婚約パーティーの夜 1
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(ああ、まずいわ……どうしましょう)
クレイモラン伯爵家の自室の窓から見える景色をスケッチしながら、レナは途方に暮れていた。
(日に日にクラウス様のことが好きになるわ……! どうしたらいいのかしら?)
六年前の婚約破棄のときに助けてもらってから、ずっと遠くからクラウスを見つめてきた。
冷ややかな氷の宰相。冷徹公爵。そんな彼だが、リシャールを前にするととても柔らかい表情をして、すごくきれいに笑うのだ。
しかも、ずっと完璧だと思っていたのに、怒り任せに幼い女の子から絵を取り上げてきてしまうような、抜けたところもある。さすがに三歳の女の子から絵を取り上げてきたと聞いた時はレナもあきれたが、逆にそれだけリシャールのことを大切に思っているのだと思うとキュンとなった。
クラウスの知らなかった顔を見るたびに、ただの憧れと封印してきた小さな恋心が、どんどん大きくなっていくのを感じる。このままだと抜け出せなくなりそうだ。
今日、午後から城へ行くことになっている。クラウスはレナが来ているときはほとんど毎回様子を見に来るので、彼とは一度は顔を合わせることになるが、ここ最近、クラウスの顔を見るたびに顔に熱がたまるのを感じていた。そのうちクラウスにこの気持ちを気づかれるかもしれない。
(そんなことになったら、お仕事もクビになるんでしょうね……)
クラウス目的でリシャールの側にいると思われてしまうかもしれない。そうなれば厳しいクラウスは、すぐにレナを解雇するだろう。
「はあ……」
どうにかして、感情を殺すすべを見つけなくては。
レナがため息をついた時、弟のアレックスが部屋にやって来た。
「姉上。こんなに高いチョコレートをもらってよかったの?」
アレックスの手には、メイドのキャサリンにアレックスのおやつに出すようにお願いしたチョコレートの箱がある。
「いいのよ。わたしはお城で美味しいお菓子をいただいているから、アレックスにも幸せのおすそ分けなの。給金もとてもたくさんもらっているし、気にしなくていいわ」
「そう? じゃあ、ありがとう! 父上にも分けてあげようっと!」
アレックスはぱっと笑顔を作ると、箱を抱えて出て行く。ぱたぱたと階段を駆け下りる足音がするので、今からダイニングでティータイムにするのだろう。
十二歳になって、最近少し生意気になってきたが、こういうところは素直で可愛らしい弟だ。
(弟は可愛いものよね。クラウス様がリシャール様を大切にする気持ちはよくわかるわ)
クラウスとリシャールの間にたまに感じる、どことなくぎこちない他人行儀な空気は気になるが、王族には王族の複雑な事情があるのだろう。
レナがスケッチを再開させると、今度は父が部屋にやって来た。
「レナ、アレックスから聞いたが、金があるならドレスの一、二着、新しく作ったらどうだ?」
アレックスが何を言ったのかは知らないが、父は給金をお菓子に使っていると勘違いしたのか、そんなことを言い出した。
「ドレスなんて、滅多にパーティーにも行かないのに、今あるだけで充分よ」
「だがなあ、まだ若いのに、あまりパーティーに同じドレスを着まわしていくのは……」
「若いって、もう二十二歳よ? 婚活のテーブルからは落っこちているわ」
「またそんなことを……」
「わたしの服より、アレックスの服を作った方がいいわ。成長期で、どんどん服が小さくなっていくもの。短いズボンを履かせるのは可哀そうよ」
「まあ、そうなんだが」
「それから靴もね。アレックス、また足が大きくなったでしょ?」
「そう言えば、靴がきついと言っていたな……」
「だから今度仕立て屋を呼んであげてくれる? わたしのお給金も出すから、少し多めに作ってあげてほしいの」
クレイモラン伯爵家は、特別貧乏と言うわけでもないが、裕福でもない。まとめてたくさんの服を仕立てるほどお金に余裕はないので、いつも一着ずつ仕立てていたが、今ならレナの給金があるので、まとめて数着の服を作ってあげることができる。
(アレックスの小さくなっていたズボンは全部入れ替えてしまいたいわ)
成長することを見越して、少しだけ大きめに作ってもらうといいだろう。
娘にドレスを買わせることに失敗した父は、すごすごと部屋から出て行く。肩を落としているが、頼んでおいたから、アレックスのために仕立て屋は呼んでくれるはずだ。
(パーティーと言えば、ジョルジュ殿下の婚約パーティーはもうすぐだったかしら?)
ジョルジュとアンリエッタの婚約パーティーは城で開かれると聞いている。伯爵家以上に招待状が配られるはずだから、そろそろ我が家にも来るはずだ。
(婚約パーティーかぁ……。ふふ、小さい子の婚約パーティーは、きっと可愛らしいでしょうね)
ジョルジュもアンリエッタも幼いので、すぐに退場するだろうが、きっと愛らしいに違いない。
レナは笑って、ぼんやりと窓外を見下ろした。







