#23 断末魔が長い、早く死ね
チャコを庇い、『カースド・フィア・ドミネーション』を受けるクロム。
クロムは倒れるが、チャコはクロムの作ったチャンスを無駄にしないよう、再びカースド・トレントに相対する。
しかし、突如様子がおかしくなるカースド・トレント。
そしてクロムは、気が付くと真っ暗な場所にいた。
「ここは……」
上下も左右もわからない。ただ闇だけが続く空間。
クロムはすぐに『カースド・フィア・ドミネーション』の効果であることを察知する。
「そこにいるのか。カースド・トレント」
『愚かな人間よ。我が力によってその報いを受けるがよい』
「『カースド・フィア・ドミネーション』は相手の記憶を読み取って、最も辛い記憶を呼び起こす。
逆を言えば、発動条件として『相手の記憶を読み取る』必要があるわけだ」
『何を言っている?』
「さあ、俺の記憶は読み取れたか?カースド・トレント、いや、『素材』よ」
『何……あ……が……何……なんだこれは!?』
「俺はいつも不思議だったんだ。こういう異世界転移もので、何でわざわざ俺みたいな一般人を選ぶのかってね。
本当に世界の危機なら、それに相応しい英雄でも呼んだ方が効率がいいだろう?だから逆に考えたんだ。『最も俺が相応しい状況』をな」
『う……ぐ……が……あああ!?』
突如、カースド・トレントが苦しみはじめ、真っ暗な空間にカースド・トレントが映る。
その姿は時に燃え、時に氷り、時に切り刻まれ、何度も破壊と再生を繰り返しているようだ。
「リレイション・ファンタジア三周年記念イベント『カースド・トレント殲滅戦』。
俺にとってはただのゲームの記憶だが、この世界でのお前にとってはやっぱりそうじゃないみたいだな」
カースド・トレント殲滅戦とは、ゲーム、『リレイション・ファンタジア』にて開催された、
所謂お祭りイベントである。深淵の者どもによって強化されたカースド・トレントを、ユーザー全員の力を合わせて倒す、レイドバトルイベントだ。
単なるレイドバトルイベントならよかったのだが……そのイベントで討伐対象であるカースド・トレントの討伐報酬の素材が、あまりにも旨すぎてしまった。
さらに当時のレイドバトルでは一週間という開催期間が設けられ、討伐数によってランキングがあり、
ランキング上位にはいわゆる課金アイテムである『精霊結晶』が配られた。
お祭りイベントとはいえ、あまりの報酬の豪華さにユーザー達が殺到。初日はサーバーが落ちてしまう異常事態となった。
「当時の俺は連休という事もあって、イベント期間の一週間を全てお前の討伐に費やしたよ。
平均睡眠時間が2時間でマジで死ぬかと思ったけどな」
『ぐ……なんだ、なんだ、これは……!?』
クロムにも聞こえてくる。当時のユーザー達の声が。
"これが最速でトレントを殺す方法"
"ずっとやってると地味だから派手に殺そう"
"断末魔が長い、早く死ね"
"面白い殺し方をスクショして拡散しよう"
"今日のノルマは500体かな"
"イベントが終わっちゃう、もっとトレント殺したい"
"殺したくらいで死ぬな"
"トレント常設してほしい、毎日殺したい"
"植物に痛覚はないから安心して痛めつけられる"
"飽きた。早く死ね"
『き……気が狂っている!なんだこれは!?お前の時代は、お前の世界は!どうなっている!これはなんだ!?
