仕事もらいました 7
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本日2回目の更新です!
クラウスが何かを画策していたころ。
レナはリシャールと、美術館の話で盛り上がっていた。
「先月の若手画家のコーナーに、すごく素敵な絵があったんですよ! 合わせ鏡の絵なんですけど、すーっと中に吸い込まれそうな、びっくりするほど不思議で綺麗で、それでいてミステリアスな絵でした!」
「え、いいな! 僕も見たかった!」
リシャールがきらきらと目を輝かせながら、少しだけ唇を尖らせる。その仕草がすごく可愛くて、レナはきゅんと胸の奥が締め付けられた。
リシャールがレナの存在に気が付いたのは、クラウスが会議のために席を立って十五分後のことだった。
ソファに座っているレナにリシャールは驚愕したが、レナが自分の名前と事情を話すと、リシャールはすぐに合点したように頷いた。
――兄上が僕のために迷惑をかけたみたいでごめんなさい。
そう言って困ったような顔をするリシャールは十歳の年齢の割に大人びて見えて、レナは違和感を覚えたものだ。
しかしひとたび絵の話になるとすごく夢中になって、それが可愛くてレナがいろいろな話をすると、最初はどこか作りもののように見えていたリシャールの表情が子供らしいそれにかわった。
よほど絵が好きなのか、レナの話の些細な一言さえ聞き漏らさないようにと、真剣に耳を傾ける。
話はレナの絵の話に移って、あの空はどこで見たのかとリシャールは訊ねた。
「あれは、うちの領地で見たんです。秋から冬に移り変わる季節で、すごく綺麗だったので、いつか描こうと心に決めていたんですけど、少し記憶が曖昧になっていたので、現実の空とは少し違うかもしれません」
「でも逆にそれが素敵な絵になったんだと思うよ! 現実の空のようでいて、違う世界の空を見ているような、不思議な気持ちになった」
「本当ですか? わたしのポンコツな記憶力もたまには役に立つんですね!」
レナがくすくすと笑うと、リシャールが「ポンコツなんて言ったら自分に失礼だよ」と真面目腐った顔で返した後で、楽しそうに笑い出した。
「他にはどんな絵を描いたの?」
「そうですねえ……うちの、馬車の馬の絵とかは何枚もスケッチしました。うちの馬、イケメンなんですよ。こう、きりっとしてて」
「馬がイケメンってはじめて聞いたよ!」
「本当ですって。目元がキリっとしてて鬣がふさぁっとしてて、ほかの馬にモテモテなんですから!」
「なにそれ! 見てみたいんだけど!」
「どうぞどうぞ、いつでもいらしてください! うちの馬も喜びます!」
「いいの? じゃあ行こうかな!」
リシャールがそう言ったとき、彼の部屋の扉が控えめに開かれた。
「リシャール」
顔をのぞかせたクラウスが呼びかけると、子供らしく笑っていたリシャールの表情がわずかに変わる。表情を作ったのが、レナにはすぐにわかった。
(不思議……兄弟なのに、少し距離感があるのね)
クラウスは間違いなくリシャールを気にかけている。すごく大事にしていることもわかる。けれども、どことなく他人行儀に感じてしまうのは、リシャールの子供らしくない表情のせいだろうか。
クラウスもそれに気づいているのか、注意して見ていないとわからないくらい、ほんのわずかに表情を曇らせて部屋の中に入って来た。
「盛り上がっているようだな」
「うん。レナを連れて来てくれてありがとう、兄上」
「どういたしまして。少しレナと話があるんだが、彼女を借りてもいいだろうか?」
「もちろん」
聞き分けのいい子供の見本のような受け答えでリシャールが頷くと、クラウスはレナに部屋から出るように告げる。
どうしたのだろうかと首をひねっていると、そのまま元のクラウスの部屋まで連れて来られた。
「話の最中にすまない。折り入って君に相談があるんだ」
「相談ですか?」
クラウスのような高貴な人が、名門でも何でもない伯爵家の娘に改まってどうしたのだろう。
「書類を」
クラウスが声をかけると、部屋の中にいた彼の側近が一枚の書類を持って来る。
テーブルの上に置かれたので何気なく見ると、それは雇用契約書だった。
「君を雇いたい。そうだな、弟の絵の教師という立場でどうだろう。君も忙しいだろうから、仕事は週に二回、午後から三時間程度でかまわない」
「わたしには人に教えられるような技量はありませんよ?」
むしろ、リシャールの方が何倍も絵がうまい気がする。彼に教えられるようなことは何もない。
「技術的なことを教えてほしいわけではない。ただ、リシャールと一緒にすごして、一緒に絵を描いてくれればそれでいい」
「は、はあ……」
それのどこが教師なのだろう。ますますわからないが、クラウスは冗談を言っているように見えなかった。
「報酬は一日あたり金貨一枚でどうだろうか」
「金貨一枚⁉」
「安いだろうか」
「まさか!」
むしろ高すぎる。どこの世界に、三時間絵を描くだけで金貨一枚を支払う人がいるだろう。
唖然としていると、クラウスはその額で問題ないと判断したようで、側近にペンとインクを用意させた。
「内容に問題がなければこれにサインを」
「え、ちょ……」
まだ引き受けるなんて言っていないのに、クラウスは何が何でもレナを雇いたいようだ。
(何これ。夢? こんな都合のいいことが起こるはずがないわ……)
レナは仕事を欲していた。そして用意された仕事が、信じられないくらいに賃金が高くて待遇のいい仕事。しかも相手は王弟殿下。何が起こっているのかさっぱりだ。
「頼む、君の力が必要なんだ」
迷っていると、クラウスがそんなことを言って畳みかける。
憧れのクラウスに頼まれて、レナが断れるはずがない。
「わ、わかりました。でも、本当に、わたしは大したことはできないですよ……?」
「構わない。リシャールと一緒にすごしてくれればそれでいい」
サインを、と言われて、レナは震える手でペンを握った。
(何かしら……今日はもしかしなくても、人生最良の日だわ!)
憧れのクラウスに会えて、仕事も見つかり、その仕事がほかにないくらいの最高の条件ときた。
レナはどこかぼーっとしながら、契約書に、震えて少しいびつなサインを書いた。
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