#16 突撃騎士系女子、ミレイス
無事に人さらい達の引き渡しも済み、詰所を後にする予定だったクロム達だが、
思わぬ弟子の登場により、新たな予定が立ってしまう。
詰所を先に出て、ビアンカ、ノワールにいきさつを話し、しばし隠れてもらうように伝える。
「おっけ~」
「なんというか、君も大変だね……」
ノワールはどちらかと言えば巻き込まれ側の方のようで、クロムに同情してくれる。
時間差で、詰所での仕事を終えたミレイスが出てくる。
「では、どこで鍛錬しましょうか!」
「待ってくれミレイスさん、流石に今日は遅い、鍛錬は明日からでもいいんじゃないか?」
「確かに……明日、バルザ大隊長は町に戻ってこられる予定ですが、明日すぐに出立という訳でも無いですしね」
「逆に、宵闇の森の調査はいつやるか、決まってるのか?」
「はい。バルザ大隊長が必要戦力を集め終えたらすぐです。今回は星4の行方不明者が出ているので、
可能なら星5クラスの召喚士か……騎士、魔術師の手を借りたいと言っていましたが……」
本来、軍部の人間相手には敬語のクロムだが、「こいつはもういいか……」という判断でため口になっている。
ミレイスは背は高いが見るからに年下であるし、本人も気にしていないようだ。
「ふむ……そういえば聞いてなかったが、この近くで星5の騎士や召喚士っているのか?」
「もちろんおられます。ただ、星5クラスは拠点ごとに重要な守りを任されていることが多く、
バルザ大隊長のように有事に各地を回るような方は珍しいので、どれだけ力を借りられるかは……」
星5と言ってもピンキリではあるが、確かにバルザやエメラルドスフィアドラゴンを基準とするならその力は絶大だ。
対抗手段がなければ軽く町一つを滅ぼせる力はあるだろう。
元々クロムはゲーム内での星5を全員所有していたが、この世界では星5精霊を持っているのも珍しいようだ。
確かに今のところノワール、ビアンカを除くとバルザのエメラルドスフィアドラゴンしか見ていないような気もする。
もしクロムが本来のアカウントで所有する星5を全員引き連れて来たら、異世界チートどころの騒ぎではなかっただろう。
おそらく世界を数回滅ぼしてもお釣りが出る強さであり、そもそも世界の管理者達が黙っていないはずだ。
「もちろん、師匠も参加されるんですよね!?」
「えーっとな……」
視線が痛い。今のところはすぐには参加しないつもりである。
クロムとしては、チャコの『最終解放』前に宵闇の森に向かうのは本意ではない。
「まだチャコの強化が終わってないからな、すぐに参加できるかは……」
「チャコ先輩はまだ強くなれる余地があるのですね……!」
「まあそうだな。確かに3凸が基本の精霊たちからして、最終があるのは珍しいかもしれない」
「私のレッドサラマンダーもその『最終』というのはできるのでしょうか?」
「いや、レッドサラマンダーに最終はない。3凸でも十分強いからな。スキルの構成も安定しているし。
まあ、もう一体か二体、精霊を増やしてもいいとは思うけど」
「はは……手厳しい。私ももっと才能が有れば、精霊を増やせたのでしょうが」
才能の問題なのだろうか?とクロムは不思議に思う。
元の世界では精霊結晶5個があれば召喚はできたはずだ。
もちろん、すべてが精霊になるわけではなく、2回目以降は精霊関係のアイテムが出現する事もある。
「20連か30連でもすれば、ほとんど確定で手に入ると思うけど……」
「に、にじゅうれん……?」
「クロム様……ご存じないかもしれませんが、精霊結晶は非常に貴重なものでして」
「えっ?あっ、そうか……」
今のクロムの反応を見て、チャコとミレイスは「まさか」という顔をする。
「師匠、まさかとは存じますが……今まで師匠がチャコ先輩一人で戦ってきたのって」
「『精霊結晶が手に入らないから』ではなく、『私一人いれば十分だから』という事だったりしますか……?」
まさかそんなわけないよね~、という気持ちを込めながら、
チャコは恐る恐るクロムに確認する。
「え、そうだけど……?それがどうした?」
「ッ……!」
ミレイスは、何故バルザが目の前の人物を評価しているかを改めて理解する。
対してチャコは、嬉しさのあまり耳をプルプルさせ、目をキラキラと輝かせクロムの周りをウロチョロする。
「し、師匠、本当に……チャコ先輩がいれば、宵闇の森の……その『ボス』にも勝てるというのですか?」
「俺の想定通りなら……最終チャコがいて、うん、今の感じならまあ勝てるかな。9割くらいは」
「……!?」
この事件では星4魔術師も被害に遭っている。
それを知ってなお、星1精霊だけで十分というのだ。
ミレイスからすれば、星1クラスの魔術師や精霊は、むしろ守る必要のある民間人と意識していた。
そんな彼女にとって、今の話は衝撃的過ぎる。
「し、師匠」
「なんだ?」
「明日の鍛錬ですが……私のレッド・サラマンダーと、チャコ先輩で、力試しをさせていただけないでしょうか!?」
「えっ」
レッド・サラマンダーは無凸とは言え星4の火属性。風属性のチャコにとっては相性最悪の相手だ。
「それは構わないけど……準備無しだったら普通にレッド・サラマンダーの方が強いんじゃないか?