本当にこれが人間の言葉なのか!?こんな邪悪で、狂気に溢れた―――』
そこには永久に殺され続けるカースド・トレントの映像と、
当時のユーザー達の様々な感想が反響する。
『う……!?』
カースド・トレントから闇が溢れ出す。
「『大罪のマナクリスタル』は強力な負の感情を増幅する力を持っている。
もちろんそれは、お前が俺に抱く、『恐怖』も例外じゃないんだぜ」
『こ、この我が、人間ごときに……恐怖を!?』
イベント、『カースド・トレント殲滅戦』
討伐数10,000の大台を唯一記録し、ランキング一位となった男。
それが彼、ハンドルネーム『クロム』だ。
「俺は元の世界で最もお前を殺した男。そりゃあお前を倒すのに呼ばれる訳だよ」
『ヒッ――――』
カースド・トレントから闇のオーラがどんどん漏れ出てゆき、存在がどんどん小さくなる。
そして真っ暗な世界では、どんどんとクロムの存在が強くなり、強大になっていく。
そしてクロムは目を覚ます―――。
「う……」
『があ……ううう……!やめろ、来るな……!ひぃっ……!』
「クロム様!」
意識を取り戻し、起き上がったクロムにチャコが駆け寄る。
「チャコ、トレントは……」
「それが、突然おかしくなって、クロム様に聞いていない行動を初めて……」
「ああ……」
マナをまき散らし、自ら自壊するトレントを見て、全員が戸惑い、攻撃できないでいる。
「い、今倒すべきなんでしょうか?でもなんか爆発とかしそうで怖くて……」
「はは、最終解放したのに性格はあんまり変わってないんだな」
「ええっ!?私とっても強くなりましたよ!」
「もともと強かったんだよ。俺は知ってたよ」
「……クロム様」
二人がのんびりお話をしている間にも、どんどんカースド・トレントの体は崩れていく。
ノワール、エメラルドスフィアドラゴンもクロムの元に来る。
「クロム!これはどういう事なんだい?そして君は……大丈夫なのか?直撃だったように見えたけど」
「ああ、あいつは今、俺の記憶を読み取ったせいで、ああなってるんだ」
「き、君の記憶を……?」
「詳しい事情は省くが、俺は過去にあいつを10,000回以上殺している。その記憶をモロに受けて、
10,000回自分が死ぬ場面を再生するハメになってるんだよ」
「本当に君は何者なんだい??」
トレントが吸収していたマナは、トレントからあふれ出て、捕らわれていた人々へ逆流しているようだ。
トレントのマナを吸収しても平気なのかは置いておいて、衰弱していた人々も少しずつ意識を取り戻している。
「さっき説明した『大罪のマナクリスタル』の弱点だ。負の感情を増幅する装置としての役割がある以上、
俺に対しての『恐怖』という感情も最大まで増幅され、今のあいつはマナクリスタルによる弱体化を永遠に受け続けている」
「あの規模の魔物に対して逆に恐怖を植え付けたっていうのかい……」
「ああ。後は適当に殴れば死ぬだろ。チャコ、やっちまえ」
「……はいっ!」
チャコの攻撃力は、『月下の激昂』の影響で上昇できる最大値まで上がっている。
『ウィンド』で自分を射出し、ラビット・スマッシャーを振り下ろす。
「でやあああああぁぁっ!!」
『ぎ――、あ、あああああ―――!!!!』
トレントの体が完全に崩れていく。
大きな地響き、爆発のようなすさまじい光があった後、
そこには木くずと土くれのみが残っていた。
「討伐、完了だな。さて、報告に行くか」
* * *
カースド・トレントを討伐してからしばらくしたころ、
クロムが連絡していた通り、救出のための衛兵部隊が到着する。
彼らはクロムとほとんど同じタイミングで出発したが、
ドラゴンではなく馬車での移動だったため、かなり時間がかかったようだ。
町に戻ると、すっかり回復したバルザ、ミレイスがいた。
そして娘の帰りを待つ、グレッジマン氏もいた。
「クロム師匠!」
「お前、やったのか!」
「あーまあ、そんなところです」
「クロム殿!おお、メリエル!無事だったか!」
「もちろんよ!私だって星5精霊なの!」
行方不明だった人々は町の人々との再会を喜んでいた。
町全体がお祭りムードになっている。
「人さらいも捕まえて、宵闇の森の行方不明者も救出、はは!お前さんは本当の英雄だよ!」
「いや……俺だけじゃ何もできなかったと思います。本当に頑張ったのは、こいつです」
「ぴゃ」
ぐい、とチャコを引っ張る。
「ああ、嬢ちゃん。最初はお前の事をあんな風に扱っちまってすまなかった。
お前は立派な精霊だ。星なんか関係ねえ!儂のエメラルドスフィアドラゴンに匹敵する、すごい精霊だ!」
「あ、ありがとうございます」
「さあクロム師匠、こちらに来るであります!今日は我々のおごりなので……思う存分食べてください!」
「疲れてるから先に休みたいんだけど……まあいいか」
ノワール、ビアンカはクロムの仲間という事で、いったん通り魔事件の容疑者から外され、
カースド・トレント討伐の功労者として暖かく迎え入れられた。
本人たちは複雑な気分だが、この場が丸く収まっているのでまあいいだろう。とクロムは思う。
「チャコ先輩、ここのフルーツは食べ放題ですよ」
「えっ!?全部食べていいんですか!?」
普段はあまり食い意地の張っていないチャコだが、今日だけは別のようだ。
マナを全消費、全回復という無茶苦茶な使い方をしたのだから、疲れもあるだろう。
「おいしいね~これ」
「こうやって人間と触れ合うのも悪くないかもね……」
「こっちのお魚も美味しいですよ!」
ビアンカ、ノワールも楽しそうに食事をつつく。
星5精霊つながりなのか、メリエルも仲がよさそうだ。
「終わった……のか……」
平和な様子を見て、クロムは一人ゆっくりと椅子に座りなおす。
思えば短いが、濃い時間だった。
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