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「あー……。極楽だ……」


 温泉に首まで浸かり、深く息を吐く。個室に備え付けの風呂は室内の浴室と外の露天風呂に分かれ、その露天風呂からは湯に浸かったまま海が望める。一人で使うにはとても贅沢な設備だ。潮風と湯の香りに揉まれながら疲れを癒した。


 風呂から上がると、既に鰐真は部屋に戻っていた。

「おお、おかえり。早いな」

「聞いてタメくん! あのねあのね! 女性の宿泊客が私しか居ないらしくて、大きな浴場に一人だったんだよ!」

「そうなのか?」

「最初は貸切だ! って嬉しくて、つい泳いだり飛び込んだりしてたんだけど、この広い空間に一人なんだって思うとだんだん寂しくなって……。すぐに上がっちゃった!」

 女性客が一人か。この旅館、大丈夫なのだろうか。

「そうか。夜は俺も部屋で入るよ」

「わーい。タメくん優しい! 一緒に入っちゃおっか!」

「それはダメです」

「えー!」



 夕飯までまだ時間があった為、俺達は海岸の方を歩いてみる事にした。

 海へは部屋や中庭から通り抜ける事は出来ず、一度受付を通ってから外に出る造りになっている。外からも客室周りは塀で囲まれており、これは恐らく露天風呂を覗かれない様にする為だろう。


 玄関から海側に出ると大きな声が聞こえてくる。

 何だと声のする方へ歩いてみると、そこでは何かを撮影している様で、カメラを構えた人と数人が立っていた。


 

「HHC! どうも、ホット・ホットチキンと〜!」

「パーーリィーーーーーッ! 東です! 今日はですね! なんと見て下さいこの景色!」

「えぇ〜! 海! 今日は泳いじゃうんですか!?」

「いえいえチキンさん。後ろを見て下さいよ!」

「後ろ? え、えぇ〜っ!? 桜が一列に並んでる!! 凄い景色ですねぇ〜!」

「凄いですよねぇ! さて、本日僕達がやって来たのはこちら! 旅館、六花邸でございます〜!」

「いえ〜い! でもパリさん、確かに桜は凄いですけど、此処って何にも無くないですか? 桜と……宿と海しか見えないんですけど!」

「いやいやチキンさん。もしかしたらお宝が埋まっているかもしれませんよ? 実はですね、この場所にはとある伝説がありまして……」



 これは……、アレだ。なんとかバーの人達だ。

 興奮した様子の鰐真が、わたわたと小声で耳打ちしてくる。


「わ……! 本物のニューチューバーだよ……! 撮影ってあんな感じなんだねっ……!」

「そう、それだ。あれってニューチューバーの人だよな。……邪魔にならない様に、少し遠くに行くか」

「そだね」


 撮影中のカメラに入らない様気を付けつつ、俺達は少しだけ散策して客室へ戻った。


「よし、次はゲームコーナー行くよ!」

 温泉といえば卓球だ。ちなみに俺は運動神経が0だ。ノーコンである。

「あるのか?」

「あるよっ! えっとねー、二階の左側!」


 旅館は四階建てで、一階は受付と客室と風呂。二階はロビーと遊戯室、三階は事務室と厨房、四階は宴会場になっている。と、旅館案内図に書いてあった。


 ロビーには新聞や本棚が置かれており、一人2冊まで部屋に持っていっても良いと貼り紙があった。新しい漫画本から郷土のものらしい古い本まで様々なジャンルの本が揃っている。

 ロビーを通って遊戯室に入ると、卓球台といくつかのテーブルゲーム、パンチマシンが置いてあった。


「あ! パンチマシンあるよ! やっちゃお!」

「お手並み拝見といこうか」

「そりぇ!」

ズバーン!!!

《テテレレーン! 250点!》


「おりゃあ!」

ズドン!

《テレレレーン! 130点!》


「……鰐真ちゃん、やっぱフィジカルすごいね」

「えへへー! タメくんが崖から落ちそうになっても、私が引き上げてあげるんだからねっ!」

「どんな状況だよ!」


 その後、鰐真と一緒に卓球で遊んだ。……勝敗は言うまでもなく完敗であった。




「あれ? カメラが無いよ?」

「そうなのか? 温泉に入る前に持ってたよな」


 風呂に入る前、鰐真は撮った写真を鼻歌交じりに確認していた。


「うーん、鞄にも無いなぁ……。何処に行っちゃったんだろ。困ったな、他にも大事な写真が入ってるのに」

「受付に聞いてくるよ。もしかしたら落とし物として預かってるかも。遊戯室も見て来るよ」

「うん、お願い」


 受付に向かう。夕食前の為か、人が出払っている様で『呼び鈴を鳴らしてお待ちください』の立て札が掛けられている。ボタンを押して、手持ち無沙汰に辺りを軽く見回してみる。


壁に貼られた古い紙に目が入る。

【六花邸 導ヶ丘の伝承地】


「導ヶ丘?」

 どうやら郷土の資料の様で、周辺の地図と歴史が綴られている。観光客向けの掲示だろう。


「導ヶ丘とは、この地に伝わる伝承です」


 振り向くと、女将さんが後ろに立っていた。


「昔この地に神の使いが降臨されたそうで、それを讃える為に桜並木で道を作り、神をもてなす為の建物を拵えたのが起源だそうです。」

「なるほど、あの桜並木はそういう意味があるんですね」

「ええ、今はその建物を改装して旅館にしているのです。少し、旅館というには派手な外装でしたでしょう?」

「あぁ、なるほど……」

 だから建物が旅館というより、神社や仏閣に近いのか。

「すみません、話が逸れてしまいましたね。どの様なご用件でしょうか?」

「実は、カメラを失くしてしまって……」


 かくかくしかじか。女将さんに説明した。


「確認しましたが、こちらには届いておりませんね……。申し訳ございません。この事は従業員に伝達しておきますね」

「すみません、ありがとうございます」



 受付を出て遊戯室へと向かう。ロビーをチラリと見ると、浴衣を着た男性がソファーに座っていた。頭がもじゃもじゃで、口にも髭を蓄えている。男性は読書に夢中な様子で、俺が来た事にも気付かないで何かを呟いていた。

 男の存在は一旦置いて、遊戯室の中を探した。部屋の様子は二人で部屋を使った後そのままに見え、鰐真のカメラは無かった。


 遊戯室を出ると、もじゃもじゃの男性はまだ本を読んでいた。

(……カメラの事、一応聞いてみるか)


「あの、すみません。お聞きしたい事があるんですが」

「……サインはやらんぞ」

「はい?」

「サインはやらん。俺の腕は名前を書く為にあるのでは無い」

「サイン? 俺は宅配業者じゃないですよ。この辺でカメラを見ませんでしたか? 連れが失くしてしまって」

「んぁ? カメラ? ……なんだお前、俺の事知らんのか。失礼した。俺は本読んでただけだけどな、見てないぞ」

「そうですか。すみません、邪魔をしてしまって」

「いや、こっちこそすまんな。じゃあな若造」


(何か変わった人だったな、サインって何だ?)

 只今時刻は17時半前。もうすぐ夕飯の時間だ。


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