推理4
大鳥さんの跡を追って歩くとそこは砂浜の端、旅館の崖下だった。
「あったな。アレだ、俺が怪しんでいるのは」
そう言って指差す先には排水口があった。人の背の遥かに上、崖の半分よりも上。旅館の地面からは二メートルくらいの位置に存在しており穴の中はよく見えない。
大きさは直径二十センチ程だろうか。高い位置からゆっくりと水が流れ落ち、海へと還ってゆく。
「あれって温泉の排水ですか?」
「ええそうです。そのまま流すのは海の水質に良くないので、流せるようにろ過処理をしてから流しています」
切り立った崖の下には立ち入り禁止の看板が立てられており、砂浜から先へは行けないようになっていた。
「なぁ、どうしてここは立入禁止なんだ?」
看板の前で足を止めた大鳥さんは清水さんに聞く。
「温泉を入れ替える際に、勢いよく水が出るんです。急に高い所から大量の水が流れるので、もし下に居たら危険なんですよ」
清水さんの答えに大鳥さんは納得したのか、それ以上聞こうとはしなかった。
「よっこいせと」
否、納得していなかった。大鳥さんは立ち入り禁止の看板を避けて、崖の下へと入って行った。波に足を取られないように、崖に張り付く様に進む。
「お、大鳥さん! 危ないですよ! 戻って下さいっ!」
清水さんが慌てて追いかけようとするが、俺はその肩を掴んで制止する。
「俺が行きます、清水さんは何かあった時の為に待機していて下さい」
「わ、分かりました」
ズボンの裾をグッと上に押し上げ、上着を脱ぐ。大鳥さんの跡を追い、崖沿いに海の中へと入っていった。
思ったよりも海が深い。浅瀬だというのに、一歩踏み出せば全身が浸かりそうな程の高低差がある。前を歩く大鳥さんも、落ちないよう慎重に進んでいる。
「この上だな」
大鳥さんが見上げると、真上に丸い排水口が見える。水量は少ないが、高さがある為水面に大きな飛沫を上げて落ちてゆく。これは確かに、水量が多くなると危ない。
「大鳥さん、危ないので戻りましょう」
「大丈夫だ、長居はしない。……何か見えるな」
大鳥さんは目を凝らす。俺もそれに習いよく見てみると、排水口の淵に何か金具の様なものが光っていた。
「登るか」
「えっ?」
大鳥さんはそう言って崖に手をかける。止める間も無く、ひょいひょいと器用にも、数メートルある崖を登って行ってしまった。
「す、すごいな……」
俺は大鳥さんを見上げる。
「登攀用の金具だな。誰かが此処を登ろうとしていたのか……。ん? この跡は……」
その時、排水口から勢いよく水が噴出した。
「うおおおっ!?」
「お、大鳥さんっ!?」
大鳥さんは咄嗟に避けるが間に合わず、飛び出して来た水を肩で受け止め、崖から吹き飛ぶ。そのまま大きく弧を描いて海の中に落ちた。
大鳥さんはカナヅチだと言っていた。深い所に落ちてしまったのか、なかなか水面に上がってこない。
俺は大鳥さんが落ちた箇所へ飛び込む。陸のすぐ側だというのに中々深い。大鳥さんは海底にうつ伏せになって這っている。俺は大鳥さんの胴体を抱えると、海面に向かって泳ぐ。
「はっ、ぷはぁっ! ……大鳥さんっ、大丈夫ですか!?」
俺達が海面に上がると同時に救難用の浮き輪が投げ込まれる。清水さんが取りに行ってくれたらしい。
浮き輪を大鳥さんに掴ませようとすると、手に何か持っている事に気づく。
「見つけた」
「え?」
「見つけたぞ、死体の在り方を」
「これを見ろ」
大鳥さんの手には乳褐色の物体が握られている。これを見た事があるような。つい最近。
「骨だ。この下にゴロゴロ埋まっているぞ」
そう言って大鳥さんは海の中を指差す。水面に横向きに持っていたペットボトルを押しつけてゴーグル代わりにする。
「これは……!」
深くなった水の底、そこには白い、人骨の様な物が複数埋まっていた。
浮き輪にしがみついた大鳥さんを砂浜まで押し運ぶ。俺も大鳥さんも頭まで海に浸かってしまい全身ずぶ濡れだ。髪から雫が滴り落ちる。
