#20 宵闇の森の戦い
本来なら半日はかかる宵闇の森までの道も、エメラルドスフィアドラゴンや、
グリーンワイバーン達のようなドラゴンで飛べば数時間で到着する。
宵闇の森のただでさえおどろおどろしい雰囲気は、中から漏れ出る闇によってさらに強まっている。
「これがカースド・トレントの気配か……」
「森の外からでも感じるのね……」
「ああ、お前たちはこの力に覚えがあるはずだ」
「それは……前のご主人の事かな~?」
ビアンカは可愛らしく聞き返すが、その眼は一切笑っていない。
「お前らは当然知っていると思うが、深淵の者どもは人界ではその力を完全に行使することができない。
深淵界と違って、人界には人の作ったルールがあり、摂理があり、マナの循環がある。
それを乱すのがあいつらの作った『大罪のマナクリスタル』だ」
「なにそれ、初めて聞いたけど……」
「あっこれは常識じゃないのか、喋って良かったかな。まあいいか。続けるぞ」
「君はどこまで知っているんだい……?」
「『大罪のマナクリスタル』は人々や魔物の強い負の感情に呼応して、一時的に深淵界から力を引き出す事ができる。
精霊が精霊界から支援を得て協力なスキルを繰り出すのと同じ原理だな。お前たちの主人は強すぎる星5への欲望を、
カースド・トレント……いや、オールド・トレントは森を荒らす人間たちへの憎悪って所だろうな」
「じゃあ、その『深淵の者ども』を倒さない限り、私たちの敵はどんどん増えていくって事ですか?」
「その通り、流石チャコだな」
「えへへ……」
「僕らもインペリアの説明で、『深淵の者ども』については知ってたけど……、あいつらが人界の人間や魔物を利用して破壊活動を行ってることしか知らないよ……」
「ふむ……インペリアはそれを聞く限りだと転生者とかじゃないのか」
話の流れからすれば、インペリアのようなイレギュラーな人物は転生者である事が多い。
しかしながら、リレファンをプレイしたもので、深淵界についての詳細設定を知らない者はいないと言っても過言ではないので、
インペリアが『大罪のマナクリスタル』を知らなかったということは、そういう事なのだろう。
「精霊のスキルが有限であるように『大罪のマナクリスタル』も万能じゃない。弱点があってな――」
「クロム!危ない!」
飛んできた矢をすばやくノワールがかばい、剣で弾き落とす。
「おでましか……」
流石のエメラルドスフィアドラゴンとはいえ、森の中ではそう早く飛ぶことはできない。
気づけば周囲を魔物に囲まれていた。
しかし、クロムはこの状況にあってもなお余裕の表情だ。
「お前ならそう来ると思ったよ。エメラルド!『ウィンドⅤ』だ!」
「グオオオオオオオオッ!」
エメラルドスフィアドラゴンが強く羽ばたくと同時に、すさまじい竜巻が発生する。
周りの森ごと魔物たちをなぎ倒していく。
「こ、ここで使うのかい!?」
「大丈夫ですノワールさん!ここまではバルザさんたちが通ってきた跡があります。おそらくほとんどの人は救出済みです」
「どうせトレントの近くに残りは集めてるよ。カースド・トレントの行使する技はほとんど大量のマナを消費する。
『大罪のマナクリスタル』でも補いきれない分は周囲の魔物や捕らえた人間から吸収するしかないからな」
「行き当たりばったりかと思ったら……結構考えてるんだね」
「いや、実は適当だ」
「ええ!?」
エメラルドスフィアドラゴンが『ウィンドⅤ』を行使しながらずんずん森を進んでいく。
環境破壊どころではない。地形そのものを破壊しながら進んでいる。
「すさまじい進み方だね……」
「これが一番早いと思ってな。そろそろ来るぞ」
クロムの発言に呼応するかのように、地の底から響くような声が彼らの頭の中に反響する。
『愚かな人間どもよ……』
「デフォルトセリフがそれだと使い勝手が悪いなトレント。今いるのは4/5が精霊だぜ」
「あの奥にいるのが……カースド・トレント……」
「えげつない魔力を感じるね~」
『報いを受けよ』
蔓による攻撃が飛んでくると同時に、隠れていた魔物たちも攻撃を開始する。
蝙蝠の形をした影や、ゲル状の生き物、ゴブリン、トリックスパイダー等、宵闇の森の魔物が集まってきてるようだ。
「数で押せると思うな無機物!マナポーションは無限にあるんだよ!『ウィンドⅤ』だ!!」
「グオオオオッ!!!」
エメラルドスフィアドラゴンの『ウィンドⅤ』でやはり魔物はなぎ倒される。
しかし、蔓による攻撃は、竜巻の間を潜り抜け、クロム達の元に届く。
「あぶなっ……!なんて精度だよ」
