第四十二話
「なんで俺の名を知ってるんだ?」
「いやいやいや、知らないよ。そういえば名前を聞いていなかったね。教えてもらえる?」
ごまかされたか。
「俺の名前はクリハラだ。お前は?」
「クリハラ君、ね。承知したよ。私はハーメルンと呼ばれている」
「俺たちに幻想を見せたときにも言ってた気がするが、スキルの名前か?」
「そうだ。では行こうか」
ハーメルンといえば、ハーメルンの音楽隊だが、人を誘惑する幻想を作り出せるスキルにぴったりな名前だ。
俺は必死にペダルを蹴っているココに話しかけた。
「ココ、俺たちを連れていきたい場所があるみたいなんだ。行こう」
「はあ、はあ、はあ、もうちょっと、もうちょっと待ってください。今から歩くのは無理です」
名前を呼んでしまってから、お互いの偽名を決めておくべきだったな、と気が付いた。まあ、店に入ってすぐにココは酔ってしまっていたし、姉にも遭遇したのだから、仕方がない。
やっぱり素性を知られようのない俺だけで乗り込むべきだったかもしれない。もう後の祭りだけれど。
ココは汗を大量に流しながら、床に突っ伏していた。
しばらくして立ち上がった。
「もう大丈夫です。行きましょう」
俺たちは遊技場まで上がり、外に出た。外には馬車が停まっていた。準備が良いな。座席は地球の車と遜色ないクッション性があって快適だった。
馬は魔石で制御されているらしく、手綱がそもそもない。
発車したみたいだが、ほとんど揺れることなく進んでいく。
ハーメルンがいるせいで妙にしゃべりにくい。
特に会話もないまま、目的地に到着したみたいだった。
「ついたぞ」
「どこなんだここは?」
「教会だよ」
周辺にある建物よりも格段に大きい、三角屋根の建造物がある。
頻繁に人が出入りしているようだ。
「合同教会……」
ココはこの教会のことを知っているみたいだった。
「正確には、十神会議合同教会、だよ。かつて神たちが一堂に会して、この世の理を定めたと言われているね。まあ、こんな話誰でも聞いたことがあるとは思うが」
そんな場所で俺に何をさせるというのだろうか。場合によっては、逃走しよう。
俺たちはハーメルンに連れられて、教会の中に入った。仮面を見て顔をしかめる人は多かったが、遠巻きにされているだけで直接何かを言われたりすることはなかった。怖がられているのだろう。
教会の中はステンドグラスと、通過した光で地味ではなかった。
柱が並び、信者が祈るための長椅子が並んでいる。ヨーロッパでよくありそうな教会だが、明らかな相違点がある。
円卓の周りに巨大な椅子が十脚ならんでいる。
これが、神が会議を行った会場か。
「じゃあ、会議文書を取りに行くから少し待っててね。幻覚ハーメルン」
何の前ぶりもなく、ハーメルンはスキルを発動した。司祭や修道女、祈りに来ていた信者、俺たちを除く全員が惚けた顔をして、動きを止めてしまった。
そうか、このスキル、戦う意思さえ奪えるのか。かなり強力だな。出来る限り戦いたくないものだ。
「仮にも、教団に所属しているのに、こんなことをしても良いのか?」
「反論はできないね。でも、いくら倫理に反していようと、世の中のためになるなら実行するべきだ」
それには全面的に賛同できるが……世のためになるのかはまだわからない。正しいかどうかはまだ決まっていない。
ハーメルンは円卓の奥にある、書架にまで歩いていくと、本の背を撫で始めた。すると本棚が開いて、空間が現れた。
この国は隠し部屋が多いな。
ハーメルンは遊技場の地価にあった石板と似た板を脇に抱えてながら、隠し部屋から出てきた。
つかつかと歩いて、俺に石板を差し出してきた。
「さあ、発動してみてくれないか?」
気楽に言われても困る。
「何が起こるんだよ?」
「末端が知る必要はない」
組織の末端だからって、説明をしないのは正しくないな。
「説明してくれたら、発動するかもな」
「仕方がないなあ。幻覚ハーメルン」
——スキル⁉ まさか俺たちにまで使ってくるとは。
俺もスキルを発動して抵抗しようと思ったが、身体から力が抜けてぼんやりしてくる。
羊が一匹羊が二匹羊が三匹羊が四匹……
俺の視界が羊で満たされていく。眠らせる気か?
まだ羊で埋まり切っていない視界の隅で、ココも呆然としているのが見えた。テレポートは発動出来なさそうだな。
俺の視界を埋め尽くす、羊たちが俺の方をいっせいに向いた。
(……効果を表せ……効果を表せ……効果を表せ)
「こ、効果を……表せ」
気が付けば言ってしまっていた。
視界と思考が正常に戻ると、ハーメルンは光り輝く石板を頭上に掲げていた。
何が起こるのか分からないが、発動させてしまったらしい。




