#7 路地裏の騎士と姫
「10万リブラ!?報酬額は1万リブラのはずでは!?」
翌日、ギルドにクエスト達成報酬を受け取りにいったクロムだが、
その金額が突然十倍になっており、自分の耳を疑った。
「はい、昨日達成されたとのお話は伺ってます。昨日の晩、グレッジマン様の家の方がいらしており、『ほんの気持ち』として報酬に上乗せしてほしいと……」
クロムはあの喜びようだとやってもおかしくはないな……と思いながら、
受け取る事にした。結局あらゆる場面で先立つものは合った方がいい。
「じゃあ今日も新しいクエストを――、って、なんか増えてますね」
「ええ、最近急に行方不明者が増えまして……その捜索願いのクエストが多数、出されているんです」
「行方不明者ですか……」
元のリレファンのゲームではそんなクエストはなかった。
という事はこれは完全にオリジナルの事件となる。召喚士絡みでないことを祈るしかない。
「何か共通点はあったりしますか?どこへ行っていなくなったとか……」
「そうですね……冒険者の方が多い気がします。直近のクエストで、『宵闇の森』へ行かれた方が……」
「『宵闇の森』ですか……」
『宵闇の森』は元のリレファンでは大して強敵が出るマップではない。
挑戦する冒険者のレベル帯にもよるが……、後々調べてもいいかもしれない。
しかしながら今のクロム達では完全に戦力不足なのである。
せめて星5があと1人、2人いれば攻略も可能であったかもしれない。
「情報ありがとうございます。少し調べておきます」
「それと、召喚士を狙う通り魔が現れたそうです。クロムさんも気を付けてくださいね」
「召喚士を狙う、通り魔……!?」
そちらの方が気になる情報である。リレファンの世界観で言えば、召喚士は兵士よりも強い存在。
それに対してわざわざ喧嘩を売るのは中々の自殺行為である。
「先日有名な召喚士であるゴルド・ハーグソンさんが襲われ――『契約石』を奪われています。
十分気を付けて下さい。賊は、男女の二人組らしいです」
「ゴルド?ゴルド……ああ!あのハゲの!」
「フフッ、いやハゲとかいっちゃダメですよクロムさん」
先日クロムとの喧嘩に敗北した大柄のハゲだ。
しかしながら仮にもあいつは星3のアース・タイガーを連れていた。それ以上の強さを持つという事は……凄腕の人間か、召喚士という事だろう。
特に『男女の二人組』というのが非常に嫌な予感がする。
「チャコ、今日はクエストを受注するのはやめて、一旦部屋で作戦を練るか。明日以降でもいいだろう。準備を整えておいた方がいい」
「は、はいっ」
後ろで背筋を伸ばして話を聞いて居たチャコは、ちまちまと歩きながらクロムのあとをついていく。
「ありがとうございます。また来ます」
「はい、気を付けてくださいね」
そう言葉を交わしギルドを出るクロム。
しかしそんなクロムたちを遠巻きに監視する、二つの影があった。
「……あの召喚士か、この前の虎に勝ったっていうのは」
「そ~だね~。星1が星3に勝てるわけないと思ってたけど、やればできるもんだね~」
「きっと過酷な訓練をさせているに違いない……僕達が救ってあげないと……」
「うーん……」
少し言葉を交わしたのち、彼女らの姿は人ごみに紛れて見えなくなってゆく。
* * *
「猫ちゃ~ん、どこですか~」
「こっちにはいなかったな……」
翌日。クロムたちは危険な香りがする『宵闇の森』周辺の探索を避け、
街でできるクエストを受けていた。
「全然見つかりませんねぇ」
「こういうのは根気勝負だよ。餌とかもいくつか仕掛けたし、数日くらい待つ気持ちでやっていこう。
定期便の出発までは時間がある。それまでは地道に素材集めだ」
「今回のクエストでもらえる素材、そんなに便利なんですか?」
「おうとも。風のオーブが何でこんなところでもらえるかは知らないが、渡りに船だ」
大通りはもちろん、入り組んだ裏路地等も探しているが、一向に猫は見つからない。
もうすぐ日も暮れるし、今日のところはあきらめ、また明日出直すべきだろうかと考える。
と、そこでふと声をかけられる。
「そこの方、お探しの猫ちゃんはこの子ですか?」
「アッ……!」
グレーがかったふわふわの毛並、ラピスラズリのような深い青色の瞳、間違いない。
この子こそ飼い主がさがしていた『マリーンちゃん』だ
「その子ですその子ですーっ!ありがとうございます!」
と、チャコが二人組に近づこうとした瞬間――、
「命令だ!チャコ!その二人から離れろッ!!」
クロムの契約石が輝きを放ち、チャコはとっさの事でわけがわからないまま距離を取る。