陽射しが出ているとはいえ四月後半の海だ。ずぶ濡れの身体では潮風が寒いし、服が肌に張り付いて動きづらい。
大鳥さんは少し震えながら排水口を指差す。
「崖の淵に細長い痕があった。それと身体を支えられる、登山用の金具。つまり、ここを誰かが登ろうとしたという事だ」
「此処を? ……ここって、登ったら客室の露天風呂に繋がってるんじゃない? ま、まさか覗きを……!?」
「繋がっていますね。海から見えない様に、崖から十分な距離を取って作られていますが……」
「崖を直接登ってしまえば見放題、と」
「この地に眠るお宝とは、露天風呂の覗きポイントだった……。というのは置いといてだな。違うぞ」
「違うかー」
「崖にいくつか引っ掻き傷のようなものが見えた。抉れた土はまだ新しい。恐らく彼はこの崖に登ろうとしたのだろう」
「確かホットチキンさんは小さいナップサックを持って出かけた、って東さんが言ってたよね。その中に登山用のロープを入れていたのかも」
俺は手を上げて質問する。
「待ってください。さっき死体の側にあった無数の骨は海底から見つかりましたよね。大鳥さんの推理の通りに。なら彼は、崖に何の用があったんですか?」
「忘れたのか、あいつはニューチューバーだ。映えの為に決まっているだろう」
「は、映え?」
「あぁ。この辺にあるのは延々と続く砂浜と、桜並木と、崖に聳え立つ旅館だけだ。撮影するなら崖裏が一番冒険してるような絵になるだろう。崖から骨が出土したように見せたかったんじゃないか?それに薄暗い海底に埋まっている物を映すのは大変だからな」
「なるほど」
「凶器は恐らくこれだな。排水口の蓋だ」
いつの間に持っていたのか、そう言って排水の目皿を見せる。
「海の底に刺さっていた。大きさ的にこれはあそこから落ちたのだろうよ」
「確かに、以前はその金網がはめられていた気がします」
勢いよく出る水管に栓をされ、その圧力で蓋が大きく跳ね飛ぶ。
「でも、腕以外の遺体が見つからないのはどうして? 此処で死んだのなら、腕だけじゃなく身体もこの近くに流れついてないかな?」
「おそらく身体はこの水流に流されたのだろう。今も海上を彷徨っているんじゃないだろうか。まぁ、警察が来て調べれば周辺に死体が流れていないか見つけてくれるだろう」
「事故の流れをまとめるとこうだ」
1、被害者はこの崖下に昔の死体が埋まっている事を知り、その周辺を発掘しようとした。そこで予め用意していたナップサックにロープを入れ、一人で旅館裏の崖に向かう。
2、海の中を覗き込むと、白骨が沢山眠っているのを見つける。それを動画に収めようと考えた彼は、撮りやすいように崖の周辺を細工し始める。
3、崖に金具とロープを張り、身体を固定する。崖の中から出土したと見せかける為、発掘した骨を崖に埋めようとするホットチキン。しかし排水口に金具を絡めて出口を塞いでしまった為に、堰き止められた水が勢いよく噴射してしまう。
4、流れてくる大量の排水に気が付かず、ホットチキンは被害に遭ってしまう。排水口の蓋はホットチキンの身体に激突し、跳ねて腕を切断する。身体をロープで固定していた為に水の流れから逃れられず圧死、もしくは溺死。排水口に括り付けていたロープは外れて身体と共に海中に落ちた。
5、ホットチキンの遺体は流れる水の勢いで遠くに流された。夜で辺りは暗く、海に沈むホットチキンを見るものは居なかった。崖に手をついていた右手と撮影に使おうとした骨は崖近くに残り、砂浜に流れ着いた。
「……というのが俺の推理だ」
「なるほど……!」
「ホットチキンさんは事故で亡くなってしまった、という訳ですか……」
「事故と判断されれば解放も早いだろう、……へっくし!」
大鳥さんの唇は紫色になっていた。
「取り敢えず、お風呂に入りましょう」
「……そうだな」