#3 ソシャゲの基本は素材周回
「確かになんなりとお申し付けくださいとは言いました、言いましたが……言いましたが!」
チャコはひたすらグリーンスライムの狩場で杖を振るう。
もちろんスキルを連発する余裕はない。殴打だ。
すっかりレベルが上がり、スライムごときなら数発で潰せるようになり、効率が上がってはいるものの、単純作業であることにはなんの代わりもない。
「て、手が痺れてきました……もうダメです~~…!」
チャコはプルプルと震え、泣きながら訴える。
「泣く元気があるなら、まだ周回できるな!」
「鬼ですか!?」
彼はイキイキとたまった素材を見ながら、
必要な素材について確認していた。
「グリーンコア300、純粋な雫50、風のオーブ30、緑龍の鱗5、絆の結晶1……中々遠い道のりだな」
「ひぃ、ひぃ……結局それは何の素材なんですか?『限界突破』ってやつですか?」
「そうだ、先ほど説明したよな。まあお前の素材は安いのがウリだし、3凸するだけならこんなには使わないんだけど……」
「使わないんですか!?」
「3凸するだけなら、な」
「お二人とも、まだやっておられるのですか?そろそろ休憩になさっては?」
「シスターさん」
呼びかけるのは修道服の女性。ここ『風の修練場』の管理人を務めている。
そもそも『修練場』とは、各属性のクリスタル・コアというものが自然発生した、
言うなれば魔力の龍穴のような場所を、人為的に管理し、現代でいう魔物のビオトープにした場所である。
修練場をつくるメリットはいくつかあり、修練場内での食物連鎖により強い魔物が誕生し、
貴重な素材が発見できるようになること。
修練場の最深部は強い魔物のすみかとなるため、修練場周辺の森や廃墟に魔物が棲みつきにくくなること等だ。
ちなみに、修練場のような便利な狩場があるにも関わらず、召喚士達が限界突破を行わない理由は単に「知らないから」である。
ソーシャルゲームのプレイヤーであれば、「何レベルで何の素材を使えば進化」と知っているが、
この世界の住民はそもそも精霊のレベルすらきちんと把握していない。
逆を言えば、「自分の精霊がどの程度の習熟度にあるか」等、よほど精霊に詳しいものでもなければわかるわけがない。
この世界では無凸であるほうが普通で、きちんと素材を集めて限界突破する方が異常なのである。
その異常者といえば、全く自分の異常性に気づかず、のんきにお茶を楽しんでいるところである。
「まさか異世界に転移してこんなに優雅なティータイムを過ごせるとは」
「い、生き返ります……」
「ふふ、別の世界からいらっしゃるなんて、こちらの神に呼ばれたのでしょうかね?」
「呼ばれた、といえば……」
たしかにクロムは聞いた、「たすけて」という声を。
あれは聞き間違いではなかったはず、と本人は考える。
「声、ですか?」
「ええ、『たすけて』と……」
「もしかして、微精霊じゃないでしょうか?」
ぴこり、とチャコが耳を動かして反応する。
どうやら覚えがあるようだ。
「微精霊?」
「はい、私たちのいる『精霊界』と、ここ『人界』をつなぐ存在です。
私たちは元々微精霊であり、精霊が死ぬとまた微精霊に還ります。個々は弱くて小さいものですが、
私たちの世界の構成要素すべてを担うもの、とされています」
「これまたスケールのデカい話だな」
「私もおとぎ話と思っていましたが……」
「お詳しいんですね、魔術師さん」
「それほどでも……あるかもしれません!」
ここぞとばかりに胸をはるチャコ。普段から人に褒められる経験が少ないだけに、
褒められた際のリアクションの大きさには自信があるようだ。
「でも確かに、私の知る神話でも、目には見えない小さな存在の話は伝えられています。
彼らこそがマナの源で、彼らがあるから魔力が存在する……とも言われています」
「ふむ……俺が聞いたのも確かにはっきりした声でしたし、世界をつなぐ存在、というならこちらに来たのもわかる。でも何で、俺を呼んだのだろう……?」
「神のお導きでしょうか?ここで成し遂げる事があるのでは」
「み、導かれし勇士に私みたいなのを引かせちゃったんですか!?」
「いや、お前は育成コストが安いから本当に助かってるぞ」
「よ、喜ぶべきなんでしょうか……?」
「誰しも短所も長所もあるべきです。今は喜ぶべきですよ、兎の魔術師さん」
「えーと……やったー!」
チャコは喜びを表現する際、顕著に耳に現れる。
頭の構造を調べたくなるくらい躍動感あふれるウサ耳が、彼女の気持ちを雄弁に語る。
「そういえば召喚士さんは、ここに寄られたという事は、王都を目指していらっしゃるんですか?」
「王都……?」
「あれ、違いましたか」
彼はリレファン自体には詳しいが、流石に各地域の人々がどの場所をどう呼んでいるかまでは把握していない。
ただ、リレファンの世界で大きな都市というのはそう多くないので、いくつかあたりはつけられる。
「王都……もしかして、セントラディアですか?」
「ええ。やっぱりご存知でしたか」
セントラディアはリレファンのストーリーでは中盤以降に訪れる事になる街で、
主要キャラクターの多くが登場する大事な街だ。
もっとも、彼の行う周回にはあまり関係の無い場所であり、アイテム等の入手とも関係があるわけでもないので、
記憶からは抜け落ちていたようだ。
「セントラディアはここから近いんですか?」
「ええ、ここから少し行った先にあるビエナの町から、王都への定期便が出ています」
「なるほど定期便……」
「クロム様も、王都に興味が?」
「まあ、あるかないかと言えばあるな、おそらく入手できるアイテムの質が良い」
「そういえば、こちらの世界にこられて間もないんでしたよね……それであれだけ素材集めに集中できるのは中々すごいというか……」
「まだ2凸だからな……本当はここで3凸しておきたいな……」
「い、いったん町へ行きませんか?ね?ね?」
必死に懇願するチャコ。召喚されて間もなく、休まずに延々と素材集めをするのは応えたらしい。
本来なら異世界に来て早々その素材集めをやらせているクロムの方が辛いはずだが、
何故だか彼はピンピンしている。おそらく見てきた修羅場が違うのだろう。
「町へ行くのであれば、馬車をお出ししますよ。折角ですし」
「本当ですか」
シスターの申し出は、クロム達からすれば願ったり叶ったりである。
「しかしいいんですか?食事まで出して頂いたのに、馬車なんて」
「ええ、もちろんです。異世界から人が来るときは大抵、とても大事な使命があるもの。
私たち神の使いとしては、それに協力しない方がおかしいくらいなんです」
「そこまで大層な使命なんてあるんですかね……?」
異世界転生、異世界転移モノはクロム本人も良く知っている。しかしながら、
彼はこの世界の事を誰よりも良く知っている。本当にこの世界が未曾有の危機にさらされるなら、精霊が星1一人という状況で解決できる事など―――あるはずがない。
「(もしくは……アイツ一人だからこそ、解決できる危機……とか?)」
彼は思い当たるものがあった。星1(チャコ)一人で解決できる世界の危機に。
しかし突拍子もない考えに、流石に杞憂とすぐに考えるのをやめた。
「じゃあお言葉に甘えて、明日の朝、馬車をお借りしても良いですか?」
「ええ、せっかくなので送っていきますよ。馬車をこちらに戻す人手もいりますので」
「ありがとうございます。何から何まで」
「いえいえ。これも神のお導きです」
そうしてクロム達は夜まで素材集めを継続し――、
翌朝、『風の修練場』を発った。
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