第七十三話
「やめろ! 繰原君! やめるんだ! ——効果を表せ」
今更こいつに情けをかけてやる理由はない。
鳳凰院の身体中からあらゆる力が放出された。
炎、水、風、岩、光、闇。
鳳凰院らしからぬ、ただ力を暴走させているだけの攻撃だ。
だが、脅威であることには変わりない。このまま放っておけば、避難したエルフたちどころかメトカーフ王国も消し炭になってしまう。
俺はコルハジャにココの防御を任せる。俺は自分の体をヒールしてもらいながら、悠々と鳳凰院のコアを壊せる位置につく。
喜びと興奮で俺は痛みを感じなかった。いや、痛みなんて無視できた。俺の皮膚が剥がれ、再生し、骨が折れ、修復される。
「ははは、はっはっはっ!」
思わず笑ってしまう。子供だった俺にはどうしようもなかった理不尽を、この瞬間まで感じ続けていた鬱屈を晴らせるのだから。
俺は拳を思いっきりコアに叩きつけた。
コアにヒビが入った感触が手に伝わってくる。
何度も何度も無心にコアを殴り続ける。
すると、俺の手が何者かによって掴まれた。
俺はそれを振り払おうとする。
「……クリハラ、それ以上壊してしまうと、ホウオウインを神にできませんよ。そんな、そんな顔をしないでください」
いつの間にか鳳凰院の攻撃は止んでおり、完全に動きを止めていた。
ココは涙を流しながら俺のことを見ている。
「クリハラは淡々と何でもこなしてしまうんですよ。どんどん強くなって、どんな敵でも倒してしまうんですよ。だから、そんな顔をしないでください」
俺の頭の中でまた、ココの「復讐は似合わない」という言葉が再生された。
俺はどうしてかわからないが、拳を解いてココの頭に載せた。
「ごめん。怖がらせたな」
「いいえ、ちょっと悲しくなっただけです」
なんで悲しまれたのかがわかるような気がした。
俺たちは鳳凰院が完全に停止しているのを確認して、地面に降りた。
戦っている最中は気が付かなかったが、ルーナリア王国は鳳凰院の攻撃で悲惨なことになっていた。高く聳えていた石の塔はあらかた崩れてしまっている。遠くにある塔は崩れていないみたいだった。
神々は戦う前に立っていた位置と変わらない場所に立っていた。
ただ、エルフの神は頭を抱えていた。
俺たちが近づいていくと、神々は拍手をして迎えてくれた。
「よくやったねっ、流石私の選んだ勇者! 殺しちゃうんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたけどっ」
「すみません」
「謝ることじゃないよっ。この世界を救ったと言っても過言じゃないんだからねっ」
エルフの神以外は俺たちを褒め称えてくれた。
「めちゃくちゃにしてくれましたね……人間の神として責任をとってくださいよ」
エルフの神は顔を真っ青にしている。
「そりゃ勿論だよっ。あの子が目覚める前に神にしちゃおう。そうしたら私は引退だよっ」
タルマハジャ神は動かなくなった鳳凰院の方まで歩いていく。首にかけているペンダントを外すと、鳳凰院に向かって投げた。
「今回はエルフちゃんの会議文書が発動したけど、人間が発動したんだし、私が交代で良いよねっ」
神々は全会一致位で賛成した。
「じゃあ、権限はほぼ引き継がないことにしよっと。ただ世界を維持する部品になってもらうからねっ」
タルマハジャ神は鳳凰院に向かってそう言った。
「これで今回の会議は終了だね。解散!」
タルマハジャ神がそう言うと、神々は別れを告げながら姿を消した。タルマハジャ神が投げたネックレスが消滅したかと思えば、人の形を作っていた魔石がバラバラに分解した。
魔石の山の中から小さな主が姿を現して、俺たちのいない方へ逃げていった。
「あ、ちょっと待ってください!」
ココがテレポートして主を捕まえた。
「クリハラ、壊してください」
「そうだな」
俺は主を思いっきり地面に叩きつけて破壊した。まだ少し残っている緑色のコアを粉々になるまで踏みつけた。
「確かにそれは危険だねっ。壊して正解だよっ」
「タルマハジャ神は、その、どうするんですか?」
タルマハジャしんはコロコロと笑った。
「私はもう神じゃないから、タルって呼んでよっ。今はもう、魔物でもなくただの人間だしねっ。今後はメトカーフで厄介になろうと思ってるよっ。君はどうするのっ?」
「俺は……」
俺はこれからどうするのだろうか。
今まで生きる目的になっていた「復讐」を終えてしまった。永遠にそれを目的にした日々が続くと思っていた。
「クリハラは、家に帰って家族を救ってあげるのが良いと思います。運よく世界を繋ぐ扉は開いたみたいですしね」
……家族を救う、か。今までそれができることだとは全く思っていなかった。でも今ならできる気がする。
「そう、そうだな。俺は地球に帰って、今まで向き合ってこなかった問題を解決しようと思います」
「そうっ。なら私の中に残った最後の神の力で、異世界への道が見えるようにしてあげるっ」
タルが指を鳴らすと、目の前に、いつもココが空ける空間の穴を巨大にしたような穴が現れた。
その穴には、もはや懐かしい日本の風景があった。鉄骨のビルディングが見える。
「もうすぐ閉じちゃうから急いでねっ」
俺は寂しそうに笑うココの顔から目が離せなかった。
「俺は向こうに行くよ。今までありがとう、ココ」
「良いんですよ。私もクリハラと会えて、自分が肯定されたような気がしましたから。ほら、早く行ってください」
俺はココを抱き寄せた。現実を見ずにただ、復讐心だけで生きていた俺を変えてくれたのはココだ。できるならこの世界に留まりたい。でも、それではココを否定したことになってしまう。
ありったけの感謝を伝えるために俺は腕の力を強めた。
「痛いですよ。ほら、早く行ってください」
「すまん……わかった。本当にありがとう」
「そ、それ以上言わないでください」
ココは顔を腕で拭った。
俺は穴の方を向いて振り返らずにそのまま足を踏み入れた。
俺の体をとり巻く空気がわかったのがわかった。重く、動きにくいような気がしたが、懐かしい雰囲気だ。
車のエンジン音と、革靴がアスファルトを踏む音が聞こえてくる。




