐる。
するとダイニングテーブルの上に、大小さまざまな箱が五つも積まれていて、レナは目を丸くした。
「なにこれ?」
「さっき届いたんだよ! 送り主を見て父上があそこで灰になってる」
「お父様⁉」
見れば、箱の影に埋もれるように、魂が抜けたような顔の父がぐったりと座っていた。
誰から届いたものだろうかと差出人を確かめたレナは、あんぐりと口を開けた。
「クラウス様⁉」
「クラウス様って、宰相閣下? これってどう見ても贈り物だよね? どうして宰相閣下が姉上に贈り物をするの?」
「わたしにもわからないわ!」
とにかく中身を確かめた方がいいだろうと、レナは慌てて箱を開けて、さらに驚愕する。
一番大きな箱には、レナの瞳と同じ青い色のドレスが入っていた。一目で高級品とわかる品のある光沢のある生地のドレスだ。まさかと思って小さい箱を開けていくと、順に、靴、髪飾り、イヤリングとネックレスのセット、グローブが入っている。
(これ、もしかして今日のパーティーのために……?)
それ以外考えられないが、それにしても、頭の先から足の先に至るまで、一式全部届けられるなんて驚きすぎて言葉もない。
「姉上、宰相閣下からだって言ったよね? なんで宰相閣下が姉上にドレスを?」
「今日のパーティーで、クラウス様のパートナーを務めることになっていて……」
「なんだって⁉」
声を上げたのはアレックスではなく父だった。そしてそのまま彫像のように固まってしまう。
アレックスもあきれ顔で額を押さえる。
「姉上、そう言う大事なことはきちんと報告しなよ。ただでさえ父上は小心者なんだから、そのうち心臓止まっちゃうよ」
「そう言えば言い忘れていたわね……」
レナ自身も驚きすぎて信じられなかったからかもしれないが、今の今まで父に報告するのをすっかり忘れていた。
とにかく、父の心の平穏のためにも目の前の箱たちは片づけた方がいいだろうと、レナはキャサリンを呼んで自室に箱を運んでもらう。
目の前から箱が消えると、このまま気絶しそうだった父が徐々に正気を取り戻した。
「レナ、まさかとは思うが……宰相閣下とそういう仲なのか?」
「そういうってどういう仲よ。変な勘繰りしないで。今回のパーティーは、そう、たまたまよ! 偶然に偶然が重なったというか、たまたまクラウス様に都合がよかったというか、とにかく、わたしとクラウス様の間にはなんにもないわよ!」
雲の上の存在であるクラウスと、レナがどうこうなるはずがないのだ。父は何を馬鹿なこと言っているのだろう。
「まあ、そうだよな」
「そうよ」
「お前は私に似て普通だからな。母親に似てくれれば少しは違ったのかもしれないが……」
「余計なお世話よ!」
アレックスはどちらかと言えば亡き母親似で、レナよりも幾分も整った顔立ちをしている。しかしレナはクレイモラン伯爵家の血筋の方を濃く受け継いだようで、顔立ちが父――と言うよりは伯母のベティにそっくりだった。特出して自慢できるところのない、平々凡々な顔立ちだ。
「驚いたが、今更お断りできるものでもないのだろうから、閣下に恥をかかせないように気を付けるんだぞ。うっかりドレスの裾を踏んで転んだり、飲み物をこぼしたりするなよ」
「お父様、わたしは子供じゃないのよ?」
「お前はたまにやらかすから心配なんだ……」
父の言う通り、たまに何かに気を取られているときに手元や足元の注意が散漫になることはあるが、さすがにパーティーでそこまでの失態は犯さない。
「お父様こそ、今日はベティ伯母様と一緒に行くんでしょ? 伯母様のことだからダンスをしたがると思うけど、大丈夫なの? お父様、ダンスへたくそだから……」
「う……」
いつも親戚筋の誰かを伴ってパーティーに出席する父だが、今回は王家のパーティーに行きたがったベティに押し切られて彼女を連れていくことになった。伯爵家以上にしか招待状が配られないため、エスター子爵家に嫁いだベティのもとには招待状が届かないのだ。
「伯母様の足を踏まないように気をつけてね。一回でも踏んだら、伯母様すごく怒るわよ」
「わかっている。……だから姉上とは行きたくなかったんだが、仕方がない……」
憂鬱そうにため息をついた父に苦笑しつつ、レナはパンと手を叩いた。
「とにかく夜のことは夜考えるとして、朝ご飯にしましょう! お腹すいたわ!」
父にああ言ったが、レナだって今日のパーティーで何かやらかさないだろうかと、本当は心配で仕方がないのだ。
レナは自分を落ち着かせるように、こっそりと深呼吸をした。







