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【書籍化】憧れの冷徹王弟に溺愛されています  作者: 狭山ひびき
冷徹王弟殿下の素顔

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青い鳥の絵 6

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 三日ぶりに登城して、レナがリシャールの部屋で絵の続きを描いていた時のことだった。

 何やら部屋の外が騒がしくなったと思えば、唐突に、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

 その大きな音に、さすがのリシャールも集中力が途切れたらしく、驚いたように顔を上げる。

 振り返ると、まなじりを釣り上げて立っていたのは、金髪を豪奢に結い上げた線の細い一人の女性だった。


(え⁉ 王妃様⁉)


 滅多に社交界に顔を出さないレナでも、王妃の顔くらい知っている。

 思わぬ人物の登場に、レナは慌てて筆をおくと、エプロンを脱ぎ捨ててその場で腰を折った。

 王妃はレナを一瞥しただけですぐに視線をリシャールに移す。


「リシャール殿下、ジョルジュが殿下に意地悪をされたと言って泣いたようですが、どういうことでしょうか?」


 リシャールは眉を寄せ、筆を持ったまま真っ直ぐに王妃を見返した。


「先日のことですか? ある絵がほしいと言われたので、これだけはあげられないと伝えただけです。ジョルジュはそれが納得いかず泣き出しましたが、意地悪で言ったわけではありませんよ」

「まあ! 小さな子供がほしがっているのですよ? たくさんある落書きの一枚くらい、あげたっていいではありませんか!」

(落書き?)


 リシャールが大切に描き上げた絵を「落書き」と言った王妃に、レナはカチンときた。しかし相手は王妃で、さすがに許しもないのにレナが口を開くのはまずい。


「ジョルジュが欲しがった絵をお出しなさい」


 与えられて当然だという顔で命じる王妃に、リシャールは筆をおいて立ち上がった。


「差し上げられません。お引き取りください」

「なんですって?」

「権力者は望めば欲するもののすべてが手に入ると、そう勘違いをしているのならば早々に正すべきですね。あなたも、ジョルジュも」


 表情の抜け落ちた顔で冷ややかに返すリシャールに、レナは驚いて目を丸くした。レナを前にしたときとも、クラウスを前にしたときとも違う、驚くほど冷ややかで威圧的な顔。


(本当に十歳の子供なの……?)


 十歳が作れる顔だとは思えなかった。それは、冷たくて、硬質で――背筋が震えるような、圧倒的な上位者の顔。

 王妃はキッとリシャールを睨みつけた。


「前王陛下に目をかけられていたからと言って、無礼ですよ!」


 王妃という立場にいる以上、リシャールよりも彼女の方が上の身分だ。しかし、正論を返した王弟に対して「無礼」だと宣う王妃の方こそ、無礼だとレナは感じた。


「なるほど。許可もなく部屋に押し入ってくるあなたは、随分と礼儀正しいようだ」


 リシャールの痛烈な嫌味に、王妃がぎりっと奥歯を噛む。

 リシャールの言っていることは正しい。けれども、これ以上は駄目な気がした。これ以上続けると、リシャールの立場が危うくなる。そんな気がする。


「あ、あの!」


 たまらずレナが口を挟もうとしたその時、「何事だ」と低い声が割り込んできた。


(ひ! 国王陛下⁉)


 開け放たれたままの扉から顔を出したのは、国王ジョージル三世で、レナはその場にひっくり返りそうになった。王妃だけでも心臓が縮みあがりそうだったのに、国王陛下まで登場とは、どうしたらいいのだろう。


「あなた!」


 王妃がこれ幸いとジョージル三世にすり寄った。

 リシャールを見ると、先ほどまでとは表情が変わり、どことなく顔色が悪いように見える。


「これは何の騒ぎだ。廊下まで声が響いているぞ」

「リシャール殿下がジョルジュに絵をくれないのです! 優しいあの子は近く婚約するアンリエッタに絵をプレゼントしたかったと言って泣いて泣いて……、あなたからも何とか言ってくださいませ!」

「なんだリシャール。絵の一枚くらいいいではないか。クラレンスにもクラウスにも渡しているのだろう? なぜジョルジュが相手だと断る」

「……ジョルジュが欲しがった絵には先約があるんです」


 感情を無理に押し殺したような平坦な声でリシャールが答えた。


「その先約とやらには、新しく別の絵を描けばいいだろう?」

「そう言う問題では……」

「幼い子供の願いなんだ。叶えてやってくれ」


 リシャールがきゅっと唇をかんだ。


(どうしてかしら、これ以上は駄目な気がするわ)


 よくわからないが、リシャールにはジョージル三世との会話が負担のようだ。ぎゅっと握りしめた拳が白くなっている。

 レナはリシャールをかばうように、彼の前に身を滑り込ませた。


「せ、僭越ながら陛下。ジョルジュ殿下がほしいとおっしゃった絵は、わたくしが描いていた絵でして……殿下は、わたくしに気を遣われてお断りになったのですわ」

「そなたは? ……ああ、いい。クラウスから聞いている。リシャールの絵の教師だろう? それで、その絵は?」


 ジョージル三世はレナの名前に興味がなかったのだろう。名乗ろうとしたレナを止めて、ジョルジュが欲しがった絵を見せろと言い出した。


「まだこのあたりの絵の具が乾ききっておりませんから、お気を付けください」


 レナは三脚からキャンバスを取り上げると、ジョージル三世に見えるように差し出す。


「この絵か。確かに子供が好みそうな絵だな。この絵は完成か?」

「はい。先ほど最後の仕上げが終わりました」

「では、これをジョルジュに」

「……兄上」

「なんだ。お前が描いた絵ではないのだからいいだろう?」

「ですから、先約が」

「同じものをまた描けばいい」


 ジョージル三世はそう言って、使用人を呼びつけて絵を持たせると、王妃を連れて部屋を出て行く。

 エルビスが扉を閉じて、気づかわしそうにリシャールを振り返った。

 リシャールが拳を握りしめたまま俯いて、「ごめん」とぽつりと言う。


「大切な絵なのに……取られちゃった」


 レナはリシャールの側に膝をついて、握りしめたままの手を両手で包み込んだ。


「大丈夫です。陛下の言う通り、また描きますから。だから、そんな顔をしないでください」

「でも……まったく同じ絵は、やっぱり描けないよ」

「そうかもしれませんけど、ほら、もう一度描いたら、次はもっとうまく描けるかもしれません」

「レナ……」


 リシャールはぐしゃりと顔をゆがめて、躊躇いがちにレナに抱きついた。


「ごめん……レナ……」


 レナはリシャールの小さな背中に両手を回して、「いいえ」と微笑んだ。




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