第十七話
全力で追いかけてココの肩を掴んで捕まえる。
「ちょっと待てよ」
「何ですか? 急いだ方が次の依頼を受ける時間が長くなりますよ」
「理屈はわかるけど、到着する前に疲れたら、どうするんだよ、ここから何時間かかかるんだろ?」
瞳孔の開いたココの目がだんだん普通に戻ってゆく。
「たしかに一理ありますね、交通機関を使うのにもお金がかなりかかりますからね」
それから数分後にココは息を切らし始めた。とんでもない量のアドレナリンが分泌されていそうだ。
これだけお金に執着があるのに、よく俺に色々買ってくれたな。それほど、回収できるお金も多いと思われているのかもしれないが。
俺が「守り」付きだと知った時の涙は、自分の投資が成功する可能性がたかまったからなのだろうか。
街並みはカフェのあった場所よりも豪奢ではないが、背の低い並の住宅街が続いていた。ただ色とりどりである点は変わらない。
街を歩く人の中にも亜人が混じるようになってきた。
「この国は、地域によって亜人の多さが違うんだな」
「……そうですね。あまり良いことだとは言えませんが、中心になればなるほど人間の方が多くなるのがこの国の特徴です」
「それはやっぱり差別とか、なのか?」
「差別というよりかは恐怖、でしょうか数十年前まで我々は種族同士でかなり争ってましたから。もともと人間の国だったメトカーフ王国では自然とそうなってしまうのです」
日本にも似たようなところはあるかもしれない。
グダグダと取り止めもないことを話しながら歩いていると、周りが牧場や田畑に変わり始めた。大きな川も見える。あそこから水を引っぱってきているのだろう。
牧場では見たこともないような生物が飼育されている。
久しぶりの、のどかな雰囲気に思わずため息が出た。気温は程よく暖かく、涼しい風が頬を撫でていく。
天に浮かぶこの恒星も太陽と呼ばれているみたいだった。
そこから休憩を交えながら歩いていくとかなり高い山が見えた。幼い頃に見た富士山くらいの威圧感はある。
「あれがケルシャ山ですね。あそこには伝説の生き物がいて、周りの生物達を治めているという伝説があるとかないとか」
「ふーん」
どの世界にも民間伝承みたいなものはあるのだろう。
ぽつぽつと、小さな家々が見え始めた。石造、木造、ばらばらだ。
山の麓だからだろうが、坂が多い。
「村長の家はどこだろうな」
「それは村民に聞いたほうが早いでしょうね」
畑仕事をしている黒く肌の焼けた、30代ぐらいの男の人に俺達は声をかけた。短髪と白い歯を見せる笑顔が特徴的だ。赤い紋様の入った白い上着を着て、黒の長ズボンを履いている。長靴がよく似合っている。
「どうした、旅人さんかい?」
渋い声だ。ネットの世界では「イケボ」なんて言われる部類の声だ。
「いや、冒険者ギルドからきました」
「そうかいそうかい! シープローチの件だな?」
俺が頷くと、男は白い歯を見せて笑った。
「きてくれてありがとう。歓迎するよ。私の名前はグルード、よろしくな」
「「よろしくおねがいします」」
俺達は二人で頭を下げる。グルードさんは畑から出てくると、その足で村長のいる家へ案内してくれた。
「この村は農村でね、メトカーフ王国の食糧の一割を担っているんだ」
「それはすごいですね」
この国がどれぐらいの大きさなのかはわからないが、国の一割の食糧を一つの村が担っているというのはとてつもないことではないだろうか。
「ありがとう。だからこそ、農業に頼り切っているからこそ、シープローチに荒らされたら一大事なんだ」
まるで自分自身なことなようにグルードさんは表情をコロコロと変えた。
シープローチは農作物を食い荒らしてしまうのだろう、日本でいうところの猪のような存在だろうか。
戦闘を仕事にしていない村民達のレベルが高いわけがない。シープローチにされるがままになるしかないのだろう。だからこそ冒険者ギルドに依頼を出したんだ。
「俺たちも全力を尽くします」
「はっはっは、期待してるよ」
そう言って俺の背中を叩いた。
村長の家は村長らしく周りよりも二回りくらい大きい、ドーム状の建物にあった。雪の、
かまくらみたいな形をしている。色は全体的に灰色だ。
両開きの扉の前に立って、グルードさんは設置されている魔石に手をふれた。
鈴を鳴らしたような音が響く。
扉が開くと、中からはメイド服に身を包んだ20代前半くらいの女性が出てきた。
「ショーレム村長に何か御用でございますか?……あら、グルード様ですね。そちらのお二人は?」
「ああ、冒険者のお二人だ」
「繰原匡です」
「ココと言います」
ココは冒険者ではないが、わざわざ説明することではないだろう。
「私はメイドのルイと言います。いごお見知り置きを、ではこちらへ」
メイド服を着た女の子が客引きをしているのを見たことがあるが、本物のメイドは初めて見た。
俺はルイさんの案内で村長宅に足を踏み入れた。