訓練というならもっと強い精霊とか、魔術師と戦った方がいいと思うぞ」
「そ、そうですよね……ん?『準備無しだったら』とは……?」
「え?そりゃあ準備すればチャコが勝つだろ。属性もレベルもわかってるんだし……」
「は……い……?」
ミレイスはクロムの言っている意味が理解できなかった。
属性相性は、訓練された召喚士なら皆知っている。風は土に強く、火に弱い。
火属性のサラマンダーと風属性のチャコでは、相性は最悪であり、星の差も一つどころではない。
星3のアース・タイガー戦とは話が違うのだ。
「……では、師匠の考える最大の準備を行った上で、明日、私と腕試しをしていただけないでしょうか!」
「んー……どうする、チャコ?」
クロムはあえてチャコに尋ねる。彼女にとって相性の悪い相手であることは、
チャコ自身も感覚で理解している。本来ならば戦う必要のない相手だ。無理はさせたくないというのが本音だ。
「私はもちろん大丈夫ですよ。クロム様が私を信じて頂けるなら、その信頼に応えるべく、全力で戦うのみです」
「ちゃ、チャコ先輩……!」
「わかった、じゃあ明日の昼過ぎにでも、詰所の訓練場を借りてちょっと戦うか。
もちろん、周囲に被害が出ないように、控えめにな」
「はい!」
* * *
成り行きとはいえ、相性の悪い属性の相手と戦うことになってしまったチャコ。
表情はあまり明るくないようだ。
「クロム様、今日の模擬戦の件ですが……」
「ああ、準備はしてあるぞ。これだ」
そういって、クロムは装備品の入った麻袋を机に置く。
「ミレイスの対応力も気になるしな。対策済みのチャコに勝てるような強さがあれば、宵闇の森でも安心なんだけど……」
「……クロム様は、あまりミレイスさんを評価されていないんですか?」
「いや、本人は強いと思う。ただ、召喚士としては……」
言い淀むクロムの表情を見て、チャコは察する。
彼女にとって、初めての後輩である。何かミレイスのためにできることがあるならと、チャコは杖を握りなおす。
「行きましょう、クロム様。ミレイスさんにとって、良い経験になるはずです」
「ああ」
* * *
「お待ちしておりました、師匠。私のサラマンダーも、御覧のとおり元気モリモリです!」
「ぎしゃあ!」
つやつやした肌、そして当のミレイスもラフな格好に着替えており、
彼女の鍛えた筋肉が見える。先ほどまでトレーニングをしていたのか、少し汗をかいている。
「マナ・ポーションの準備も万端。こちらが負ける要素等、何一つ、ありませんッ!」
堂々と宣言するミレイス。その目はハッタリなどではなく、自分の勝利を確信しているようだ。
「師匠と言ったり勝てると言ったり……考えの忙しい奴だな」
「あっいえ、そういうのではなくてですね……」
「わかってるよ。よし、じゃあ召喚士の基礎について、これから叩き込んでやる」
そうして模擬戦が開始される――。
「行きますよ!チャコ先輩!レッドサラマンダー、『ファイアブレス』です!」
「ぎしゃあッ!!」
レッドサラマンダーの体が膨らんだかと思うと、その体躯よりも大きな火炎弾が吐き出される。
「チャコ、『ウィンド』でいいぞ。精霊同士の戦いについて教えてやれ」
「はい!荒れ狂う風のマナよ――」
「遅い!」
チャコの詠唱が終わるよりも早く、火炎弾はチャコに着弾する。
すさまじい爆風が立ち上がり、一瞬召喚士達の視界を奪う。
「吹き飛ばせ、『ウィンド』!!」
が、チャコは完全に無傷のまま、爆風から飛び出してくる。
チャコはウィンドで自分を打ち出し、持っている杖で思い切りサラマンダーを殴りぬける。
「ぎぎゃうっ!!」
「さ、サラマンダー!?」
サラマンダーは杖による殴打をもろに受け、大きなダメージを負う。
だがまだ戦闘続行の意思を見せ、チャコに向き直る。
「サラマンダー!何故かは知らないが躱されたようです!もう一度、『ファイアブレス』を――」
「ぎゃう……!?」
『ファイアブレス』は連続使用ができない。スキルコストの関係で、発動後に通常攻撃か、防御動作等を挟まなければいけない。
「チャコ、もう一度だ」
「はい!」
「し、しまっ……!サラマンダー!防御を!」
サラマンダーは防御行動を行うが、
チャコはウィンドによって高くジャンプし、防御壁ごと杖で殴りぬける。
「ぎぃっ……」
確実にダメージが蓄積されているサラマンダーに対し、チャコは今のところダメージを受けていない。
ミレイスの背中を嫌な汗が伝う。持っている杖を手汗で取り落としそうになる。
「チャコ、そろそろ止めを刺すぞ」
「はい!」
風属性と火属性、本来ならミレイスは圧倒的な有利であったはず。
しかし現実にあるのは衰弱したサラマンダーと元気そうなチャコ、彼女は真剣に次の手を考える。
その時ミレイスも、クロムも気づいていなかったが、
訓練場には町に戻ってきたバルザの姿があった。
「面白ぇ事してるな……。これはどうなるか楽しみだ」
バルザは久々に、訓練兵だった時代を思い出し、からからと笑った。
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