第五十九話
「ばかね。こんなに簡単にだまされるなんて」
ルルが俺の顎を手でつかんで持ち上げた。強制的に目を合わせられる。
俺を嘲笑う顔には幼さが一ミリたりとも残っていない。
「油断しました……。私がもっと強く言っておけば……エルフの年齢はわかりにくいですから」
エルフの寿命が長いというのは聞いたことがある。実際の見た目よりも遥かに年齢が上なのだろう。
「いいや、俺も警戒しなさすぎた」
俺たちは男に抱えられて、森の奥へ連れていかれた。抵抗しようにも体全体にツタが巻き付いて身動きが取れない。
「俺たちをどうするつもりだ?」
「お客様になるか、今夜の夕食になるかは、まだ決まってないな」
言っている意味が分からない。ただ、今すぐ殺されるわけではないことは分かった。
高くそびえたっている大木の枝に、球体がぶら下がっている。丸い穴が開いており、そこからは光が漏れ出している。たまにそこからエルフが顔をのぞかせていた。
どうやらダークエルフたちはツリーハウスに住んでいるみたいだった。
ルルが先導して、一際大きい木にひょいひょい登って行った。
俺たちを抱えながら登っているのだから相当な脚力だ。
木の頂点にある巨大な球体にまで連れてこられた。メイド服を着た女の子が扉を開いて一礼した。
中は暖かい暖色の光で満たされている。
奥に巨大な椅子があり、側面にはいくつもの旗が掲げられていた。
メトカーフ国王のいた部屋に似ている。謁見用の部屋なのだろうか。今から俺たちはダークエルフの長に会わされるのかもしれない。
俺たちは床に放り投げられた。
「痛っ……」
ルルが悠々と巨大な椅子に向かって歩いて行った。
まさか、な。
「ようこそ、我が国へ。女王直々に迎えに行ったんだから感謝しなさいよね」
そう言ってルルは椅子に深く腰掛けた。
どうやら、俺たちはダークエルフの女王に招待されたみたいだった。
ルルは勝ち誇った表情で俺たちに遭遇してからのことについて説明した。
ルルは俺たちを連れてくるためにメトカーフ王国に向かっている最中だったらしい。
そこに俺たちは運よく、いや、運悪く遭遇してしまったということらしい。
湖でタツノオトシオヤと遭遇したのは、わざと遭遇するようにルルが船を進めたかららしい。俺たちが戦っている様子を見て、力を測っていたそうだ。
「どういうつもりなんだ、ルル!」
ルルはにやりと笑う。
ココは何も言わずに睨みつけている。
「おい、失礼だぞ」
男のダークエルフが俺に叱責した。
「まあまあ、よしなさいよ。お客様、なんだからね」
男は敬礼をして、部屋の隅に退いて行った。
「ココ、スキルで逃げるんだ。俺のことは放っておいて良いから」
「すみません。タツノオトシオヤとの戦闘で使いすぎてしまいました」
ただでさえ長距離移動をした後だったからな。仕方がないな。
「それも想定済みよ。丘の魔女さん」
ココは、はっと息を飲んだ。どうやら知り尽くされてしまっているみたいだ。
「じゃあ、早速これを見てもらいましょうか。我々の指導者、「鳳凰院さま」からのメッセージよ——効果を表せ」
ルルはソフトボールくらいの陶器を俺たちの前にまで転がした。
そこから窓ガラスみたいな透明な四角形が飛び出して、空中に浮かんだ。スマホ程度の大きさだ。
「これは映像念写記憶装置……」
ココの反応からして珍しいものらしかった。
四角形に色がついていき、人の形に変形した。
鳳凰院……⁉
薄っぺらく、アクリルスタンドみたいだが、紛れもなく鳳凰院だった。
漆黒の髪に金色の瞳。
「やあ、繰原くん。見えてる? SNSのない世界は不便だよね~。まあ、それは置いておいてさ、ボクのところに来る気はない? 君に会議文書を発動させる力があるって聞いたんだ。あと、巫女も一緒にいるんだろ? 悪いようにはしないから来た前よ。君のお父さんにもう一回、あの工場で働けるチャンスを上げても良いよ。返事はそこにいるエルフに言うと良い。あ、ボクの目的を言うのを忘れていたね。ボクはすべての神を呼び出してそいつらを屈服させてこの世界を乗っ取ろうと思っているのさ。それじゃあ、良い返事を期待しているよ」
鳳凰院の声が耳に入るたびに頭に血が上るのが分かった。冷静さを取り戻さなければ、息を大きく吸って大きく吐く。だめだ。
父にチャンスをやるだって? あそこは元々父親の工場だ。ふざけるなよ、あいつは俺が仲間になってくれるほどのことしかしていないと思っているんだ。
工場を買収した理由も、幼かったあいつが父親にねだったからだったというのに……。
「クリハラ、大丈夫ですか? こんな提案、飲むはずがないでしょう!」
ココが俺の代わりに答えてくれた。俺の答えはもちろんNOだ。
「当たり前だ……ふざけるな。俺はあいつを殺したいくらいだ」
ルルは汚物でも見るかのように俺たちから目をそらした。
「ふん、つまんないわねえ。あの方から直接誘ってもらえてるってのにもったいない。あんたたち、こいつらはもういらないから殺しちゃいな」
俺たちをここまで連れてきた男たちが、剣で俺たちを斬りつけようとしているのが分かった。
——殺される。