ギリギリのところでノワールが防ぐが、一撃は重く、しっかりとガードしたノワールもダメージを受けている。
ビアンカにヒールをさせ、ノワールを回復させる。
「お返しだっ……『オプスキュリテ・ラム』!」
トレントの方向に向かって斬撃を放つノワール、しかしその瞬間、ノワール達とトレントの間に、巨大な氷壁が出現する。
「あああああっ……やめ、……やめろッろろろ……!」
目の焦点が定まっていない星5氷魔術師、アンデルの姿があった。
彼は何かに操られているようで、時折叫びながらも、クロム達に氷魔術を行使して攻撃してくる。
「流石にウィンドでのゴリ押しは効かないか。まずはあのザコから始末するか」
「クロム、君って本当に人間なんだよね?」
「何を今さら……」
「でもクロム様、どうするんですか?あの人は星5の氷魔術師で、無詠唱魔術の使い手なんですよね?」
「ああ、普通に戦ったら厳しいだろうよ、だがまあ……こっちは普通じゃないしな。よし、ノワール頼んだ」
「やっぱり僕なんだね」
「ノワール、がんばって、『プロテスオーラ』」
「ありがとう、行ってくるよ」
プロテスオーラをもらい、ドラゴンから降りるノワール。かなりの高さから降りた気がするが、
無傷でかっこよく降りられてるあたり、流石星5ということだ。
「俺たちは『ウィンドⅤ』で森を破壊しながら空中で旋回を継続、ノワールが戦闘中にあいつの動きを止めたら、
チャコがウィンドでノワールとあいつを引き離してくれ」
「わかりました!」
ノワールはかなり苦戦していた。
人間には追いきれない速度で動けるとはいえ、無差別に乱打される氷魔術を全て躱すのはそう簡単な事ではない。
一発でも当たればダメージになるし、足や手を凍らされると攻撃に支障が出てくる。
「こっ……の!『オプスキュリテ・ラム』!!」
至近でのスキル行使、しかしその一撃は氷の盾によって阻まれる。
「今だチャコ!」
「はい!荒れ狂う風のマナよ、吹き飛ばせ、『ウィンド』!」
「ぐおっ……」
ウィンドにより吹っ飛ばされたアンデルは、近くの木に衝突する。
「下がれ!ノワール!」
「え?」
たくさん破壊された森は空が見えていた。
その空が曇り、暗雲を作り出す。
すさまじい雷撃が、アンデルを襲う。
「『反逆の天秤』か!なるほどねえ。僕もあれにやられたんだっけ」
「あががががががッ……!」
『反逆の天秤』はいつでも使用者のパートナーを基準として雷撃を放つ。
ノワールが戦っている最中でも、チャコを基準として雷撃は放たれるため、星4つ分の差のダメージが入る。
なお、反逆の天秤はここからさらにステータス差や体力の差を反映するため、星5魔術師であるアンデルはかなりの痛手を負うはずだ。
「クロム―!こっからどうすればいいんだい!?」
アンデルは反逆の天秤の雷撃を受けてなお、魔術を乱打してくる。
しかし、一発一発の威力が弱り始めているのがわかる。
クロムはエメラルドスフィアドラゴンに低空飛行させ、ノワールに助言する。
「顔を地面に叩きつけろ!気絶するまで何度も!魔術師は攻撃対象の座標設定ができないと無詠唱でも魔術を行使できない!」
「ざひょう?よくわからないけどわかった……よっ!」
「ガハッ……!」
精霊の腕力で思い切り顔を地面に叩きつけられるアンデル。
クロムは一瞬「死んだか?」と思ったがまだ体が動いていたので生きているようだ。
「よし!縛れ!目隠しするぞ!」
クロム達もドラゴンから降り、アンデルを縛り始める。
特殊な素材でできたロープで、魔術を使用しようとするとマナを吸っていく。
なお、先日の人攫い達がこれを使っていなかったのは、単純に高いからである。
完全に拘束されるアンデル。
こうしているとクロム達が人攫いのようだ。
「雑に森の外にでも放っておけば誰かが拾うだろ……」
「そんな感じでいいの……?」
チャコは「そろそろ慣れましたね」という表情である。
クロムは精霊には優しいが基本的に人間に対しては雑だ。
アンデルを抱えてドラゴンに乗り込もうとするが―――蔓による攻撃でドラゴンの飛翔は防がれる。
「グオッ……!」
「来たな」
『許さん……許さんぞ……』
森をめちゃくちゃに破壊され、大量に魔物を殺されたことからか、
カースド・トレントのすさまじい怒りが伝わってくる。
「……先にあいつ潰してからアンデルを捨てに行くか」
クロムの目は、まっすぐと森の奥を見据えていた。
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