クロムは額いっぱいに汗をかきながら、女性たちを睨みつける。
二人とも茶色の外套を纏っており、フードをかぶっている。
それでもわかる。リレファン廃人である彼は絶対にこの二人を忘れることはなかっただろう。
「おやぁ?せっかく親切で話しかけてあげたのに」
「まるで化け物でも見るような目ね~……」
「『白猫魔術師ビアンカ』、『黒猫騎士ノワール』……ッ!」
クロムはいざという時のために持ってきた、『反逆の天秤』を握りしめ、
呻くように呟く。その顔にいつもの余裕はなく、じりじりと後ろに下がり、逃走ルートを確認しているようだった。
「ふふっ、逃げる、なんて考えない方がいいよ。ビアンカ、この子持ってて。
僕の事を知っているね?召喚士さん」
「当たり前のような質問をしていいか?お前ら――何で召喚士がいない?」
「ああそれかあ!いや、たまたま召喚士さんとはぐれちゃってさ~!」
「そんなわけがあるか。お前らレベルの強力な精霊、護衛から離すメリットなんて何一つないだろ。しかもよりにもよって2人セットで……!」
「……ふぅん、詳しいみたいだね。僕らの事」
当たり前である。白猫魔術師ビアンカ、黒猫騎士ノワールと言えば、
リレファン初期リセマラランキングの上位だ。
回復/バフ/デバフを揃えるビアンカと、かばう/自己バフ/強力な攻撃スキルを揃えるノワールの組み合わせは、初心者の序盤攻略において圧倒的なパワーを誇った。
もちろん、高難易度になってくれば、光属性のビアンカと闇属性のノワールをペア編成しない方がよかったり、様々な理由で他の精霊が良い事があるが、それでもなおこの二人は個々で能力が完結しており、補完すると手が付けられない強さになる事はすぐわかる。
星5の中でもさらに当たり、トップレアといって差し支えない二人が召喚士なしで行動している。
これは前回の『はぐれ精霊』か、そうでないなら……。
「チャコ、良く聞け、あいつらは恐らく自分の召喚士から契約石を奪い、単独で世界に留まる力を得ている」
「ええっ……!?」
先日聞いた「召喚士狩り」まさにそのものと考えて間違いがないだろう。
「男女二人組」と言っていたのは、男装しているノワールを男性と間違えた説が高い。
クロムの杖を握るてが汗ばみ、滑りそうになる。
「も、目的はなんだ……!?契約石か!?」
「ふふ、察しがいいね。そう、君の契約石、そしてその子の解放さ」
「わ、私の解放……!?」
「そう。僕らは不当に使役される精霊達を解放する、『精霊解放前線』のメンバーなのさ。
君のように能力の低い星1はいつも不当で苦しい扱いを受ける。そんな子たちを救うのが僕らの役割さ」
「不当な扱いって……」
クロムからの扱いは非常に良い物であったが、チャコはそれ以前の事を思い出し、顔が曇る。
飯炊き以上の存在と認めて貰えなかった自分の半生を振り返ると、それは不当であるといっても過言でないだろう。
「そう、君が契約石さえ渡してくれるならこちらも武力行使に出るつもりはないよ。
星1の子を痛めつけるのは趣味じゃないんだ」
「う……!」
明らかに格下と決めつけられ、嫌な気分になるチャコ。しかしながらそれを覆すだけの実力は、彼女にはまだない。
戦力でも負け、素早さでも負けている以上、ここから逃げる事すら許されない。
「わかった!これを抉り取って渡せばいいんだな!少し時間を――」
「クロム様!?」
躊躇なく自分の左手から宝石をえぐろうとするクロムを、チャコは慌てて止めに入る。
「何をやってるんですか!?それを抉り取ったら私との契約が破棄になるどころか……、二度と精霊契約ができなくなるんですよ!?」
「でもこうすればお前は傷つかないんだろ?」
「そういう話ではありません!」
「き、君、思ってたより思い切りがいいね?」
「当たり前だろ、お前らコンビ相手にどう勝てって言うんだよ。ステータス差なんかじゃない、A連打でも負ける自信がある」
「えーれんだ……?ま、まあそういう事なら話は早い、さっさと契約石を――、」
「お断りします」
クロムのナイフを奪い取り。ノワールに突きつけるチャコ。
本来は装備できないアイテムなのだが、これは装備とは異なるようだ。
「ほう……?戦う気かい?兎のお嬢さん」
「私からクロム様を奪おうというなら、まずは私を倒してください」
召喚された時のひ弱な彼女の面影はなく、
その眼はまっすぐとノワール達を見据えていた。
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