プロローグ
何のために生きるのか。何を求めて我らは歩み続けるのか。そんなものは知らない。そんなもの、最初にそんな疑念を考え出した者に問いただせば良い。その者が既に没しており、何処にもその答えが記されていないのなら、知るべくもない程度の事柄であると結論付ければよい。ただ今、現代にもなおその疑問が不朽で普及しているともなれば、きっとそれは疑問だけが伝播し続けて、もはや意味を成さない形だけの問いかけとなっているのだろう。お前の疑問には意味がない。お前の答えにも意味は無い。お前は一体何が知りたい? 満足するだけの答えを求め続けて食い散らかす、空腹の胃がお前の脳を支配している。全く持って馬鹿馬鹿しい。お前はただ、腹が減っているだけなのだ。
「108円になります。」
俺はシールの貼られた炭酸水を手に、コンビニを出た。ただの炭酸水、別称水素水。俺はこれが好きで飲んでいるだけなのだ。何も気にしないでくれ。他者から付加価値を押しつけられるなんてのは良くある事だ、この情報化社会においては。情報は確かに、時間を豊かに、物の価値を多角的に付与し、過ちを犯させまいと人々を守るように積み重なってゆく。享受する分なら便利な事だ。だが過剰だ。積みすぎた積荷は、下に積んでいた必要な物資までをもダメにしてしまう。必要な時に手に取れなければ、その蓄え全てが無駄となる。俺はそんな過ちばかりを繰り返して、目に映る全てが嫌になってしまったのだ。だから、そんな目で俺を見ないでくれ。
「タメくん、それ好きだよね」
「あぁ、まぁな。この水は俺に気付きを与えてくれる」
ぷしゅ、と蓋をひねり炭酸水を流し込む。喉に炭酸の刺激と味が広がり、咽せる。これだ、この刺激がもっと欲しいのだ。喉と腹が満ち切れてしまうから、少しずつ。刺激を恒常的に取り入れるのだ。
満足げな俺を、不思議そうな顔で見つめる彼女。白く染めた髪とカジュアルで派手な服装で、人の目を引きながらもコンビニの前に立っていた彼女。その人こそが、今回の事件の案内人。留華 鰐真 俺の彼女である。
隣に遠慮がちに、しかし主張して座っている。ガードレールに器用に立ち、しゃがんで座る。何故そんなことをするのか。それは彼女がそうしたいと望むからなのだろう。その程度の事ならば、俺が疑問に思う理由にはならない。ただ、彼女のまとった派手な色のアウター。大きめのサイズをブカブカと余らせているそれは、彼女の小さな手足を頭をより魅力的に見せており似合っている、と思った。
鰐真はとすっ、とガードレールから降りるとポケットから何かの紙を取り出す。
「あのねタメくん、私達がこの街に来てから来週で一年なんだよ。だからねっ、私記念旅行に行きたいの!」
じゃじゃーん、と俺の目の前に広げるように何処かのパンフレットを見せつける。
「どう? どう?」
「そうか、いいぞ。お前となら俺は何処にでも行く」
「返事が早すぎるよー……。もっと興味持ってよ! ほら、この旅館ってね、桜の木が名所なんだって! 季節も丁度いいでしょ?」
本日四月の中頃。確かにその地方ならば、満開に近い見頃であろう。
「あぁ、良いな。鰐真ちゃんが居るからもっと良い」
「もー! 私じゃなくってー!」
いいだろう。お前が行くなら俺は何処にでも、何であろうと付いていく。それが俺の生きる理由なのだから。