推理1
砂浜で死体が発見された後。宿泊客と従業員は全員二階のロビーに集められた。
集まったのは俺と鰐真、昨日ロビーで話をしたもじゃもじゃ髪の男性、旅館の従業員と思しき人達。そして行方不明だとされていたニューチューバーの内二人。確かパーティー東と名乗っていたか。その東さんと、二人にカメラを向けていた男性。そして女将を合わせて総勢十名だ。これがこの旅館に滞在する全ての人間という所か。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。今朝砂浜で見つかった遺体と、これから皆様にご協力頂きたい事についてご説明致します」
女将さんが皆の前に立って話を始める。
「昨晩、当旅館に宿泊中のお客様がお戻りになられず、連絡も付かないといった件がありました。こちらは昨晩皆様には施錠のお願いも含めてお話した通りです」
昨晩は件の人が帰って来てもいいように旅館の玄関を開放したままにするから、各自の客室の戸締りをしっかり行ってくれ。と言われた事を思い出す。
「その方は朝方になってもお戻りになられず、携帯も繋がりませんでした。事件や事故に巻き込まれた可能性もありますので、当旅館の従業員と行方が分からなくなったお客様と同室の方二名とで旅館周辺の捜索に当たっていました。そして海岸を捜索中にあの遺体を発見した、という次第です」
成程、それで海岸に皆集まっていたのか。
ロビーの人間を見渡すが、昨日撮影していたニューチューバーの内、ホット・ホットチキンと名乗っていた人がこの場に居ない。行方が分からないというのは彼の事で間違い無いだろう。
「警察に連絡をした所、大シケや交通の事情により此方へ到着するのは明日以降になってしまうそうです。皆様には大変申し訳ございませんが、警察が現場検証を終えるまでの間、当旅館に留まって頂きますようお願い致します」
此処へ来た時も飛行機や船、バスを乗り継いでやってきたのだ。到着が遅れてしまうのも無理は無いだろう。この後はGWだから、帰るのが遅れても特に問題は無いのだが。
「はい! 現場検証が終わるのっていつ頃ですか!」
鰐真が元気よく手を上げて質問する。
「申し訳ありません。私供には分かりません。事故と判断されるか事件と判断されるかで拘束時間は変わる、と警察の方は仰っていました」
「分かりました!」
返事をして鰐真が手を下げる。続いて他の宿泊客も手を上げる。もじゃもじゃ頭の男性だ。
「俺も聞いて良いか? 女将さんじゃなくて、そこの二人になんだが」
そう言ってニューチューバーの二人に向き直る。一人はパーティー東だったか。そしてもう一人、二人にカメラを回していた男性。
「はい……。俺達に答えられる事でしたら」
「あの砂浜の腕。骨は仕方ないとして、あの腕は行方不明の仲間のものだという確証はあるか?」
状況だけで見れば、行方不明になったホットチキンさんが何かしらの事件か事故に遭い、砂浜に腕が流れ着いた様に思える。これが第三者の腕であれば、更にこの事件はややこしくなってしまうだろう。
「ホットチキンさんは左腕にタトゥーを入れていました。ボロボロになっていましたが、それと同じ模様が入っていたので、あの腕は……ホットチキンさんのものだと、思います……ううっ」
パーティー東さんはそう言うと泣き出してしまった。
「そうか……。すまない、辛い事を聞いてしまって」
「ぐすっ。いえ、身元の確認は必要な事ですから……」
俺も手を上げて質問する。
「はい、女将さん。外へ散歩するのは構いませんか? 外の桜を見に行きたいんですが。外出範囲は決めますか?」
「はい、篠嶺様。旅館付近の外出でしたら問題ありません。そうですね、桜の方面は途中の休憩所まで。海岸方面は遺体の手前までといたしましょう」
散歩が出来るなら滞在が伸びたとしても問題無いな。当初の予定通り、桜を見たりゲームをしたり、海を眺めたりしてゆっくり過ごすか。
「皆様方、他にご質問などはありますでしょうか? ……無いようですね。この場は解散とさせて頂きます。私供は受付か事務所の方に居りますので、御用がございましたらなんなりとお申し付け下さい」
ロビーでの集会は解散となった。
俺と鰐真は朝食を済ませた後、二人で遊戯室へやって来た。借りたゲームを返却し、新しいものを借りる。この数なら一週間は遊べそうだ。
「それにしても、行方不明だ思ったらバラバラになって砂浜に打ち上がってるとはねぇ。人の骨ってあんな短期間で白骨化するものなのかなぁ?」
鰐真は大げさに首を傾げる。
「え? あ〜……。確かに、腕だけはそのままなんだよな。そう言われると変だな」
寝ぼけていたからか全く気にならなかったが、確かにおかしい。海の生き物が食べたとか、波に摩耗したにしても、あそこまで短時間で骨だけになるものなのか?
