#2 茶兎魔術師『チャコ』
「アーミー・ホーネット……。おそらく中級!それならレベルは12前後だが……そうだとしてもAGI55、
AGI30の茶兎魔術師ではとても太刀打ちできない……!」
「ひぃぃぇえええ~~~!!」
一目散に逃げた判断こそは良かった。アーミー・ホーネットは名前の通りこの世界における軍隊ハチの一種で、
一般的な地球に存在するハチのおよそ20倍近くのサイズ感がある。二度刺すだけで死ぬほどの猛毒ではないとはいえ、
刺されたらしばらく立てなくなるほどの激痛にうなされるのだ。
「くっ……チャコ!ウィンドは何発撃てる!?」
「三発はいけます!」
ふんす、と胸を張るチャコ。
つまり彼女は最初の一発を含め、合計4連続でウィンドⅠを打つことが可能と言う事だ。
これは彼女のスキルコストが低い事と関係している。
精霊のスキルは威力や効果によって異なり、一度使うとリキャストがある(次に使うまでに時間を要する)ものが多いが、彼女の使用するスキルは軒並みコストが低く、
連発する事が出来る。
最も、威力としては人間の魔術師で見ても下の方であるため、
本来人智を超える存在とされる精霊の中では、ぶっちぎりで弱い方である。
「……上出来だ」
「ふぇ!?なな何を!?」
何を思ったのかクロムは、突然チャコを抱きかかえる。
「チャコ、ウィンドは空中でも打つことができるのか?」
「は、はい!詠唱さえできるなら場所や角度は問いません!」
「その言葉を聞きたかった。俺がこれからジャンプするから……俺をウィンドで斜め上に吹き飛ばせ!」
「ええ!?」
追いつかれる、と思ったその瞬間、見事にアーミー・ホーネットの針を躱し、大きな岩を駆け上がりジャンプする。チャコは戸惑いながらも、主人の言われるがまま、魔術を放つ。
「わが手に風のマナを!吹きすさべ暴風!ウィンド!!」
瞬間。
抱えたチャコごとクロムの体ははるか上空に放り出される。
それでも彼女を離さないところ、クロムの普段の鍛え方がうかがわれる。
当然空中浮遊をしているわけではないため、ウィンドの推進力が切れれば、徐々に加速して落下してゆく。
「ひえーーーっ!!!」
「慌てるな!俺を信じろ。着地の直前、もう一度俺をすこし真上に吹き飛ばせ」
「あ、あまり細かい調整はできないんですが!」
「なら木の枝に突っ込むように吹き飛ばしてくれてもいいぞ」
「いいんですか……!?あっ、 あっ落ちる、わかり、わかりました!風のマナよわが手に~!吹きすさべ暴風!ウィンド~!」
えらく詠唱が雑にはなったものの、綺麗に魔方陣が発生、
落下直前でクロムたちの体を木の枝の方に吹き飛ばす。
もくろみ通り木の枝がクッションになり、クロムの体におびただしい量の擦り傷が付く程度で済んだようだ。
「クロム様、傷が……」
「かすり傷だ」
「この者に癒しを与えん……ヒール……!」
チャコの両手が光るとともに、クロムの傷はみるみる塞がってゆく。
「傷を治しただけです、体力は回復していませんので……どこで休みましょう」
「お前、人間も治せたのか?」
「え、ええ……大きな傷は治せませんし、血は戻りません、本当に、傷をふさぐくらい……応急処置程度ですが」
「なるほど。精霊だけでなく、人も……」
「ほ、本当は……私がもっと、優秀なら……クロム様に傷を負わせることもなく……」
じわり、とチャコの目尻から涙がにじみだす。
「せ、せっかく……せっかく精霊召喚でお呼び頂いたのに……私みたいな星1のハズレを――ひぃっ!?」
そう言い切る前にクロムは近くにあった木を思い切り殴りつける。
木ががさがさと揺れ、木の実がいくつか落ちてくる。
「……」
「く、クロム様?」
「撤回しろ」
「はい?」
「撤回しろと言ったんだ!聞こえなかったのかッ!!」
「はっ、はいぃッ!?」
先ほどまでの冷静沈着な様子からは一変。その形相はまさしく鬼。
星5精霊でさえもおののきそうなまでの怒りをたたえた表情は、魔物たちさえ近寄らせない。
「いいか!!星1(おまえ)はハズレ等ではないッ!!全ての精霊には役割があり、価値があるんだッ!!」
「で、でも、私みたいな星1は弱くて、星5の人の足元にも及ばなくて」
「星の数で強さを語るなッ!!」
「ひぃ!!」
「いいかチャコ、精霊たちの星なんてものはしょせん決められたランクにすぎない。
本当の強さ弱さはそんな星では計りきれない、はるか高い次元に存在するんだ」
「は、はぃぃ……」
「お前は強い。お前は優秀だ。見ていろ、この俺がお前の強さを証明してやる。
星1ごときと言い放った愚か者め、自分の未熟さをかみしめるといい」
褒められているのか貶されているのかわからないチャコは、とにかく半泣きで震えるほかなかった。
「まずはどこか休める場所を探そう。……そうだチャコ、もう一つ言っておくことがある」
「な、なんでしょうか」
「お前が来てくれてよかった。もし優秀なアタッカ―でも、レベル1では中級を抜けられたかわからなかった。
風属性スキルがレベル1で使えて、人間にも使えるヒール持ち、お前でなければこう上手くはいかなかっただろう。感謝する」
「……は、はいっ!あ、あ、ありがとうございます!」
チャコは過去にも人間に召喚されたことがある。
精霊召喚は一人一回ではない。精霊結晶5つがあれば何度でも召喚できる。
もちろん編成できるパーティには限りがあるため、5体以上になると結晶化(精霊結晶1個になる)して、
数を調整する事になる。
結晶化は特定の場所、条件さえそろえばいつでもできるため、チャコを召喚してもすぐに結晶化する召喚士ばかりではなかった。
しかし、結晶化までの間や、初心者の冒険者にさえも、何度も悪態をつかれてきた。
評価されることはいくつかあった。
もとより家事全般が得意であったチャコは、飯炊き、道具の整理、
魔術書の複製等、地味な作業で役立つ機会があった。
この世界では限界突破の概念はあまり知られていない。
殆どの召喚士は無凸のまま、旅を続けるのだ。
チャコは限界突破、最終レベル化までのコストが極端に安い事がウリの星1であるが、
召喚士がそれを知らないのでは意味がない。
同じレベル30では、星1が星3にかなうことはほとんどなく、
精霊召喚では9割程度の確率で星3以上が出る。
星2もそうだが、チャコのような星1も、星5並の低確率で出る低レアなのだ。
そのため、彼女はいつまでもいつまでも、雑用、飯炊き、マスコットとして、召喚士に気に入られようと努力した。
それが彼女の生きる術であったから――。
そして今日。
いつぶりだろうか。
彼女が純粋な「戦力」として評価されるのは。
自分のスキルを「有用だ」と評されるのは。
雑用でもなく、飯炊きでもなく、マスコットでもなく。
自分の事を頼れる「相棒」とみてくれる存在。
今のチャコにとって、彼が大きな存在となることは、あまりにも当然であった。
少し先をスキップで進んでいたチャコが振り返ってはにかむ。
「クロム様!私は茶兎魔術師のチャコ!……貴方の剣となり、盾となり、お守り致します!なんなりとお申し付けください!」
最初の自信のなさが嘘のように、彼女は目を輝かせ、宣言するのだった。
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