第二十九話
地面から飛び出したゴリクラブは、さっき戦った奴らより一回りも二回りも大きかった。筋肉が隆々と盛り上がり、血管が浮き出ている。鋏で挟まれれば、俺の身体なんて真っ二つになるだろう。
こんな奴に勝てる未来があるのか。でもここで止めなければ村人が虐殺されてしまう。冒険者のベテランでも俺と同じレベルらしいから、俺が止められなければ誰も止められない。
「ウホオオオオオ!」
雄叫びの音圧も違うな。
鋏を広げてゴリクラブは俺に突進してくる。固い部分に攻撃が効かなければ、柔らかい部分を狙えば良い。
ギリギリのところで攻撃を避けて、懐に潜り込む。その瞬間にみぞおちに拳をぶち込む。手ごたえはあるが、相手は一歩も後ずさらない。
そのまま連打。これだけやればさすがにダメージは通っているだろう。
「ウホ?」
体に衝撃が走って、いつの間にか風景が前方に吹っ飛んでいた。ゴリクラブは右足を宙に浮かしている。見えない速度で蹴られたらしい。
俺はグリーンを転がるゴルフボールみたいになった後に、停止した。
「くはっ……」
口から血が溢れてくる。内臓が傷ついたみたいだ。激しい腹痛を抑えて立ち上がる。
(コル、魔法でどうにかできないのか?)
(そこまで強い攻撃はできないぞ。じゃなかったらスキルを使って皆戦っておらんからな。回数は限られているが、回復はできる)
(頼む。俺の住む世界では人を何百人も乗せて空を飛ぶ鉄の塊がある)
(それはすごいな。魔法もないのにな。いいだろう、回復してやる。こう言うと良い。「ヒール」とな)
「……ヒール」
体が緑の燐光に包まれ、痛みが引いていく。これでまた戦える。
余裕の表情で突っ立っているゴリクラブのいる場所まで走る。
次で決める。回復にも限りがあるとコルハジャは言っていたから、何度もチャレンジできるわけではない。
飛んでくる鋏を避けて、蹴りを警戒しつつ懐に潜り込む。今度はパンチよりも威力の出る蹴りをみぞおちに食らわせる。何度も何度も。
ダメか……そう思うっていると。ゴリクラブの胸辺りから何かが飛び出してきた。
——鋏⁉
体のどこからでも鋏を出せるのか⁉
気が付いた時にはもう避けられない距離に迫られていた。腕で体をかばうが腕の骨ごと貫かれてしまうだろう。
……だめか。復讐することも、誰かを守ることもできずに俺は死ぬのか。いや、ココの言うことを聞いて村人たちが逃げてくれていれば、救えたことにはなるのか。
でも、俺の気持ちは、父親の、家族の気持ちはどう救われるんだ。
脳裏に、「繰原衣類工場」の看板が「鳳凰院グループ」に塗り替えられていく記憶が頭によぎった。
これが走馬灯か。
死ねるかよ。
目を開けると、鋏は俺の腕を貫通することなく止まっていた。
「は?」
俺の腕は、人間のそれではなくカニの鋏に変わっていた。
透明のシールドが展開されていたが、それは貫かれていた。
(このシールドを破ってくるとはな、すさまじい力だ……、とりあえず死ななくて良かったぞ、相棒)
(コルがシールドを張ってくれたのか?)
(そうだ。今回はチャラにしておいてやる。お前が死んだら、我はまたジャンク品売り場に戻らなければならない故な! それにしてもその腕……見たところ、スキルが進化したみたいだな)
スキルが進化? 俺のスキルはエナジーコピーでカニとはなんの関係もないはずだが。
(どういうことだよ)
(スキルは使用練度に応じて進化することがあってな。大体3~4段階あるんだが、その二段階目ということだな。相手の生命エネルギーをコピーするということは相手自体をコピーすることにつながっても不思議ではないだろう?)
不思議な気はするが、そういうものか。
とりあえずこれで相手と対等な立場と武器を手に入れたわけだ。だったら、ここからレベルが上がりやすい俺の方が有利だ。戦い続ければ勝つ。
「いくぞ、ゴリクラブ!」
「ウホ⁉」
攻撃を腕で受け止めながら相手の脳天を掴んで力を籠める。ぎりぎりと両刃が食い込んでいく。暴れているが続けていると大人しくなって、白目を剥いて倒れた。
よし。このまま間髪入れずに、主の魔石を壊してしまおう。俺の体力も限界に近い。
(なぜだ……並の人間なら絶対に倒すことができないはずだぞ! やめろ! また吾輩は人間にっ!)
(悪いな、人間が傲慢でどうしようもない生き物だってことは知ってるけど、ましな奴らはいるんだよ。そいつらを守るためにお前を止める)
俺は鋏で主の岩を砕いて、露出した魔石を挟んで砕いた。
(うおおおおおおおおお!)
主の断末魔は弱弱しかった。
魔石のかけらの一つに岩が集まって、踏みつぶせそうな主がまた出来上がった。
(いつか絶対に復讐してやる! 覚えておけよ)
そう言って、細い四本脚で逃げて行った。
(コル、あれはほっといて良いのかな?)
(あの状態なら数千年は人間一人殺せないだろうさ)
それなら良かった。まあ、あいつも朝比奈の被害者だし、見逃してやるか。
鋏が消え、俺の腕が人間のものにもどった。
急激に眠気が襲ってくる。
俺は身体が倒れていくのが分かった。