「人為的にやらないと、一日で骨だけになるのは難しいんじゃないかな? タメくんは今回の事件、事故だと思う? 他殺だと思う?」
「そうだな……。あの白骨には何かしらの人為性が感じられるけど、ホットチキンさんの腕については"分からない"かな」
「うんうん、そうだよねぇ。警察が到着して、あのバラバラの死体が同一人物か、違う人のものなのかを調べないと難しいよね」
「そんなもんを待っていたら、桜はとっくに散ってるだろうよ」
突然男の声がして、扉の方を振り向く。そのにはもじゃもじゃ頭の男性が立っていた。
男は俺達の方へ歩いてくると、ゲームの貸し出しノートを見る。
「えー篠嶺……何て読むんだこれ?」
「タメくんだよ!」
「なるほど。なぁ、タメくんよ」
「なんですか?」
「俺は部外者だ。そしてそれは君達も同じだろう? この事件には関わりがない」
もじゃもじゃの男は、ニヤリと髭を歪めて笑う。
「手を組まないか? 桜が散る前にこの旅館から出たいだろう?」
「えー? 私とタメくんはお互い知ってるけど、私おじさんの事知らないよ?」
「なんだ、お前も俺の事を知らんのか。まぁいい。俺の名前は大鳥 大 (おおとり ひろし)。普段は探偵……小説を書いている。宜しくな、タメくんと……お嬢さんは?」
「鰐真だよ!」
「あぁ、宜しくな鰐真さん」
もじゃもじゃ頭の男性は何やら作家先生らしい。それでサインが何のと言っていたのか。この大鳥という男は俺達に何の用があるのだろう。
「この事件に関わりが無いって、どうして断言出来るんですか? 俺達はほぼ初対面ですよね?」
「朝死体が発見された時にな、こっそりお前達の部屋を覗いたんだ。そしたら使用済みのゲームボードと爆睡するお前が居た」
こいつ大丈夫か?
「えぇ……。俺達の部屋覗いたんですか?」
いくら非常事態だからって、ちょっと引くな……。
俺が寝ていて鰐真が居ないと言う事は、鰐真が出た後に忍び込んだのか。
「この事件に関わりがあるのなら、死体が上がる時刻にあんな呑気に爆睡もしないし、夜に隣の部屋からゲームで盛り上がる声が聞こえたりもしない。そうだろう?」
「あ……。すみません、うるさかったですかね?」
「いや、そこまで煩くは無かったさ。日付け前には終わっていただろう?それに俺もボードゲームは好きなんだ。今度混ぜてくれ」
「いいよ! タメくん超強いからねっ!」
「さて、要は簡単だ。警察の仕事を減らしてやればいい。昨日旅館に居た人間のアリバイと、ホットチキンが何処へ行って事故に遭ったのかを調べる。この二つだ」
「えぇ……。そういうのって警察に任せた方がいいんじゃないですか? 下手に現場を歩き回って疑われるのは御免ですよ」
「何も死体を検死しようって訳じゃ無い。ただ旅館の人の話を聞いて、被害者が行きそうな所を調べる。このくらい暇潰しの道楽の範疇だと判断されるさ。俺は探偵作家だからな」
「私達はその助手ってこと!? 何かカッコいいね!」
「う〜ん……。まぁ、鰐真ちゃんが言うならそうなのかも……」
「まぁまぁ、一応検討は付けてあるんだ。あの腕の周りの骨を見たか?」
「一応、チラッと見ました」
「そうか。まあ、まじまじと見るもんでもないからな。あの骨は遺体とは別物だ。恐らく早くて数十年、遅くとも千年前の遺骨だろう。色合いと損壊の度合いが余りにも古い。一日では無理だろう」
「大鳥さんもやっぱりそう思う?」
「あぁ。カスパーの法則と言ってな、水中や地中では空気に晒されているよりも死体の腐敗速度が遅い。水中で動物に食べられたとしても、一日で完全に白骨化するのは無理だ」
「ほぇ〜、なんか推理小説っぽい! ホントに小説書いてそう!」
「ホントに書いてるんだよな〜。これは俺の仮説なんだがな、あのホットチキンとパーティー東というニューチューバーは、この地にお宝探しの動画を撮りにやって来ているんだ。これは本人達から直接聞いた」
俺達が撮影しているのを見た時も、そんな様なことを言っていた気がする。
「ホットチキンは動画の下見の為にこの近辺を探索中に、その隠されたお宝を発見した。だがそこで何かのアクシデントが起こり、そこに眠る髑髏共々海に流され砂浜に打ち上がった……というのが俺の考えだ」
「あ、それ女将さんから聞きましたよ。なんでも導きヶ丘の伝承とか。……お宝まで眠ってるんですか?」
「そこまでは分からんな。ただこの地域一帯は、昔何かしらで祭られていた場所だというのは確かだ」
「どうだ? 俺と手を組んでお宝探しをしに行かないか?」
このおじさん、もとい大鳥さん。部屋に不法侵入しておいてそれはちょっと、強気すぎるんしゃないのか……?
「行く!」
「……鰐真ちゃんがそう言うなら」
行くしかないよな。死体の見つけたお宝探しへ。